錬金術師の戦闘力は作った道具に比例する
風が強くまりはじめる中、トウルは先陣を切って鉱山区域に向かって走り始めた。
鉱山区域は山の麓に小さなトンネルがいくつか掘られていた。
リーファの足跡も消えてしまっていて、どこに入ったのかが分からない。
白と灰色だけが広がる世界で、道しるべは何一つ内容に思えた。
「錬金術師をなめるなよリーファ! ダウジングペンダント。これと同じ賢者の石の反応を見つけろ」
トウルがペンダントの先に七色に輝く賢者の石を取り付けると、ペンダントが突然一方向に曲がり、右側のトンネルを指し示した。
「それも錬成した道具?」
「必要な素材を探すときに見つけやすいようにするダウジングペンダントだ。物さえ分かってれば、近くにある奴を追える。行くぞ!」
「やっぱ錬金術って便利なんだね。って、ちょっと待ってってば! そこ魔物の巣にぶちあたった廃鉱!?」
トウルが先頭を走りながらトンネルに駆け込むと、中は広い空間になっていた。
天井はオレンジ色に淡く輝き、炎を秘めた赤い水晶が一部地面から突き出ている。
洞窟が炎を結晶化して閉じ込めたような場所だ。
「リーファどこだ!? いたら返事しろ! いなくても返事しろ!」
「トウル様、リーファのことになるとクーデ以下かもしれませんね……」
「リーファ! 俺は中央になんか行かねぇから、戻ってこい! というか、リーファが錬金術師としてがんばれるのなら、俺ここにいられるから!」
ミスティラの嫌味を意に介さないほど、トウルは必死に叫び続けた。
「トウルの嘘つき! 狸さんにリーファが錬金術師になれたら中央に戻るって言ったくせに! リーファが嫌いになったから中央にいくんでしょ!?」
すると、洞窟のどこからかリーファが叫び返してきた。
その言葉を聞いて、トウルは師匠として保護者としての至らなさに唇を噛んだ。
「違う。俺はリーファのために、中央に戻らないといけないんだ。でも、すぐ戻ってこれる!」
「リーファを工房に一人ぼっちにして、トウルは中央で何するの!?」
「まずは出てこい。出てきたら教えてやる。リーファが決めるんだ。俺の仕事と立場をどうするか! だから、出てこい! リーファお願いだ!」
その内容はトウルが勝手に決めることは出来ない。
ゲイルにだって決めさせなかった。決めることが出来るのはリーファだけだ。
「トウル……?」
岩の影に隠れていたリーファがひょっこり顔を出すと、トウルは全速力で駆け出しリーファの身体を抱きしめた。
「とーさん、泣いてるの?」
「馬鹿野郎! 心配かけるな! 俺が錬金術師じゃなかったら見つけられなかったじゃないか! こんな危ないところに一人で来て!」
「ご、ごめんなさい……」
「俺の方こそ、ごめんな。ちゃんと話しをしてあげれば良かった」
小さな声で謝ってくるリーファの頭をトウルはそっと撫でた。
クーデリアの言った通り、まだまだ小さい女の子だ。
それなのに勝手に重い期待をのせて、一番怖がっていたことから守ってあげられなかった自分が不甲斐ないとトウルは反省した。
「あのー……お二人さん。感動の再会をしている中、ひっじょーに申し上げにくいのですが……私達囲まれてます」
「トウル様がむやみやたらに大きい声を出したせいで、魔物を起こして呼び寄せたようです」
クーデリアとミスティラの言葉でトウルが顔を上げると、周りを巨大な顎を持つ虫に囲まれていた。
八十センチほどの黒く照りのある身体には、ところどころ鱗のような岩がついていて、挟みのような顎、赤く光る目は細かく格子が入っている。
数は三十匹くらいだろうか、さすがのトウルも気味が悪いと顔をしかめた。
「おい、こいつらはなんだ?」
「岩食い虫です。鉱山にいる魔獣で鉱石を食い荒らす害獣として指定されています。私達も仕事で駆除したことはありますが、この数は初めてです」
「なるほど。でも、一人十匹だろ?」
「トウル様自分を数に入れているんですが、本当に大丈夫ですか?」
「あぁ、錬金術師だからな。俺は自分の道具を信じているさ」
トウルは弦のないボウガンを構えると、赤い液体の入った試験管を三本腰から取り出し、矢の代わりにセットした。
「見てろよ。リーファ。錬金術師は身体は弱いし、力もない。でもな、優れた道具を作り出せる可能性がある。これが錬金術師の戦い方だ」
トウルが引き金を引くと、赤い試験管が発射され、岩食い虫のど真ん中に着弾した。
着弾の衝撃で試験管が砕け散り、中の液体が飛び散った。
すると、白い蒸気が辺りに発生し、突然大爆発を起こした。
「爆発したぁっ!? あれ爆弾だったの!?」
爆音と閃光でクーデリアが驚きの声をあげた。
こうも驚かれたら、トウルは錬金術師として解説しない訳にはいかなかった。
「あぁ、こいつは爆発物を飛ばす擲弾銃。んでさっき撃ったのが範囲殲滅用の気化火炎弾だ。可燃性の気体を高圧で無理矢理液体化させていた。容器が砕ければ中身が一気に気化して、周囲一体を燃やす爆弾だ」
「トウルさんのことだから、格好付けて外したかと思ったよ……まさか、こんなメチャクチャな爆弾だなんて想像出来ないって!」
「ったく、クーデじゃないんだから。よし今ので三匹だな」
「むっー、さすが錬金術師。でも、私も保安員として負けてられないか。ミリィ、リーファちゃんをお願い」
トウルに触発されたクーデリアが飛び出し、剣を振るうと黒い軌跡が残像のようにトウルの目に刻まれた。
「うわっ、軽っ! ってか、切れ味すごっ!? 一撃で真っ二つになったよ!?」
「うわっ!? はやっ!? 残像見えたぞ腕力半端ないな!?」
「いやいやいや、これトウルさんの作った武器が凄すぎるんだって、こいつら岩みたいに硬いから、目を狙って動きを封じてから、魔法使いに任せるのが鉄則だよ!? 切れる方がおかしいって!」
武器を作ったトウル以上に、武器を振るっているクーデリアが驚いている。
岩をも切り裂く切れ味は、トウルが作ったダイヤメタルだからこそ出来る芸当だった。
「トウルさんすごいよこの剣! よっし、バッシバシ切り倒すよ! トウルさんどっちが多く倒したかで競争ね! 私が買ったら宿屋でご飯おごってー」
「あらぁ、それは良い提案ですわね。私はクーデを応援しましょう。火の精霊よ。クーデと一緒に燃え踊りなさい!」
クーデリアが縦横無尽に魔物達を切り刻みながら駆け回ると、彼女が走り抜けた後ろに火の柱が連続で立ち上がった。
ミスティラは赤い輝きを放つ杖を踊りながら振り回している。
トウルがたった一息を付く間に、数匹の岩食い虫が黒焦げにやかれてしまっていた。
「本当に威力が上がっていますわね。トウル様の杖、私気に入りましたわ。それでも、私はクーデについて、晩ご飯を一緒におごってもらうつもりですけど、よろしくて?」
ミスティラが杖の先端を愛でるように撫でると、妖艶な笑みをトウルに向けてきた。
挑発的なポーズで少し舌を出した姿は、悪戯好きな小悪魔のようだ。
「良いだろう。二対一か面白い! まぁ、万が一にも俺が負ける訳がないけどなっ!」
トウルが鼻で笑いながら次の気化火炎弾を発射すると、五匹を同時に焼き払った。
八対五、トウルの方がわずかに優勢だ。
「とーさんがんばれ! くーちゃん達に負けるなー」
「前言撤回! 二体二だ! 雪合戦は勝敗つかなかったからな! 絶対負けるかっ!」
「右に三匹あつまってるよ」
「ナイスだ。リーファ!」
リーファは応援しか出来ないが、その応援でトウルはやる気をさらに出してしまった。
爆弾を乱射しながらトウルは笑っている。
トウルとリーファの高笑いが鉱山内に響き渡り、爆発音と入り交じっていた。
「ミリィ、こっちは十八匹だ。俺達の勝ちだぞ?」
「あら? こちらも十七匹なのですが、もしかしなくても増えていますね」
「ふふん。でも俺とリーファの勝ちだな?」
「残念、現時点では負けましたね」
ミスティラとクーデリアががっくりと肩を落とし、ため息をついた。
そして、一息入れるかのように道具袋から淡く輝く液体入りのビンを取り出すと、それを一気に飲み干した。
戦闘が終わったばかりに魔力回復薬を目の前で飲まれ、妙に引っかかる言い方をされたため、トウルは疑問に思って首をひねった。
「トウル様とリーファが馬鹿騒ぎをしてくれたおかげで、女王が出てきたみたいです。特別ボーナスですね」
「ってことで、まだまだ私達の負けじゃないよ!」
二人の少女が武器を構え直すと、鉱山の奥から二メートルは超えている巨大な岩食い虫が現れた。
全身が岩に覆われており、頭の上には王冠のようにとがった岩が生えている。
顎も鋸状に岩石が生えており、かすっただけでも身体がえぐられてしまいそうな様相を呈していた。
群れを焼かれたことに怒っているのか、耳をつんざく悲鳴のような鳴き声をあげている。
「ずーっとこいつを探してたんだよね。ちょうど良かったよ」
「えぇ、こいつさえ倒せば旧鉱山の発掘も再開出来ます」
二人の少女は敵の巨躯にも物怖じせずに戦闘態勢に入っている。
そして、ミスティラが先に頷くと、クーデリアが地面を蹴った。
「まずはその厄介な牙を断ち切る!」
「炎よ。弾けなさい!」
クーデリアがハサミの片側に切れ込みを入れると、ミスティラが杖から火球を飛ばして、巨大な牙を一本へし折った。
「よーし、まず一本。んじゃ、残りもへし折っちゃうよ!」
「一旦下がってクーデ! 牙が再生してる!」
「へっ? うわっ!? ホントだ気持ち悪っ!」
ミスティラの声でクーデリアが後ろへ飛び退くと、岩食い虫の女王の折れた牙から石の欠片が押し出され、またたくまに元の立派な鋸状の牙を再生した。
「ねー、とーさん、何で牙がもとにもどったの?」
「んー……あの再生方法。よし、アナライザーを使ってみるか」
トウルはカバンの中から白い円盤のような物を取り出すと、女王の身体にアナライザーと呼んだ道具を向けた。
「Xレイ情報取得。ん? 大きさ自体は百センチ程度? あぁ、なるほど。さすが女王、食った岩の質が良いから体表面だけは肥大化するのか。クーデ、ミリィ、そいつは表面をいくら削っても倒せないぞ」
「え? そうなの? なら、その本体はどこ?」
「腹の真ん中だな。クーデの剣じゃ短すぎて届かない。長い槍でもあれば別だが、見たところ持ってないし。ってことで、ここは錬金術の出番だ」
「なるほど。さっきの爆弾で中まで壊せるんだね!」
「ムリだな」
「トウルさん!? そんな自信満々に断られたら私どうすればいいの!?」
「後ろで見てなっ!」
トウルはみんなの前へ踏み出すと、青い試験管を左手のそれぞれ指の間に一本ずつ、合計四本を挟み込み、一発目の砲弾を擲弾銃にセットした。
「うちのリーファを怖がらせた礼に、出血大サービスだ。受け取れぇっ!」
トウルが放った青い砲弾が女王虫の頭にぶつかった途端、白い煙とともに液体が飛び知った。
氷と岩が軋むような音が鳴り響き、女王虫の動きが突然とまった。
頭が完全に凍り付いているのだ。
続けて発射された砲弾が凍り付く面積を増やしていき、岩の塊だった女王虫は白い氷の彫刻へと一瞬で変化してしまう。
「こいつはおまけだっ! 喰らっとけ!」
トウルは最後に黄色い砲弾をセットし、引き金を引いた。
放物線を描く黄色い砲弾は、氷付けになった女王虫の身体に衝突すると、まばゆいまでの青白い輝きとともに雷鳴を放った。
すると、強固だと思われていた女王虫の身体が砕け散り、中から焼き焦げた虫の死骸が転がり落ちた。
トウルはわずか十秒ほどで再生能力を持つ敵を、一人で華麗に仕留めたのだった。