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武器職人トウル

 トウルが目を覚ますと、自室のベッドの上で寝かされていた。

 最近よく気絶するなぁ。と思わずトウルは苦笑いしてしまう。


「あら、目を覚ましましたねトウル様。お加減どうですか?」

「ミリィ? なんでお前が俺の部屋にいるんだ?」

「先ほど修繕依頼のあった道具が運ばれた時に、工房の店長代理からとーさんが休まずに仕事しちゃうから、部屋から出しちゃダメ。と厳命されました」


 帽子をぬいだミスティラが胸に手を当て、恭しく一礼する。

 流れるようなお辞儀は、一流の秘書や執事のような美しさがあった。


「信用無いなぁ俺」


 トウルは自嘲気味に笑うと、身体を起こした。

 確かにリーファの言うことを聞かずに村長と仕事の話をした。そのせいで、トウルが起きたら仕事を始めてしまうと考えられるのも無理はない。

 でも、わざわざ監視までつけられるほど、言うことを聞かない人と思われるのも面白くなかった。


「信用されているんですよ。トウル様のこと」

「え? なんで? 信用されてないから、監視つけるんだろ?」

「ふふ、トウル様は真面目な方ですね。つい意地悪したくなっちゃいます」


 ミスティラの鼻がトウルにくっつきそうになるぐらい、彼女はトウルに詰め寄ってきた。


「えー……ミリィさん? なにをするつもりだ?」

「冗談です。リーファは信じているのですよ。トウル様はリーファのために何でもしてくれるって。だから、甘えないように頑張っているのです。そういう子ですから」

「素直じゃないな」

「ふふ、トウル様も人のこと言えないと思いますけどね。それで、最初の質問に戻りますけど、身体の調子はどうですか?」


 ミスティラがトウルから離れる。

 トウルは試しに自分の額に手をのせると、熱さは感じられなかった。

 気付けば、頭痛や関節の痛みも消えている。


「治ったな。風邪の症状は消えてる。ちなみに今何時だ」

「午後五時ですわ。ちなみに、今日の売り上げなのですが、リーファのクッキーの売れ行きが良いのと、信じられないことにトウル様のレシピでリーファが作ったあの苦い修羅場クッキーも大人に人気で、二万ガルを超えています。というか、今日の工房は完全にお菓子工房になっていました」

「ぷっ。あはは。リーファらしいな。あぁ、そうだ。ミリィとクーデには今日のアルバイト代を払わないと」


 一人当たり五千ガルくらいかと、トウルが頭の中で計算していると、ミスティラは首を横に振った。


「もうすでに、リーファから現物で頂いておりますので構いません。ちゃんと店長していましたよ。リーファちゃん」

「あはは。さすが俺の弟子だな」

「ふふ、トウル様も意外と親バカですね。さて、では店長代理にトウル様がお目覚めのこと、お伝えしておきますね」


 ミスティラはそう言うとドアを開き廊下に足を踏み出した。

 だが、突然振り向くと、とても悪戯っ気のある笑顔を浮かべてトウルの顔を見つめてきた。


「トウル様、昨晩動けないリーファの身体を剥いて、全身くまなく丁寧に優しくなでまわしたとか。安心してください。村の人で知っているのは私とクーデだけです」

「おいっ! 何か盛大に誤解してるぞその言い方!?」

「ふふっ、やっぱりからかい甲斐のある人ですね。大好きですよ」

「なっ!?」


 ミスティラが流し目で囁くように告げた言葉に、トウルの心臓がドキリと跳ねた。

 トウルがしばらくパタンと閉じられたドアを数秒間見つめ続けていると、扉の向こう側からくすくすと笑いをかみ殺すような声が聞こえて、ようやくあることに気がついた。


「からかわれた……。クーデと同じ扱いにされたのか俺!?」

「あはは!」


 はっきり聞こえた笑い声は間違い無くミスティラの物だった。

 その笑い声に釣られたのか、クーデリアとリーファの声も近づいてくる。


「ミリィ、何か悪戯でもしたなー」

「みーちゃん、とーさんは元気になった?」


 クーデリアの呆れた声は長い付き合いがあるのだろうか。あのミスティラが笑っていても特に動じた様子はない。


「とーさん、調子はどう?」


 リーファが扉をあけて入ってくると、とてとてと小走りしながらトウルの元に駆け寄ってきた。


「とーさん、まだ顔赤いよ?」

「大丈夫だ。頭も痛くないし、声も普通に出せる」

「お腹空いてない?」

「結構空いてるな……」

「なら、今日はちゃんとリーファが作ってあげるから、とーさんはもう少し休んでて。後で身体もリーファにやってくれたみたに、ふいてあげる」


 トウルはハッとして視線を上げると、笑いをかみ殺しているミスティラの隣で、クーデリアは納得したように手をぽんと叩いた。


「トウルさん、ロリコンだったの?」

「違うぞ! どうしてそうなった!」

「あぁ、なるほど。こりゃミリィが笑う訳だ。ぷっ、あはは」


 クーデリアまで噴き出して笑い始めた。


「ねー、とーさん。ロリコンってなに?」

「錬金術とは関係無いから知らんっ! リーファ、晩ご飯の依頼だ!」

「はーい。くーちゃんとみーちゃんは、とーさんがお仕事しないよう見張ってて」


 あっさりと引き下がってくれたリーファに、トウルは安堵の息を吐いた。


「ね、クーデ。私があなたをからかう気持ち分かってくれたかしら?」

「まぁ、うん、そうだねぇ。天才錬金術師とか村長が言ってたから、どんな人が来るかと思ったけど、こんなに親しみやすい人だとは思ってなかったよ」

「えぇ、あなたも同じくらい親しみやすいわ。だから、これからもたくさんからかってあげる。私の親愛の証としてね」

「ミリィ。その理屈はおかしいよ!?」


 トウルもクーデリアの意見に賛成して、頷いた。

 親愛の証だと言われても全然嬉しくならない。


「って、そういえば、トウルさん。リーファが何かに参加するから、冒険するとき困ること教えて。って言われたんだけど、あれ何のこと? えっと、なんだっけ? 王立公募?」

「あぁ、クーデ達にも言ったのか。王立錬金事業公開公募、錬金術師達が国や地域の問題を解決するために、道具を作って献上する大会みたいなもんだ。武道大会の頭脳版だとでも考えてくれ。で、今回の課題が冒険者の活動環境向上のために。だ」

「へー。なるほど。トウルさんも参加するの?」

「まぁ、毎年何かしらでな」

「トウルさんって中央で何作ってたのさ?」


 クーデリアは興味津々といった具合に、トウルの話を聞こうとしている。

 ミスティラも黙ってトウルを見つめていて、逃れられそうに無い。


「兵器開発がメインだったよ。ほら、この前の雪合戦で作った雪弩も昔作った道具の小型改良版なんだ」

「あぁー、雪合戦にしては反則級の性能だったよねー。ん? ということはもしかして、私達の武器も錬成で強化出来たりする?」

「まぁ、武器開発も似たような物だから出来るぞ。ちょっと貸してみろ」


 トウルはクーデリアから剣を受け取ると、ゆっくり剣を抜いて、夕陽に刀身をかざした。


「等級はC+。刻印からすると、付加効果は頑丈か」

「うおっ……良く分かったねぇ」

「沢山見て作ったからな。言いたくは無いが、俺より腕は下の錬金術師だな。それか単に報酬をクーデリアがケチったせいで、手を抜かれたか」

「まぁ、うん、ケチったけどさ……お金ないし」


 剣を返すとクーデリアがしゅんとしてしまった。

 見たままを言って、何故こうも落ち込まれるのかトウルは理解出来なかったが、続けてミスティラの方に杖を渡すよう言った。


「ん、ミリィの杖はB+か。悪くない仕事だ。魔力を媒介する宝石も四元素含まれているな。付加効果も、魔力上昇に防御障壁か。後衛向けの付加効果をしっかり入れてあるな」

「あら、さすがトウル様。一目見ただけで良くお分かりになりましたね」


 トウルは杖をミスティラに返すと、枕元においてあったメモ帳とペンを取り、剣と杖の柄をサッと描いた。


「トウルさん何描いたの?」

「クーデ、ちょっと腕触らせろ」

「え?」

「良いから腕出せ。ミリィ、ちょっとクーデを抑えてろ」

「えぇっー!? ちょっ、ミリィッ!?」


 トウルは強引にクーデリアの腕を掴むと、彼女の袖をまくり上げ、指先から二の腕までを入念にマッサージするよう揉み始めた。


「あふっ、ちょ、ちょっと何をっ。きゃっ、くすぐったいってば」

「ふむ。意外と腕は細いな。それに思ったより柔らかい。今の剣だと少し重くなかったか?」

「え、まぁ、そうだけっ――ひゃぅっ。ひゃめて……肩……ん、弱いのっ」

「よし。ミリィ。次は左腕だ」

「ちょ、ちょっとまだやるの!? いや、やめてええええ!」


 クーデリアの悲鳴がむなしく響く中、ミスティラまでもが面白半分にクーデリアの腕のチェックに参加した。


「もうダメ……。私お嫁にいけない」


 解放されたクーデリアがへなへなと床に座り込むと、トウルは視線をミスティラに向けた。


「クーデは何か勘違いしているが、次はミリィ。腕出せ」

「はい。どうぞ。身体の隅々までお調べ下さいませ」

「……おかしいな。素直に出してくれたのに、余計酷い勘違いされている気がする」


 トウルは恐る恐るミスティラの腕の長さや身長を測ると、先ほど絵を描いた紙に数字を書き込んでいった。

 ミスティラは意図を分かってくれていたおかげか、クーデリアのような反応を示さなかった。


「……で、トウルさんさっきの何だったの?」

「あらクーデ。さすがに気がつかないのは鈍感ですよ?」

「ミリィは分かったの?」


 クーデリアが疲れ切った表情でミスティラに尋ねると、ミスティラは自分の身体を抱きしめるように腕を組んだ。


「えぇ、もちろん。トウルさんは私達の等身大人形を作って、寂しい夜を――」

「えぇぇっ!?」


 ミスティラの色っぽい声にクーデリアが顔を真っ赤にしながら叫び、胸を隠すように身体を抱くと後ろへ飛び退いた。


「酷い誤解を広げるな!」

「あはは。さすがトウル様。良い反応ですわ。分かっています。武器の採寸ですよね?」

「やっぱりワザとか……ミリィ。あんまり大人をからかうな」

「あら? トウル様が楽しいのがいけないのですよ? クーデに匹敵するほど魅力的な反応してくれるのですもの」


 お嬢様っぽい微笑みを浮かべたまま、ミスティラが逃げ出したクーデリアを引っ張り返した。完全に遊ばれているクーデリアにトウルは同情しつつも、ため息をついた。


「俺が……クーデと同じレベルなのか……」

「そこで露骨にがっかりしないでよ!? ん? あぁ、そっか」

「クーデ? 何を嬉しそうに笑っているんだ?」

「私がトウルさんと同じレベルなら、私も国家錬金術師になれる頭があるのね! トウルさん錬金術教えて!」

「誰よりもポジティブだなお前!」


 病み上がりにもかかわらず、トウルは全力でつっこんでしまった。


「ね、トウル様。クーデも面白いでしょ?」

「面白いでしょ? と言われましても……」

「ふふ、良いじゃないですか。私は楽しいですわ」

「くっ……。とりあえずだ。武器について話を戻す!」


 このままミスティラにペースを握られていては話が進まない。

 トウルはそう判断すると、話の流れを強引に断ち切った。


「まずはクーデ。今使っている剣だと少し重すぎる。それに二刀流ということも考えれば、お前の剣は軽量化と切れ味向上を目指した改良が適しているはずだ。血糊の問題は解決してやる」

「へ? そんな簡単に言うけど、出来るの?」


 ぽかんとした表情で聞き返したクーデリアに、トウルは余裕の笑顔を見せた。


「あぁ、出来る。で、次はミリィ」

「私のはどんな改良をしてくれるのかしら?」

「ミリィの場合、四元素に加えて、光と闇を宿せるよう追加の宝玉を埋め込む。今のミリィの身長ならもう少し長くなっても扱えるはずだ」

「なるほど。で、報酬はおいくら渡せば良いのかしら? そこまでの錬成です。素材と手間、そして、トウル様の技術を考えれば十万ガルは下らないかと。私達のお給金一ヶ月分を、トウル様は要求するおつもりですか?」


 トウルはミスティラの計算結果に首を横に振った。

 トウルの編み出したこのレシピは、まだ誰にも真似が出来ていない。

 王家や軍の将軍が買うほどの業物を、十万ガルで売ったら安いぐらいだ。


「情報が欲しい。後は明日の錬金のために必要な材料を運ぶのを手伝ってもらいたいのと、俺とリーファが錬金している間の店番を頼みたい」

「材料と店番はともかく、情報ですか?」

「あぁ、リーファのために、冒険者がどんな物が欲しいのか、どういうことに困ることが多いのか。そして、俺達錬金術師が提示する物に対して、ありがたいと思うかどうかだ。リーファは天才だ。だけど、作る物や目的が決まらなければ、どんな天才錬金術師でも物は作れない」


 トウル自身もその経験をリーファのプレゼントで体験した。

 そして、リーファは誰かのために物を作ることが多い子だ。今まで彼女が作った物はいつだって誰かを喜ばせようとする物だった。


「トウル様って、すごい親ばかですよね。そうは思わないかしらクーデ?」

「リーファちゃんのためなら、火の中、水の中って感じだよね。別にそこまでして貰わなくても、それぐらいのお手伝いしたのに」


 二人の少女が呆れたように笑っている。

 その様子にトウルは逆に困ってしまった。


「俺は真面目に言っているんだが」


 トウルが腕を組んで不満げに呟くと、クーデリアとミスティラは声をあげて笑い続けた。


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