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村の掟と錬金術師

 リーファの表情は見ている人全てを幸せにしそうな笑顔で、あの狸上司であるゲイル局長までもが手を叩きながら笑っている。


「ぷっ、ははは! トウル君。君の負けだ。さすが君が天才と見込んだリーファ君だ。あははは。君と私の気遣いを軽く蹴ったあげく、呼び方の問題でそれ以上の要求をしてくるとは! はははは!」

「ゲイル局長、笑い事じゃないですよ!」

「笑う以外にないだろう。あっはっは。上司の命令だ。いや、もう政府命令だな。リーファ君の父親になりたまえ。じゃないと公開公募には参加させん!」

「局長ぉぉぉ!?」


 またもや飛び出した無茶な局長命令にトウルは絶叫した。

 未婚の父なんて経験したことも無い立場を、トウルはよく想像出来なかった。

 トウルが予想外の展開にあたふたしていると、クーデリアがトウルの肩をポンと叩いた。


「大丈夫っ。トウルさんなら何とかなる。同レベルの私が言うんだから、安心してお父さんになっちゃえ!」

「何でそんな自信満々なんだよ。逆に不安しか煽ってねぇよ!? そもそも――」


 ツッコミを続けているトウルに、今度はミスティラがクーデリアの反対側から肩たたきをしてきた。


「いざとなれば、私がリーファごとトウル様を貰ってあげます。なので、安心してリーファの父親になってあげてください」

「ミリィまで!? ん? というかさりげなく今、どさくさに紛れて何か変なこと言わなかったか!?」

「というか、トウル様。そんなに変わりませんよ。私達から見れば、完全にあなたの考え方は親ばかですもの。父親になろうが兄になろうが、大して変わらない気がしますけど」

「うっ……」


 言葉に詰まったトウルは、もう一度リーファの目に視線を落とした。

 確かに兄というには歳が離れすぎている。

 とはいえ、おじさんと呼ばれるのも気が引けた。

 それに、リーファの錬金術をずっと見守れることを考えたら、お父さんというのも悪くないとトウルは思い始めてしまった。


「ふぅ……リーファ。俺は錬金術師としてはそれなりに努力をして、それなりの勉強をして、そこらの錬金術師よりは腕の立つ錬金術師だと思ってる」

「うん。とーさんは頑張り屋さん。すごいことたくさん知ってる」

「でも、父親としては看病一つで大慌てだし、料理は錬金術で済ませる時もあるし、遊びだってそんなにしたことないし、それで良いのか?」

「兄さんになっても変わらない気がするよ?」

「うっ……まぁ、確かにそうだけど……」

「それとも、リーファにも錬金術で難しいことから逃げるなーって言うかもしれないのに、天才のとーさんはリーファのお父さんになるのが怖いの?」


 煮え切らないトウルに対して、リーファは冷たい視線と挑発的な言葉を口にした。

 そんなリーファの煽りにトウルは、この子は本当に賢いと思って笑うことしかできなくなった。


「リーファ……お前、俺の性格分かっててそれ言ってるだろ?」

「えへへー」


 雪すらも溶かしそうな暖かい笑顔をリーファが浮かべる。

 橙色の柔らかい明かりが、より一層リーファの笑顔を引き立てていた。


「ったく、分かったよ。リーファが無事に公開公募で入選したら、俺がリーファのお父さんになってやる」

「絶対だよ? 絶対の絶対に約束だからね? 破ったらダイヤメタルの針千本飲ますからね!」

「本当にそれを作れるあたり天才錬金術師だよなぁ。分かった。約束だ」


 トウルはリーファの頭を右手で撫でると、穏やかな微笑みを浮かべた。

 リーファも嬉しそうに頬を緩ませてトウルに頭を預けてくれていた。

 収まるところに無事収まった。一件落着とトウルが思ってリーファを席に戻すと、ゲイルが大きく手を叩いた。


「話はまとまったようだ。おい、そこの君、そうだ。今ビールを飲んでいる君だ。村長を呼んできたまえ。今宵は宴だ。新たな親子の誕生を盛大に祝ってやらねばな」

「局長!?」

「ふはは。聞いておらぬかな? この村の人達は飲む理由があれば何でも良いということを!」

「まさか、噂の朝までコースですか!?」

「ははは。トウル君覚悟はしておけよ!」

「ええええええ!?」


 冗談だと思っていたゲイル局長の思いつきは、瞬く間に村中に広まったらしく、村長をはじめ沢山の人達がやってきた。

 突然の開催にもかかわらず、歓迎会の時よりも人が来ているようにも見える。

 ほとんどの人が錬金工房に買い物しに来た人達だ。

 トウルの決意は既に村中に広まったのか、皆が口々におめでとうとお祝いの言葉を口にした。


「トウル様、めでたい時は人を呼ぶ! それが村の唯一の掟ですぞ!」


 村長は全力で走ってきたのか、顔を真っ赤にして鼻息を荒く鳴らしながらトウルに詰め寄った。


「うわっ!? 本当に村長が来た!? そんな掟、聞いてないですって!」

「えぇ、今適当に言いましたからな! でも、楽しいことや、めでたいことは分かち合った方が面白いという話しです。さぁ、飲みましょう! 乾杯じゃ皆のもの酒を持て! 乾杯じゃああ!」


 村の人達はすぐにスイッチが入ったらしく、最初から皆が酒を飲んで大笑いをし始めた。

 そして、気付けばトウルもそのノリに流されて、ビールを勢いよく飲んでいる。


「ハハハ。飲めるじゃないかトウル君! 君は開発局時代に未成年と断って飲み会に参加しなかったからね! 一度は飲んでみたかったんだよ!」

「意外と飲めますけど、これ以上はやばいですって!? 局長と違って明日も仕事なんですよ俺!?」


 気付けばトウルはゲイル局長とジライル村長に囲まれていた。

 頼みの綱のクーデリアとミスティラは音楽で店内を盛り上げていて、トウルを助けに来れそうにない。


「ガハハ。トウル様は酔っ払うと泣き上戸でツッコミが増えるんですなー」

「村長はあんま変わらないですよねぇ! ってか、二日酔いの薬作るの俺なんですからもう勘弁してくださいよ!? 二日酔いになった人間が二日酔いを治す薬作るって何の皮肉ですか!?」


 お酒を沢山飲むのは、トウルにとって初めての経験だった。

 二日酔いという言葉が頭をよぎり、トウルの真っ赤な顔が少し青ざめる。

 酷い頭痛と吐き気に襲われて、リーファの指導が出来なくなることだけは避けたいとトウルは心の中で叫んだ。


「ガハハ。立派な娘がおるじゃろ! 大丈夫じゃ! のぉ、ゲイルさん!」

「えぇ、その通りです村長。リーファ君なら、立派にトウル君の代わりに我々の薬を錬成してくれるはずです。さぁ、トウル君。娘を信じるんだ!」

「うちのリーファは確かに天才ですけど、それは何かおかしいですよ!?」


 おっさん二人に囲まれたトウルに逃げ道は残されていない。

 この状況を唯一打開出来るのは、やはり頼れる娘リーファだけだ。

 トウルは必死にSOSを求める視線をリーファに送ったが、リーファは何を勘違いしたのかニッコリと笑って返してきた。


「うん。お父さんが倒れても、リーファがお父さんの代わりにがんばってあげる。お父さんもちゃんと面倒みるよ」

「リーファ……」


 そうじゃない。嬉しいけどそうじゃない!

 トウルの声にならない叫びは、おっさん達の笑い声にかき消された。

 その後、トウルが解放されたのは、十分後くらいにリーファがトウルの袖をつかみ、眠りたいと言ってからだった。


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