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錬金術師はお父さん!?

 後に賢者と呼ばれる黒髪の錬金術師トウルは、二十歳を超えるまで友達が一人もいなかった。

 そんな彼が数ヶ月村で過ごすだけで、周りは村人の笑顔で一杯になった。


「トウル様! ほら、もっと飲んで下され! 今日はめでたい席ですぞ! 村人全員からのおごりですぞ!」

「村長が飲みたいだけじゃないですか!? うわっ!? ビールこぼれてますって!」

「ガハハ! なぁに、おかわりはまだいくらでもあります! さぁ、どんどん飲むのです!」


 ひとたび宴会が開かれれば、トウルが輪の中心になって、村の人達の笑顔が弾ける。


「あはは。お父さん、がんばれー!」


 そして、トウルの隣には必ず明るい笑顔を振りまく銀髪の少女がいた。

 この物語は、孤独だった青年が居場所と家族を作った軌跡である。

 


 トンネルを抜けたら雪国だった。

 雪に覆われた白銀の世界を、トウル=ラングリフは琥珀色をした虚ろな目で見ていた。


「こんな所に左遷されて……俺は中央に戻ること無く一生を終えるのか……」


 蒸気列車の客室に、トウル以外の乗客がいないのが良くなかった。

 一面の白い世界を見ていると自分が捨てられて、孤独になったとつくづく思わされてしまうからだ。

 ことの始まりは理解の無い上司の一言だった。

 狸のように丸いお腹をした中年のおじさんがトウルの肩を叩き、たった一言で真面目に働いていたトウルを片田舎へ飛ばしたのだ。


「トウル君、君は私から見ても天才と称されるに相応しい錬金術師だ。だが、もっと人の役に立つことも知るべきだ。研究室に籠もって開発をしているだけでは、気付かないことが山ほどある。それが分からないのなら、君はまだまだ無能だ。出て行きたまえ」


 何度目か分からない狸上司の言葉がトウルの頭に蘇る。

 その言葉だけで、トウルは王国最高の研究機関から、ど田舎へと左遷された。

 狸のくせに鶴の声真似でも出来るのかと、トウルはまた悪態をついた。


「温泉はタダで入り放題とか言われても、研究設備は旧式、錬金炉も旧式、国家錬金術師に与える設備としては、嫌がらせ以外の何物でもねぇよ……あの狸。くそ……足を引っ張ることしか出来ない無能なのが一杯いるのに、なんで真面目に研究している俺が左遷されるんだよ」


 地図に記された村の名前を見て、トウルはもう一度ため息を吐いた。

 カシマシキ村、王国の最北端に位置する地名の名前が、車内放送で告げられた。


 ○


 トウルが村の駅につくと、白髪交じりの男性が駅のホームで待っていた。

 中年男性の体格はかなり良く、まだまだ現役で力仕事をやっていそうな雰囲気だ。


「おー、今度の国家錬金術師様は随分お若い。村長のジライルです」

「初めまして。トウル=ラングリフです」

「トウル殿、大丈夫ですか? 顔色が優れないようですが」

「あぁ、いえ、何でもありません。大丈夫だと思います……」

「がっはっは。中央と比べて何も無い所で困惑なされていますか?」


 ジライル村長は豪快に笑うと、両腕を広げてぱたぱたと手を振った。

 何も無いことを茶化して、笑わせてくれようとしている気持ちはトウルに伝わっている。

 だが、その気遣いに対して、左遷されて気分が落ち込んでいるからだ。とはトウルは言えなかった。


「錬金術が出来れば良いですよ。確かに何も無い所で、設備が古い土地かも知れませんが、逆に考えれば天然資源の宝庫。誰にも邪魔されずに錬金術の研究に没頭出来るかなと。一人きりで考え事をするには悪くない場所かもしれません」

「がっはっは。今回の錬金術師様は随分素直でいらっしゃる。まさかそこまでスッパリ毒を吐かれるとは思っていませんでした。うちの毒舌娘に負けずとも劣らない」


 トウルはハッと我に返り口に手を当てた。

 悪気があって言った訳ではなかったが、考えてみれば随分と村に対して酷いことを言ってしまったと気付いたのだ。


「……すみません」

「いやいや、お気になさるな。わしらとしてはそっちの方が助かります。いかんせんこの村には医者も病院もいないので、錬金術師様の作る薬が文字通り生命線なのですよ」

「あっ、錬成なら任せて下さい。少なくともそこらの錬金術師より腕は立つので」

「あっはっは。本当に今回の錬金術師様はお若いのに頼りになる! ささ、では錬金術師様の工房兼自宅へとご案内いたしましょう」


 道案内している間もジライル村長は、がははと笑いながら村の設備を説明していた。

 だが、トウルは村長の話をぼんやりしながら、聞き流していた。

 村に興味は無い。ここに来てしまったら、興味があるのは自分一人で研究をする時間だけだ。

 

「さて、話をしていたらつきました。ここが我がカシマシキ村の錬金工房です」


 村長が指さした先に、大きな煙突の立った三階建ての建物が現れた。

 木で作られた家の裏手には白い煙を吐き出す河があり、工房の隣には家より少し小さい程度の温室が併設されている。


「こんな片田舎に温室!? この村に与えられる予算で維持費をまかなえる訳が無いはず!?」


 温室を見つけた途端、トウルは子供のように目を輝かせて驚いた。


「あっはっは。そうです。こんな片田舎に温室です。前任者が建設したんですよ。薬用植物の研究と繁殖用です」

「維持費は……なるほど。白い湯煙が立つ立地、温泉の熱を使っているのか」

「ご名答です。さすが錬金術師ですな。人の話よりも、自分の仕事道具には興味を示しておられる。仕事熱心な方のようだ。では、こちらが工房の鍵となります」


 銀色の鍵を渡されたトウルが鍵を工房の扉へと差し込もうとした時、村長はトウルに待ったをかけた。

 工房の中からドタドタと、何かが走り回る音が聞こえてきたのだ。

 音が段々と近づいて来てぱたりと止まると、中から顔中ススで真っ黒になった子供が勢いよく飛び出してきた。


「じーさん! この家すごく汚い! あはは。見てみて。手もクモの巣だらけー!」

「うおっ!?」


 思わずトウルが飛び退くほど、少女は汚れていた。

 身長は自分の腰元くらいしか無い。

 腰まで伸びた髪の毛はススで黒く汚れているが、積もった雪と同じ銀色。

 晴れた空のように青い瞳に、底抜けに明るい声を出す少女だった。


「ガハハ! そりゃワシが掃除をサボったからな! 真っ黒になっても掃除するリーファは偉いな! 将来良い嫁さんになれるぞ!」

「じーさんはリーファがいないとダメだもんねー。ガーッハッハー」


 ジライル村長とリーファと呼ばれた少女は、腕を組み、目一杯胸をはって笑っている。

 随分とテンションが高い二人の様子に、トウルは置いてけぼりをくらい、困ったように何度も瞬きをしていた。


「あぁ、すみませんトウル様。この子はリーファと言います。ほら、リーファ、この村にいらした錬金術師様に自己紹介だ」

「はじめまして! リーファはリーファです。歳は七歳です。多分!」


 真っ黒な顔でも眩しいほどの笑顔を見せて、リーファは自己紹介した。


(村長のことをじーさんと言っているし、ジライルさんの孫か)


 トウルはそう判断すると、村長の手前、出来るだけ丁寧に応対しようと心がけた。


「初めまして。トウル=ラングリフです。錬金術師として、この村にやってきました」

「おー。じーさんの言ってた錬金術師様だ!」


 トウルの自己紹介に、リーファは嬉しそうな笑顔を浮かべた。


「錬金術師って色々な物作れるんでしょ? みんなの欲しい物だったら何でも作れるって本に書いてあったよ。どんなもの作れるの?」


 子供っぽくはしゃぐリーファにトウルは、それ以上どう対応すれば良いのか分からなくて、あたふたし始めた。

 子供に分かるように、トウルは自分がやっていることを説明したことが無かったのだ。


「いや、そもそも錬金術っていうのは、そんな何でも出来るって訳じゃなくて。等価交換の原則とか、設計図やレシピの原則とか色々あって。それに出来ない物の代表として――」

「ガハハ。さすがトウル様。早速のご指導ですか!」

「へ? ご指導?」


 ジライル村長の発した聞き慣れない単語に、トウルは思わず聞き返した。


「おや? 聞いていらっしゃいませんか? ここの錬金術師になった際は、家賃はタダですが、代わりにリーファと一緒に暮らして、この子に錬金術を教えると募集要項にあったはずですが……。これがあなたの上司から来た手紙です」


 村長の取り出した手紙をトウルが慌てて受け取ると、確かにそこにはハッキリと書いてあった。


《優秀な錬金術師であるトウル=ラングリフ研究員を送ります。彼なら例の子と同居することで、立派な錬金術師にしてくれるでしょう。間違いを犯す男でもありませんのでご安心下さい。追伸、トウル=ラングリフ君、君がこれを見た上で伝えておこう。その田舎から這い上がってきたまえ。一ヶ月後の錬金術の展覧会で素晴らしい製品を持って、中央に舞い戻ることを祈っている》


「あの狸……」


 一人で静かに研究する環境から追い出したあげく、子供の世話をしろだと?

 あの上司は何を考えているんだ。そこまで俺の邪魔をしたいのか。とトウルは戸惑いと怒りで頭を抱えた。


「優秀なトウル様のことです。きっと、リーファも立派な錬金術師にしてくださるとワシは信じております。先ほど、この工房に目を輝かせたトウル様なら、出来ないことなど無いとワシは思っています」

「くっ……。えぇ、少なくとも錬金術の腕は、そこらの錬金術師より上の自信はありますので」


 引きつった笑顔でトウルは村長の言葉に頷いた。

 トウルは本音を言えば、そんな生活まっぴらごめんだった。

 あれこれ喋りまくる子供相手と生活するのだけでも、研究の邪魔をされそうで嫌だと思っている。

 それに加えて教育までやらないといけないとなると、どこまで自分の時間が削られるか分からない。

 それでも、ここで断ってしまったら狸上司に何を報告されるか分からないし、トウルのプライドが挑発的な村長のお願いを断ることを許さなかった。


「分かりました。リーファが錬金術を使えるようにしてみせます」


 ひきつった笑顔を浮かべたまま、トウルは結局村長の頼みを受け入れてしまった。

 そして、リーファに顔を向けると、わざと優しい声音を使った。


「よろしくなリーファ。錬金術師は大変だから、嫌だったらすぐ諦めるんだぞ」


 適当に本でも読ませてやれば良い。子供なら耐えきれずにすぐ折れるだろう。それまでの辛抱だとトウルは自分に言い聞かせた。

 だが、トウルの心はリーファに全く別の方向から揺さぶられることになる。


「よろしく。とーさん!」

「父さん?」


 思わず聞き返したトウルに、リーファは天真爛漫な笑顔を見せると、真っ直ぐ手を差しのばしてきた。


「うん。とーさん! これから沢山のこと私に教えて下さい」

「俺がお父さん!?」


 二十歳になったばかりの錬金術師トウルは、リーファの父親に認定されてしまったのだった。

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