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リーファの判決

 工房クオーツを窒息させる作戦の効果は思った以上にすぐに現れた。

 たったの二日でルイスが講義室にいる私達を探しに来て、授業が終わった後にクオーツに来て欲しいと声をかけてきた。

 そのお願いに私達は何も知らない振りをして頷くと、ルイスの姿が消えたのを見計らって開発局に出向いた。

 そして、助っ人達には最高のタイミングで突入して貰うために腕時計を貸して、店の中で待機してもらうことになった。

 カツラと眼鏡で変装するほどの用意周到さに驚いたが、助っ人達はノリノリで私達の作戦に乗ってくれた。

 そんなことも露知らず、私達がクオーツにつくと、学生店員が私達を工房の三階へと案内してくれた。

 三階の工房長の部屋の奥に座るルイスはやけにいらだっているのか、クマができた目で私達を睨み付けてきた。


「お前達だろ? 銀行に素材屋だけじゃなく、バイヤーにまで圧力をかけて、取引を禁止したの」


 クオーツが農地の件に関わっていることを知っているのは実行犯と私達だけだ。そうなれば、内部告発したのは私達だと疑うルイスの考えは何も間違いじゃない。

 でも、以前のルイスの言葉に私はわざと合わせてみた。


「何か証拠があるのですか? 言いがかりはよしてください。侮辱罪で訴えますよ?」

「何が侮辱罪だ。どう考えてもあの日、君達が根も葉もない根拠もない妄想を僕に押しつけて、それが一蹴されたから腹いせにとった行動じゃないのか?」

「何を言っているのか分かりませんが、ルイスさんだって納得していたじゃありませんか。クオーツの中に犯人がいると。ならば、その人が良心の呵責に耐えかねて自供したのかもしれませんよ?」

「くっ……。臭い芝居をしやがって」


 苦虫を噛みつぶしたような顔をしたルイスが、毒づく言葉を私は聞き逃さなかった。

 それでも、私はまだもうちょっとだけ人の心を信じていたかった。

 仮にも彼も錬金術師なら、同じ感情を抱いたことがあるはずだと信じたかった。


「農家のみなさんは大切な苗を失って悲しんでいました。私達も自分の道具が盗まれて悪用されて悲しみました」


 この先の言葉はお父さんに教えて貰った。甘いかも知れないけれど、私はこのダメな人も救いたいんだ。


「でも、私達は錬金術師ですよルイスさん。間違いを犯した時は、素直に間違いを認めて、謝って、挽回するための道具を作って使わないといけないんです。そのための道具は作りました。後はルイスさんがその道具を使って、間違いを正すだけなんです。勇気を出して下さいルイスさん。間違えたら怒られるのは当たり前なんです。許して貰うためには誠意を見せるしかないんです。それは貴族だって同じハズです」


 彼の立場を思って、私は隠すことなく自分の気持ちを伝えた。

 貴族という家名に囚われている彼ならば、貴族という垣根を壊すしかないと思ったんだ。

 でも、私の言葉でルイスは激昂した。どうやら私は火に油を注いだらしい。


「うるさい! 平民の君に何が分かる!? 一度ついた傷は治らないんだよ! お前が銀行を止めたせいで! 貴族生が治めるクオーツの評判を辱めたせいで、僕は……僕は! また家名に泥を塗ってしまったじゃないか!」

「たったそれだけの理由であなたは意地を張っているの?」

「そうだよ! あぁ! そうだ! 僕だけだ! 家の名誉を傷つけるのは僕だけさ! 兄さん達はもっと早い年齢で入学し、卒業した! 僕は何度も落ちて見捨てられてから入学した。そうやってようやくまた声をかけて貰えて、家に戻れたと思ったのに、また僕はっ! ただの無能なルイスに戻ってしまう! 家にいる資格を失ってしまうんだ! お前達さえいなければ! 僕はルイス=ヴィンセンでいられたのにっ!」


 ルイスはそう叫ぶと机をバンッと叩き、勢いよく立ち上がった。


「そうやって全部他人のせいにして、あなたは自分で何が作れるの? それでもあなたは物を作る錬金術師でしょ?」

「うるさい! うるさい! もう僕には後がないんだ! それなら全て一緒に終わらせて!」


 私の声はだだっ子のように拳を振り上げて飛び出したルイスにかき消される。


「うわああああ!」


 ルイスが私に向かって殴りかかろうと駆け寄ってくる。

 私は咄嗟に身構えてディラン先生の武術を思い出したが、私の前にカイト君が飛び出してきて、ルイスの拳を受け止めた。


「僕の大切な人をあなたには触れさせない。僕もとても怒っていますが、ここは僕の出番ではありません。あなたを殴りたい人は他にいる」

「良く言ったカイト君。それでこそだ」


 カイト君の声に続いて、聞き覚えのある男性の声がした瞬間に、ルイスの身体は壁に吹き飛ばされた。


「ま、私の一番弟子ですからね。ということで、大人しくしてね。ルイスお坊ちゃま」


 続いてレベッカさんの声が聞こえると、ルイスの身体が縄で縛り付けられて動けなくなっていた。


「ふふ。勝手ながらお邪魔させてもらったよ諸君」


 余裕のある男性の声に振り返ると、扉の向こうにはゲイル局長とレベッカさんがクロスボウ片手に立っていた。ルイスが吹き飛んで縛られたのは、この二人が特殊な縄の矢を発射したからだろう。

 殴るより酷いことをさらっとしてのけるあたり、この二人も相当頭に来ているのが良く分かる。

 ゲイル局長は目を白黒させて倒れているルイスの前に立つと、穏やかな口調で声をかけた。


「危うく未来ある錬金術師四人を傷つけるところだったが、四人とも無事だったみたいだね。ルイス君」

「……あなたは一体?」

「あぁ、申し遅れてすまないね。国家錬金術師のゲイルだ」

「っ!? まさか開発局の!?」

「良く知っているね。勉強熱心で感心するよ。ただ、私達が誰と繋がっているかまでは知らなかったようだがね」


 ゲイルさんはそう言うとルイスの頭をなでながら話を続けた。

 ルイスのかなり顔が青ざめている所を見ると、気が気がじゃない感じなんだろうけど。

 偉い人に怒られる場面なのに笑顔で優されたら、何を企んでいるか心配になって血の気が引いたんだと思う。


「さて、では私から特別講義だ。錬金術師の資格を得ると私達は国に雇われることになる。一年に一度査定もある。ダウジングペンデュラムも不正行為があった際に使われる道具であり、疑惑があれば自白剤を使うことだって出来る。君のしたことを考えれば、態度次第では後ろのレベッカ君が自白剤を使うことも考えているよ。さて、君は胸をはって錬金術師をやれるかな?」

「なんで……赤毛のレベッカさんまで……」

「ん? なにかな?」

「なんで開発局の方が……ここにいるんですか」

「ははは。何故だろうな。その答え合わせは我々を呼んだ本人からして貰おうか」


 ゲイル局長はとぼけた様子でそう言うと、ルイスの手を引いて私達の前に連れてきた。

 このおじさんは優しい振りをして、結構厳しいことをするなぁとつくづく思う。

 今はその厳しさがありがたかったりもするけどね。


「リーファ……まさか君が呼んだのか?」

「うん。ごめんね。銀行を止めてもらったのも、流通を止めてもらったのも私がやったこと。それと、れーちゃんとげーさんを呼んだのも私」

「何故だ!? 何故君のような平民がそんなことを!?」

「貴族じゃなくても、私にはお父さんがいる。それとお父さんから教えてもらった錬金術がある。そのおかげで、私は世界を広げられた。二人とも私の師匠で友達だよ」

「トウル=ラングリフ……。そうかあの人も開発局所属だ……。だが、我が家だって格式高い国家錬金術師のヴィンセン家だ。そんな一人の男に崩されるほど、ヴィンセン家の信頼は弱くない。僕より君の方が信頼されているというのか!?」


 いまだに負けを認めない所か、自分の家名にすがるルイスを見て、私は怒りを通り越して哀れみと悲しさを感じた。

 ずっと心のどこかに引っかかっていた疑問が今ようやくハッキリした。

 どうしようもないくらいルイスは自分を持っていない。


「ルイスさんは悲しいね」

「やめろ……そんな哀れみの目で僕を見るなっ!」

「げーさんもれーちゃんも私の小さい頃からの先生だし、この前はぱーちゃんともお友達になった。私は私が出来ることをして、みんなからの信頼を貰ったの。トウル=ラングリフの娘だからって、何もしなくてもみんなが私を信じてくれる訳じゃないよ。お父さんはお父さんで、リーファはリーファだもん。ルイスさんはルイスさんの力で何かしたことあった?」

「やめろ。やめてくれ。これ以上僕をみじめにするなっ!」

「ヴィンセン家に信頼はあるかもしれない。でも、それはルイスさんに対する信頼じゃない。あなたを惨めにしているのはあなた自身だよルイスさん」

「僕はっ……! 僕はっ! 最初は君達がどんな道具を作ったのか興味がわいただけだったんだ……。でも、その中身をみたら僕にはもう理解出来ないほど複雑で、僕には到底再現出来そうになかった。この工房でも君の話題で持ちきりだった。僕が君のような才能を持っていたら、僕はもっと気楽に家でも外でも生きられると思ったら、それが悔しくて、無力感でいっぱいだった。僕を惨めにしたのは君だ! リーファ=ラングリフ!」


 本当に酷い責任転嫁だ。でも、私はこの時自分の行動がこうやって誰かを追い詰めることもあるんだということを初めて知った。

 そう言えば最初につっかかってきた男の子も、私の実績を恨めしそうに言っていたっけ。彼も同じ気持ちだったのかな。と、そんなことを思うと、私は彼に謝っていた。


「そうだったんだ。ごめんねルイスさん」


 私は彼に比べて恵まれている。それも彼が一番欲しかったであろう物を見せびらかしていた。錬金術の腕も居場所も彼が欲しい物を彼に突きつけて、彼が唯一すがっていた物を貶めた。それが見えない形で酷く彼を追い込んでいたんだと思う。


「やめてくれ……。謝られたら、格の違いを見せつけられて、本当に惨めじゃないか……」

「うん。ごめんね。そうやって格の違いとか、生まれとか、人の上に立ちたいってだけでで錬金術を学んでいる限り、あなたには絶対負けない」


 今のままのルイスならいくらでも返り討ちに出来る。

 そう思えるぐらい、メッキの剥がれた彼は小さな子供のようだった。


「でも、あなたはちゃんと大学に入学出来たし、工房も運営出来てた。才能がないって言うのなら、それすら普通なら出来ないよ。その頑張りを自分で否定しないで。もし、あなたが自分自身の力をもっと伸ばすように努力したなら、私にも勝てるかも知れないし、あなたのお父さんを超える立派な人になれるかも知れないよ」


 私の言葉にルイスは言葉も返さず、声をあげて泣いてその場に崩れた。

 家柄も人脈も彼の支えとする物を全てへし折って、お父さんへの宣言通りこてんぱんにしてしまった。もう私達をバカにしたことは怒る気もないけど、それと農家さんの件は別問題だ。

 その件に関しては、これは農家さんの分! という形でもう一度こてんぱんにしないといけない。


「ルイスさん。あなたが錬金術で他人の財産を侵害したことは事実だよ。このままだと、あなたは錬金術師見習いの資格を剥奪される。そうなれば、この先錬金術師になることは出来ないのは知ってるよね?」

「や、やめてくれ! それだけはやめてくれ! 父上に顔向け出来ない!」

「そうだね。家名に泥を塗ったら、家から追い出されちゃうよね? ううん、その前に牢屋暮らしかー。その後、無名のルイスさんはどうやって生きていくのかな」

「頼む。何でもするからそれだけは!」


 目に涙を浮かべながら頭を下げるルイスを見て、私はカバンの中から一枚の紙を取りだして、彼の肩をぽんと叩いた。


「今、何でもするって言ったよね?」

「あぁ、だから、頼む。許してくれ」

「なら、今から荒らした農地に行ってキャベツを元気にするこの薬を作って、農家さん達のお手伝いをキャベツが採れるまで毎日し続けること。いやー、農園が広い上に、スライムの被害もまだまだ回復してないから、たくさん薬も必要だし、人手も欲しいんだよねー。はいこれ設計図」


 私の言葉はもはや脅迫だった。自覚はあるけど結構酷いことを言ったなぁと心の中で苦笑いする。レベッカさんとかゲイルさんのやり方が移ったかもしれない。

 この命令をルイスが断れる訳ない。

 そう思ってやり手の国家錬金術師二人に目配せすると、二人はふふっと不敵に笑ってからとぼけたような声を出した。


「うーん、傷ついたキャベツが元に戻っていたら、キャベツ畑を荒らしたという証拠は何もありませんねぇ局長?」

「うむ。そうだな。そうなったら、ルイス君を起訴することはできんなぁ。本当にそれでもいいのかな? リーファ君?」


 本当にこの人達は役者だよ。結局一番大事な選択は私に譲ってくれる。

 でも、最初から決めていたことだったんだ。お父さんがやりたいようにやってこいって言ってくれた。ルイスがそれでもまだ嫌がらせを続けるというのなら、何度だって返り討ちにしてやれば良い。


「うん。怒ってるのは農家のおじさん達だから、めいっぱい怒られて、錬金術で罪を償って。それで許してくれるかどうかはあなた次第だよ」

「ありがとうございます……協力させて頂きます」

「うん。それじゃ、今からよろしくねー。作り方間違えたら速攻牢屋に叩き込んであげるからね。あ、一応言っておくけど、私のお母さんは保安員だから冗談抜きで叩き込めるよ?」

「はいっ! がんばりますっ!」


 泣きわめきつつ大声を張るルイスの後ろ姿に、ライエもカイト君も声をかけるかわりに大きく息をついていた。


「りっちゃん、本当にそれで良いの?」

「うん。農家さんのためってのもあるけど、これは私の実験でもあるんだ。錬金術で犯してしまった間違いは、錬金術で償えるのかなって」

「なんでそんなこと?」

「お父さんがそう言ってくれたから」

「トウル師匠が?」

「うん。お父さんならきっと私達がどんなミスをしても挽回する道具を作れると思う。そんなお父さんに私も追いつきたいから、こんな最悪な状態でも立て直すことが出来たって自信が欲しいんだ」

「まったく……。やっぱりりっちゃんはトウル師匠の娘だよねー。負けず嫌いな所が本当に良く似てるわ」

「えへへ。そこらの錬金術師とは違うからね」


 何となくお父さんの口癖だった言葉を私は口にしていた。

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