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狸上司襲来

 翌日、トウルは村長に錬成した道具を引き取って貰うと、店の中でリーファと机を挟んで向き合っていた。


「リーファ。昨日の二人の話で何作るか決めたか?」

「んー……まだ。くーちゃんはお腹空いて大変なんだけど、傷薬とか色々持ち歩くから食べ物持てる量が少ないって言ってて、みーちゃんは荷物が増えると重くて動けないから、おっきな魔物退治をする時が大変って言ってたね」

「基本的に道具袋の問題だよな。確かに重ければ重いほど、冒険者の動きに制限がかかる」

「袋軽くする?」

「いや、布を軽くしたぐらいじゃ、ほとんど変わらない。道具袋自体をどうこうするのは難しそうだな。それこそ、錬金術で作る新しい特別な袋が必要だ」

「んー……新しい特別な袋ー……」


 いつもは明るく振る舞うリーファが真剣な顔をして悩んでいるのを見て、トウルは優しい笑みを浮かべていた。

 リーファは天才でも努力をしなかったり、悩まなかったりする人間ではない。

 自分の才能や地位にあぐらをかくような子ではなかったことに、トウルは嬉しさを感じていた。

 だから、考え方を教えるだけで直接的な答えをトウルはぼかして、ヒントを与えた。


「リーファ。発想につまった時は考え方を逆転させるのも錬金術のコツだ。袋がダメなら、中身の方を変えるっていうのも手だぞ」

「中の物を軽くするの?」

「そういう考え方もありってことだ。中の一番かさばる物を小さくしたり、二つを一つにまとめたり。な?」

「なるほどー。んー……それなら、今からくーちゃんの――いらっしゃいませー」


 何かを思いついたのかリーファが頭を上げると、来客を知らせる鈴の音が店内に鳴った。

 お客が来た途端に勉強モードから営業モードにすぐ切り替えられるのも、立派な才能だとトウルは小さく笑った。


「いらっしゃいませー。って、うおっ!? 局長!? なんでこんなところに!?」

 

 トウルの笑顔はすぐに驚愕の色に染まった。

 扉から入ってきたのは黒いスーツを着た太った男性だ。

 丸くて黒い帽子を被り、丸い眼鏡をかけ、茶色いステッキをつく姿は狸のような見た目をしている。

 兵器開発局局長ゲイル=グリント。トウルを左遷した張本人だ。


「工房の店長もなかなか似合っているな。リーファの保護者としてもちゃんとやれているようだ」

「きょ、今日はどのようなご用件でございましょうか? ゲイル局長」

「部下の仕事ぶりを確認しにきただけだが?」


 焦りで思わず一歩ひきさがったトウルに対して、ゲイルはゆっくりと歩を進めて近づいてくる。


「あっ、とーさんを左遷した狸上司だっ!」


 そして、リーファの発する言葉でトウルの背中は凍り付いた。


「リーファ!?」

「ほほぉ、トウル君。君はなかなか面白い指導をしたようだね?」

「い、いや、これは、その……子供の言うことなのでどうか許してやって下さい」


 子供の言ったことだ。さすがのゲイルも怒らないでくれるだろうと、トウルは額に汗を流しながら期待を寄せた。


「くーちゃんとみーちゃんが言ってたよ? とーさんは狸上司に左遷されたから、ここに来たんだって」

「リ、リーファ。頼むこれ以上は止めっ――」

「狸さんありがとー。とーさんをリーファに会わせてくれて」


 トウルはリーファの無邪気な笑顔に頭を抱えた。

 リーファのせいで、トウルは全身から噴き出す汗が止まらない。

 ゲイルは一言でトウルを中央から田舎へ左遷した権力者だ。その相手を怒らせたら国家錬金術師と言えど、工房の管理者としての首が飛びかねない。

 まだリーファの錬金術を見ていたいのに、工房を追い出される訳にはいかない。トウルは言葉を必死に探した。


「ゲイル局長……これは」

「ふむ。なるほど」


 トウルが必死に言い訳を考えていると、またもや呼び鈴がなった。

 悪いことは続くという言葉が、トウルの頭をよぎる。


「トウルさん遊びに来たよー? あれ? 見たことないお客さんだ」

「この寒い村でスーツだけ? 錬金術師かしら?」


 クーデリアとミスティラが遊びに来たのだ。

 この二人にトウルは狸上司に左遷されたと伝えている。

 つまり、トウルがゲイルを狸だと言っていたことを聞いた証人が、最悪のタイミングで現れてしまった訳だ。


「おや? お嬢様方はトウル君のお知り合いかな?」

「ん? あぁ、はい。友達ですよ」

「これはこれは可愛らしいお友達を作ったトウル君が羨ましくなるね。申し遅れました。トウル君の上司、国家錬金術師のゲイル=グリントです」


 ゲイルは帽子を取ると、深々と一礼した。

 この物腰柔らかな裏に隠れた権力に、トウルはさらに身震いを覚えた。


「わわっ、保安員のクーデリア=オーウィルです。よ、よろしくお願いします」

「同じく保安員のミスティラ=サヴァンジュです。よろしくお願いしますわ」


 一応公務員にあたる二人は立場を分かっているらしく、礼儀正しく応対している。

 この対応が出来る二人なら、トウルが狸上司と言ったことを漏らさないだろう。

 この二人なら安心出来ると思ってトウルが息を吐こうとした時、ゲイル局長の言葉息が再度止まった。


「トウル君から聞いているかも知れませんが、私が噂の狸上司です」

「あぁっ! 狸上司って自分から名乗っていたのですね!」

「なるほど。ありがとうございます。クーデリアさん。ちなみに、開発局の方で私を狸上司と親しみを込めて呼ぶ方はいらっしゃいません」

「へ? えっと、すみません?」


 ゲイルのにこやかな笑みと優しい口調に、クーデリアは戸惑ったようすで生返事を返した。

 その隣でミスティラが壁に視線を反らして、ため息をついている。

 その反応を見たトウルは俺の方がため息をつきたいよ。と心の中で叫んだ。

 にこやかな目で振り返ってきたゲイルの顔は妙な威圧感がある。


「トウル君、どうやらこちらの生活を満喫しているようだね。良い友達が出来たようだ」

「え、えぇまぁ、はい。というか局長、今日は本当に様子を見に来ただけなんですか?」

「ハハハ。そんな訳なかろう。ここから先は仕事の話だ」

「……ですよね。リーファ、クーデ達と一緒に店番を頼む。俺は局長と上で話をしてくるから」


 トウルは酷く落ち込んだ気分でゲイルを二階のリビングに案内すると、慌てた様子で紅茶とクッキーを用意した。


「……トウル君、念のため確認しておくが、このクッキーは君が錬成したものかね?」

「いえ、リーファですけど」

「なら、頂こう」

「えー、えぇ……どうぞ」


 相手が上司じゃ無ければツッコミを入れていたところだったが、トウルは寸手のところで、言葉を飲み込んだ。


「美味いな……。錬金術を初めて数日だろう?」

「飲み込みが尋常じゃないんですよ。まるで、全てをそのまま頭に写し取っているような学習能力です」

「やはりか。さすが成功例の一人だな。君に任せて正解だったようだ」

「え?」


 聞き逃せない一言が混じっていた気がしたトウルは、一瞬意識が固まった。

 だが、ゲイル局長はトウルの困惑など知らぬ様子で話を進めていく。


「さて、トウル君。ここで確認をしておくが、君とリーファ君は王立公開公募に応募するのだな?」

「えぇ、そのつもりです。リーファのために錬金炉も欲しいですし」

「結構。では、リーファ君が入選した場合、君には中央に戻っていくつか仕事をしてもらうことにする」

「へ? また中央に戻れるんですか?」


 声が裏返るほど驚いたトウルに対し、ゲイル局長はにこやかな笑顔を浮かべ続けた。

 そして、告げられた仕事の内容にトウルは口を閉じることが出来なくなった。

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