リーファの応募案
翌日、同じベッドから起きたトウルとリーファは、いつものように朝支度を済ませてから、工房を開こうとした。
営業時間は十時からなのだが、この日は何故か九時頃に店の扉をノックされている。
「とーさん、お客さんが来たのかな?」
リーファは朝起きると、トウルの呼び方を戻していた。
ちゃんと入選して約束を守ってからお父さんと言いたいと、公開公募に向けて気合いを入れ直した結果らしい。
「とりあえず、出ようか」
開店準備をしていたトウルとリーファは顔を見合わせると、一緒に店の扉を開いた。
「ゲイル局長?」
「やぁ……トウル君。この村で宴会の次の日に朝から動く大人は私と君ぐらいだろう……」
すると扉の外には顔面蒼白で今にも倒れそうなゲイル局長が、店の壁にもたれかかっていた。
「酷い顔してますが……」
「二日酔いだ……。そして、いつまで飲んだか覚えていないほど飲んだ……。やはり旧友と酌み交わす酒は格別だからな……」
「寝不足に二日酔いですか。無茶をしましたね……。とりあえず、座るなら店の中で座って下さい。酔い醒ましと、二日酔いの薬を出します」
「助かるよ……後は君の修羅場クッキーを頼む……」
トウルはゲイル局長を支えながら店内に戻ると、リーファに薬と修羅場クッキーを持ってくるよう指示を出した。
「というか、修羅場クッキーを食べるなんて珍しいですね? 苦いのが苦手だと思っていたのですが」
「午後の会議を寝る訳にはいかないのでね……。直前にもう一枚食べる必要があると思うと、気が重い。あぁ、ありがとう。リーファ君」
引きつった笑顔を浮かべるゲイルがリーファから薬を一式貰うと、勢いよく薬を飲み込んでいった。
だが、修羅場クッキーに手を伸ばしたところでゲイルの手が一度止まる。
「……トウル君。恥を忍んで頼むことがある」
「……なんでしょう?」
ゲイルは眉間にシワを寄せ、冷や汗の浮かぶ必死の形相を見せている。
「砂糖入りのミルクを……頼むっ!」
ゲイルの頼みに、トウルは目眩を覚えた。
優秀な国家錬金術師が集まる兵器開発局の局長が、砂糖入りのミルクを死にそうな顔で頼む姿を、想像したことなど一度も無かった。
この村に来ると人が変わるらしい。
「リーファ。……砂糖たっぷりで頼む」
「はーい。狸さん待っててねー」
リーファはとてとてと二階に駆け上がっていき、すぐさま牛乳を持って降りてきた。
それを受け取ったゲイルは、クッキーを口の中に放り込んだ瞬間、牛乳に口をつけた。
「さすがトウル君の修羅場クッキーだ。今にも眠りに落ちそうな頭を強制的に起こすような苦み……かなり効くな。ありがとう。おかげで目が覚めた。代金を払おう」
今にも倒れそうだったゲイルが立ち上がり、ポケットからコインを取り出して机の上においた。
顔色は幾分か良くなったようで、トウルも少し安心した。
「完全に薬扱いですね」
「味と効果に関してはもはや薬の領域だよ。だから、私は苦手なのだ。まぁ、私の味の好き嫌いは置いておいて、君の作る物は信頼している。トウル君。村の皆を頼んだ。恐らく私と同じ物を必要としている」
「またみんなして動けなくなってるんですね……」
「君は私より上手く馴染んでいるな。私は一緒に動けなくなっていたよ。あぁ、後は帰る前に本題だ。素材の発注表を渡しておく。この村で手に入らない品があれば連絡すると良い。用意を含めて、最悪二週間程度で届くと考えてくれ」
ゲイルはカバンから開発局の印とゲイルのサインが書かれた羊皮紙を取り出すと、トウルに手渡した。
「助かります。局長」
「ではな。一ヶ月後また会おう」
ゲイルは帽子を頭からあげて挨拶すると、そのまま雪の積もった工房の外へと出て行った。
「リーファ、ちょっと面倒臭いかも知れないし、勉強の時間を取っちゃって悪いと思うんだけど、手伝って貰えるか?」
「いいよー。何するの?」
「酔い醒ましと二日酔いの薬と修羅場クッキーを一つの袋にまとめておこう。今日仕事をする人はセットで買ってくはずだ。それに、クーデ達が来たらそっちの方が運びやすいだろうし」
「うん。分かった」
これも人のことを考えて。というやつだ。
二人で一緒に道具を整理し始めると、二十個ほど小分けにしたところでリーファがはたと手を止めた。
「ねぇ、とーさん」
「ん? どうした?」
「動く袋って作れるかな?」
「なるほど。新機軸の袋の方を作るつもりか」
リーファの突然の思いつきに、トウルは顎に手を当てると真剣な目つきで思考を始めた。
頭の中で色々な術式と材料が浮かんで組み合わさっていく。
(飛ばすと面白そうだな。動力と足や車輪を仕込んで自走式にするのも悪くない)
そして、いくつかの答えを導き出すと、トウルは頷いた。
「出来るな。多分。実際に作って試してみないことには分からないけど」
「ホントに!?」
「あぁ、挑戦あるのみだ。よし、みんなの薬を包んだら、一緒に考えるか」
「うんっ!」
リーファが手際よく物を袋に詰めていく様子を見て、トウルは彼女がどんなことを思いついたのか、とても楽しみになっていた。
小分けを済ませると、リーファは普通の白い紙にペンを走らせ、人の絵と離れた所に家の絵を描いた。
「とーさん。リーファは思いました! 素材を運ぶのは大変です!」
「あぁ、実際やってみると重いし、数は多いし大変だったな」
突如始まったリーファのプレゼンに、トウルは真面目に相づちをうった。
「そこでリーファは錬金術師らしく発想を逆転しました!」
「ふむ。どう考えたんだ?」
「昨日とーさんが岩食い虫の女王は子分の働き虫に岩を運ばせるって言ってた。図鑑見てたらアリさんも同じことしてるって書いてあった。だから、錬金術師も道具袋を動かして工房に素材を送れば良いと思ったの。冒険者もこうすれば、重い物持たずに動けるよね」
リーファは袋に丸をつけると、工房に向かって放物線状の矢印を描いた。
言っていることは面白いし、実現できれば素材輸送がかなり楽になる。
送る以外に受け取ることも出来れば、補給に革命が起きるだろう。とトウルは考えた。
ただ、肝心の問題を解決しなければ、ただの夢物語だ。
「でも、リーファはどうやって袋を動かすつもりだ?」
「飛ばす!」
「ほぉ!」
リーファの元気いっぱいな回答にトウルは身を乗り出した。
トウルが一番面白いと考えていた選択肢をリーファは選んだ。
リーファはトウルと同じ答えを言うのか、それとも全く違う奇想天外なアイデアを言うのか、リーファの答えが楽しみで、トウルの胸が躍っている。
「とーさんの雪合戦用決戦兵器雪弩一号と、擲弾銃を見て考えたの。空飛べ袋一号だよ」
リーファは冒険者側にボムシューターの絵を描くと、袋から矢印をボムシューターに伸ばし、そこから工房に向かって放物線を書き直した。
「それでね。そのまんま飛ばすと、落ちた時に中身が壊れるから、傘を開くようにして、ゆっくり落ちるようにするの。こうすれば、色々な荷物を運ばずに送り返せるよ」
「うん。面白いアイデアだ。ダンジョンでは使えないけど、野外で使えるだけで十分意味がある。さすがリーファだな」
「えへへー。とーさんの弟子だからね」
リーファが考えをしっかり説明出来たことが嬉しくて、トウルはリーファの頭を撫でた。
なでられたリーファはくすぐったそうにしつつも、嬉しそうに頬を染めている。
「んじゃ、俺から一個アドバイスだ。もう一回発想を逆転させてみて」
「もう一回? んー……なんだろう?」
リーファは絵を上下逆さまにしてみたり、自分の首を捻って横から見ようと唸っている。
その姿が可愛くて、ずっと眺めていたいと思ったトウルだったが、その気持ちを我慢して工房の絵を指さした。
「工房から冒険者に飛ばしても、すごく便利じゃないか?」
「あっ、そっか! お菓子とか送れるね!」
「あはは。お菓子と来たか。リーファらしいな。でも、その通りだ。冒険者は薬や水や食料が切れたら言葉通り死活問題になる。緊急時に物資の補給が出来れば、生存確率はぐっと上がる。リーファが家出した時に、寒さで凍えてないかとか、お腹空かせてないかとか心配になったからな。きっと冒険者を送り出す人も同じだと思ってさ」
トウルは工房側にも空飛べ袋一号と名付けた射出機を描くと、冒険者側に向けて矢印と袋を書いた。
「すごいねとーさん。同じ物なのに発想を逆転したら、新しいことがもう一個出来た」
目を輝かせたリーファがアイデア図を持ち上げ、熱い視線をその紙に向けている。
今からすぐにでも作りたそうな、そんなワクワクした目だ。
「後は実験だな? どんな設計図と材料で作れば、こういう仕組みが出来るか。何度も考えて挑戦するのがレシピ作りだ。やれそうか?」
「うん! やるっ!」
リーファの答えにトウルは満面の笑みで頷いた。
トウルも錬金術師の血が騒いで、新しい道具作りに胸が躍っているのだ。
「よし、俺も負けていられないな。今ので俺も新しい道具を思いついた。リーファの空飛べ袋と一緒に使えばきっとみんな喜ぶ物が出来るぞ」
「がんばろっ! お父さん!」
「あぁ。絶対に二人で入選するぞ」
勢い余ったのかリーファがお父さんと言ったことで、トウルのやる気に火が点いた。今までの人生で一番のやる気かもしれない。
こうして、公開公募に向けて二人の天才錬金術師による新たな道具開発が始まった。
トウルとリーファは錬金術のレシピ本や材料特性が記された図鑑を机に積み上げ、本を見ながら設計図を描き始める。
トウルは村で培ってきた経験を活かし、リーファはトウルの作った物を見た経験の総括だ。