リーファ初めての家出
ゲイルとの話を終えたトウルは、村の宿屋まで道案内をするために工房を出た。
歩き出して数メートル、トウルはふとあることに疑問を感じて立ち止まった。
「ゲイル局長、どうやって工房まで来たんですか?」
「今更かね。よっぽど動揺していたのだな」
「色々ありましたので……」
「私は君が私のことを心の中では狸上司と呼んでいたことについて、追求しようとはしていない」
「そ、そうですか。寛大なお心遣いに感謝します」
「で、本題だが、あの温室と工房を設計したのが私だと言えば、分かるかな?」
ゲイルは謎解きの答えを待っている人特有の、意地悪な笑顔をのぞかせた。
「なるほど。理解は出来ますけど、信じられないというのが素直な感想です。ただ、納得は出来ました。温室の設計は錬金術師の使いやすいように整理されていましたから」
「ふむ。そこでしっかり評価出来る辺り、やはり君は優秀だよ」
「これでもそこらの錬金術師よりかは、腕の立つつもりでいるので」
「その憎まれ口も変わらないようで安心した」
ゲイルはふふっと笑うと、トウルの先を歩き始めた。
「どうだこの村は?」
「大変でした。寒くて風邪はひきましたし、ここ数日で何度気絶したことか。クーデとミリィにはからかわれるしで、錬金術師として研究はまったく進んでいません」
「はっはっは。実に苦労しているようだ。あの天才と称された君が? 中央の連中に聞かせたら腰を抜かすだろうな」
「自分で言っていておかしいと思いますからね」
大笑いをするゲイルにトウルも笑って返した。
照れ隠しでも、何かを誤魔化そうとしている訳でもない。
純粋に自分でもおかしいと思って笑っている。
「……でも、俺はリーファに会って、楽しそうに錬金術をやる顔を見て、リーファがみんなを笑顔にしているのを見たり、初めて看病したり、久しぶりに錬金術で誰かを喜ばせることを思い出しました。思い出させてくれたリーファ達と会えただけで、村に来た甲斐があったと思っていますよ。……錬金術はこんなにもワクワクして楽しい物だったって思えたのは、十年ぶりくらいです」
「変わったな」
「物を変化させるのが錬金術師ですからね。師匠の言っていた人を知れという言葉の意味がようやく分かりました。3年間学校に行って分からなかったのに、村に来て人に囲まれたら、あっさりというのも変な気分ですけど……」
「なるほど。良い錬金術が出来たようだ。この先の道は私も分かる」
ゲイルは手を叩いてひとしきり笑うと、道案内はもう必要無いといった感じでトウルの胸を掌で押した。
「さて、先ほどの君の覚悟と言葉は、無事にあの子の心を変えることが出来るかな?」
「リーファは錬金術師で俺の弟子です。その上、天才ですよ?」
「一ヶ月後を楽しみにしていよう。エントリーは私の方で済ませておくよ。さ、早く戻って天才錬金術師の面倒をみてあげなさい。晴れて中央にいることを祈るよ」
「はい。では、これで失礼します」
ゲイル局長の期待と厚意に応えるためにも、リーファの錬金術を何としても成功させなければならない。
トウルは走って工房に戻ると、リーファを見つけて声をかけた。
「よしっ、リーファさっきの続きを考えるぞ」
息を切らせながらも、トウルは弾んだ声を出した。
だが、リーファの返事はトウルを奈落の底に突き落とすような言葉だった。
「リーファ、もう錬金術師なんかやらない!」
身体全身で叫んだリーファの言葉の意味を、トウルは理解することが出来なくて震えた声で聞き返した。
「え? リーファ……お前、今なんて?」
「錬金術なんて大嫌い! トウルなんて中央に早く帰っちゃえ!」
「お、おいっ、リーファ!?」
トウルは横をすり抜けるように走り去ったリーファに声をかけたが、リーファは止まること無く雪の中へと逃げていった。
「え? ちょ、今リーファちゃんトウルって言った?」
「えぇ、あの子が名前で呼ぶなんて珍しいわね」
クーデリアとミスティラも驚いた顔をしていたが、驚いていた内容がトウルとずれていた。
「気にするところはそこじゃないだろ!?」
「いや、だって、リーファが名前呼びをするってことは、本気で嫌われてるよ? いじめてくる子は名前を言って嫌いだ。って言ったことがある」
クーデリアの言葉にトウルはその場に崩れ落ちた。
頭をハンマーで殴られたような衝撃に、トウルは立ち上がることが出来なくなっていた。
「なん……だと……。教えてくれクーデ……。何でだ? 俺がリーファに何をした……?」
「私だって分かんないよ。リーファがクッキーを狸のおじさんにあげに行くんだー。って言って上からすぐ帰ってきたら、ずっと一言も口聞いてくれなかったし。トウルさん達が何か変なこと言ったんじゃないの?」
「いや、俺達は何も……王立公開公募で入選したら、中央に仕事があるから残れって言われただけだし」
「んー……。あぁ、そっか。トウルさん、それ聞かれたんだよ」
トウルが困ったように答えると、クーデリアは納得したように手をうった。
「どういうこと?」
「リーファが孤児だって知ってるよね?」
「あぁ、知ってる」
トウルが当然のように頷くと、クーデリアはため息をついた。
「リーファは明るい子だけど独りぼっちが嫌いな子だよ。錬金術が少し出来るようになったら、そのせいでまた一人になっちゃうって思って、すんごく怖かったんだと思うよ? トウルさんにも裏切られたって思ってもムリないかも」
「でも、別に俺はずっと中央にいる訳じゃ……」
「トウルさん。一応確認しておくけど、リーファはまだ七歳だよ? 天才だって思ってあげるのも、一人の人間として思ってあげるのも大事だけど、子供だと思ってちゃんと言わないと分からないよ。トウルさんにずっと近くにいて欲しかったら、その公開公募を失敗させるために、錬金術を止めるしかないって思ってもおかしくないと私は思うな」
トウルはクーデリアのことを脳天気な女の子だと思っていたが、思っていた以上に気がつく子だった。
「クーデ……お前、意外とすごいやつだな」
「まぁ、トウルさんと同レベルらしいからね」
胸を張ったクーデがどや顔で鼻をならしている。
同レベルだとまだ思われていたことにつっこみたいのは山々だったが、それどころではなかった。
「クーデ、ミリィ。俺と一緒にリーファを探してくれ」
「おまかせー。初めて保安員らしい仕事もらえたっ!」
「えぇ、これでもかくれんぼは得意です。おまかせを。三十分後、工房に集合しましょう」
こうして、脱走したリーファの捜索が始まった。
トウルは村中を走り回ってリーファを探したが、彼女の姿を見つけることは出来ず、汗だくで工房に帰還した。
「クーデ、ミリィ! いたか!?」
先に戻っていたクーデリアとミスティラが二人で何かを話し合っていた。
そして、トウルの声に気付いたミスティラは、首を横にふった。
「いなかったわ。でも、情報は得られた。あの子、鉱山の方に行ったとか」
「くそっ、すぐ追いかけるぞ!」
「待ってトウル様。鉱山は魔物も出るんですよ。それに吹雪きそうです。ここは私達保安員が」
「俺は錬金術師だ。魔物がなんだっ!」
トウルが周れ右をして飛びだそうとすると、クーデリアに咄嗟に腕を掴まれてしまった。
「ちょっ! 気持ちは分かるけど、トウルさん落ち着いて! 武器も持たずに丸腰で行ったら死んじゃうよ!」
「む……それもそうか。なら、すぐ準備をしてくる」
「え? トウルさん戦えるの?」
「だから言っただろ。俺は中央兵器開発局所属だ。対魔物兵器をどれだけ作ったと思ってる!」
「トウルさんそれ実戦で使ったこと無いでしょ!?」
「リーファのためだ。それに俺は錬金術師だ。自分で作ったものくらい使いこなす!」
「そんな無茶なっ!?」
トウルはクーデリアの手を振り払うと、自室に飛び込んだ。
そして、三重に鍵をかけてリーファには絶対触らないように伝えたカバンの封を開ける。
カバンの中には弦のないボウガンと、それぞれ赤、緑、黄、青の液体が込められた試験管のような細長いガラスの容器がある。
トウルは腕と腰にベルトを巻くと、弾丸となるガラス容器を差し込み口に差し込んだ。
「待ってろよ。リーファ、どんな魔物が相手でも絶対に助けてやる」
そして、トウルはもう一つ別のカバンを肩にかけると、大急ぎでクーデリア達の元へと戻った。




