包囲網形成中
その日の晩、家に帰った私はパーラのことと、ルイスのことを家族のみんなに話した。
パーラのことを聞いていた時はすごく嬉しそうにしていたのに、ルイスの話しになった瞬間一切の言葉を発さず黙って聞き始めた。
「お、お父さん。顔が怖いよ?」
「あっ……あぁ、すまん。ちょっとその青二才をどうしてやろうかと真剣に悩んでいた。身分差別だけでもむかつくのに。リーファの道具を盗んで別の道具の材料にしただと……。リーファの作った道具を何だと思っていやがる……。絶対に許さん。明日は臨時休業にしようかな……」
このまま放っておくと、今にでも星海列車に乗ってクオーツへ殴り込みかねない。だから、悩んだけどお父さんにもレベッカさんの悪巧みを伝えることにした。
「あ、あのね。お父さん。れーちゃんがクオーツの銀行と流通を止めるつもりなんだよ」
「レベッカ……。俺はなんて頼もしい後輩を得たんだ……」
まるで神の奇跡にでも感謝するかのように、お父さんは手を組んで遠くにいるレベッカさんに感謝の言葉を捧げている。
大げさすぎて恥ずかしいけど、正直ちょっとだけ嬉しいとも思った。
それにお父さんだけじゃなくて、お母さんも保安員として応援してくれている。
「良かったですわねトウルさん。殴り込みに行く必要がなくなって。私も逮捕申請書でも送ろうかと思いましたけど、大丈夫そうですね」
「あぁ、レベッカがそれだけやってくれれば安心だ。くくく、ついでに俺からもアドバイスを出しておこう。それにしても、パーラの依頼はよく頑張ったな。三人で新レシピを作ったんだ。大したもんだよ」
「えへへー。三人で頑張ったんだー」
「あぁ、本当によく頑張った。さすがリーファだな」
褒めてくれるお父さんは嬉しそうにニコニコ笑っている。
その笑顔に釣られて、錬金術はまだ分からないリィンとトウカもお父さんの真似をしだした。
「「さすがリーファお姉ちゃん」」
二人とも可愛らしい笑顔を浮かべて、シンクロして褒めてくれるので何だか背中がかゆくなるほど恥ずかしくて嬉しかった。
「お姉ちゃん今日は一緒にお風呂はいろー!」
「あっ、トウカずるい。リィンも一緒にはいりたい」
「あぁ、もう二人とも喧嘩しないで。今日は久しぶりに一緒に入ってあげるから」
大学が始まってから帰りも遅くなっていて、トウカとリィンとの時間が減っていたから、渡りに船だった。
でも、まだまだ甘えたがりな小さな妹弟達はどんどん要求を積み重ねてきた。
「今日お姉ちゃんと一緒に寝ていい?」
「あ、リィンも一緒に寝たい。リーファお姉ちゃんのお話好きだから、いっぱいお話して」
期待に満ちた目で見上げられたら、お姉ちゃんとして断る訳にはいかない。
それにパーラのこともあって、二人のことも大事にしてあげたかった。
「うん。いいよ」
「わーい。リーファお姉ちゃん大好き」
「やった」
はしゃいで喜ぶ妹弟に思わず私の頬も緩んでしまう。
すると、予想外のところから声がかけられた。ちょっと恥ずかしそうなお父さんの声だ。
「なぁ、リーファ。俺も久しぶりに一緒に寝たいな」
さすがにお風呂は遠慮してくれているみたいで、ドキッとしたけど少しホッとした。
言われてみれば、本当に長いこと一緒に寝ていない。
ちょっと恥ずかしかったけど、懐かしさとお父さんがこうやって一緒にいてくれることに感謝する代わりに私は頷いた。
「うん……。いいよ?」
「よっし!」
「お父さん喜びすぎ!?」
ガッツポーズを取りながら立ち上がったお父さんに、さすがの私も驚かされた。
そんなお父さんにお母さんも呆れたように笑っている。
そして、その笑みが私に向けられたら、もう悪戯する気満々なのが伝わってくる。
「本当に昔っから親バカなんですから。ふふ、私も久しぶりにリーファと一緒に寝ようかしら」
まさか妹弟と一緒にお風呂に入るところから、家族五人で一緒に寝ることになるなんて思わなかった。
「えへへ……。嬉しいな。今日はみんなと一緒だ」
でも、そうやって家族のみんなに言って貰えるのが、何だかとっても嬉しかった。
私はここにいても良いんだって思わせてくれる。
学校でも私はライエとカイト君がいるし、家では大切な家族がいる。
怒られることもあるけど、怒られる理由は私がお父さんを心配させたからだ。
そう思ったらふとあることが心配になった。お父さんを心配させたんじゃなくて、お父さんに迷惑をかけたら、どうするんだろう?
「ねぇ、お父さん。聞きたいことがあるんだ」
「ん? どうした? あらたまって」
「もし、もしもだよ? 私がルイスみたいに間違ったことをしちゃったら、お父さんはどうする?」
「リーファがそんなことをする訳がないと思うけど、もしもの仮定だな?」
お父さんは私の目をジッと見つめて尋ねてきた。
驚きと心配と不安の色がほんの少しだけ見える。だから、安心させるために私はいつものように笑ってみせた。
「うん」
「そうだな。もし、リーファがルイスみたいなことをしちゃったら、怒る。うん、新聞の時以上に怒る」
「やっぱそうだよね」
「あぁ、んでその後に、一緒に謝りに回るよ。そんでもってリーファがやっちゃった間違いを出来る限り一緒に償うさ。錬金術師としてね」
「でも、お父さん国家錬金術師でしょ? いいの? 経歴に傷がついたり、左遷されちゃったりしない?」
「面子よりもリーファの方が大事だからさ。別に汚れて困る家名を持つ貴族じゃないし、左遷されても錬金術が使えれば別に問題ない」
「そっか。お父さんらしい」
何だかとってもお父さんらしい答えに、私は少しおかしくて笑ってしまった。
そのおかげで、ほんのちょっとだけ迷っていた私の心が固まった気がする。
居場所のある私が言うにはとても残酷だけど、言わないとルイスは一生変わらない。
そのせいで、ルイスの実家のヴィンセン家から何か圧力がかかるかも知れないけど、お父さんは私の味方でいてくれる。
「リーファ?」
お父さんはきょとんとした顔でこっちを見ているし、後でいっぱい迷惑かけちゃうかもしれないけど、ちゃんと言っておこう。
「ルイスのこと、こてんぱんにして怒ってきますっ!」
「おう! 俺もレベッカもゲイル局長もみんなお前の味方をするから、やりたいようにやってこい!」
そんな私の決意表明をお父さんは笑って後押ししてくれた。
○
翌日私とカイト君はリッツクレット銀行の頭取であるパーラのお父さんに、パーラの家からお手紙花瓶を使って、事のあらましを伝えて、工房クオーツの資金を凍結するように頼んだ。
すると、パーラのお父さんはすぐに内部告発があったという形で調査が確定するまでは資金の支援が出来ないと、通知を出すことを決定してくれた。
横で一緒に手紙を見ていたパーラは同情のこもった眼差しを私達に向け続けていた。
「へぇー……。あんた達も苦労してるのね。でも……その……。カイトさんならこんなことしなくてもなんとかなるんじゃないの? 王子様なんだし」
そして、パーラは私達があえて避けていることに、普通に踏み込んでいった。隠したがる理由を私達もまだ知らないけれど、私とライエはカイト君が自分から話すまで待とうと決めていた。
そんな私達の気遣いを知って知らずか、カイト君はパーラと視線が合うようにしゃがみこむと、パーラの頭に手をおいて優しい笑みを浮かべた。
「ううん。兄上達ならともかく、僕にそんな力はないよ。でも、代わりに僕にはパーラさんみたいに手伝ってくれる友達がいる。だから、ありがとう。パーラさんのおかげで、僕達は苦労にも負けないでいられます」
「そ、そう。それなら、仕方無いわね。あたいもがんばるしかないじゃない」
「えぇ、ありがとうございます」
真っ赤になった顔を背けるパーラにカイト君はお礼を伝えると、手を離して立ち上がった。
「あ……」
「すみません。パーラさん。そろそろ大学の講義が始まるので行きますね。今度はこんな用事じゃなくて、普通に遊びに来ても良いですか?」
「いつでもいらっしゃいよ。お茶とお菓子くらい用意してあげるわ」
「楽しみにしています。では、ごきげんよう」
パーラの家を出てから、私は横目でカイト君の顔を盗み見ながら、さっきのことを考えていた。
相手が子供だから良いとは言え、これを同年代の子にやったらどうなるんだろうと想像した私は、急に顔まで熱くなった気がした。
これを無自覚にやっているとしたら、カイト君の周りは女性だらけになるのではないだろうかと直感的に思った。
考えてみれば大学でカイト君と一緒に教室入った時も、多くの女性貴族から嫌味を言われたけど、もしかしたら、パーラと同じように既に落とされていたのかも知れない。
そう思うと、やけにみんなが敵対的だったのも納得出来る気がした。
そんなことを考えていると、腕時計からライエの声がしたことに少し遅れて気がついた。
「リーファ。リーファ応答して」
「らーちゃん!?」
「どうしたの? 急に驚いて? カイト君と何か良い雰囲気になってて邪魔しちゃったとか?」
「私とはなってない……。って、そんなことより、銀行は上手くいったよ」
「なるほどね。パーラちゃんとなったんだ。ま、その話は今夜詳しくってことで、流通の方も止めたよ。レベッカ師匠超怖かった」
「そっちも後で詳しく聞かせて貰うね。それじゃ、大学で」
「うん。大学で」
ライエの声が消えるとカイト君が私の方に視線を向けてきて、向こうはどうでしたかと聞いて来た。
「ライエの方は問題無く出来たって。後、れーちゃんが怖かったとか」
「あはは。担当者に取引を他所に変えて大損害を被らせるとか言ったんでしょうかね」
「交渉じゃなくて脅しだよね。それ」
「レベッカさんを怒らせると怖いですよ。僕も何度か怒られたことがあります」
「カー君相手に怒れるれーちゃんすごい……」
「そういう意味ではトウルさんも遠慮無く色々言ってくれますね。ゲイルさんもそうかな」
楽しそうに笑うカイト君に釣られて、私は苦笑いを浮かべてしまった。
やけにカイト君へ勝負を挑むお父さんの行動が、遠慮が無いという言い方に収まる自信がなかったからだ。
狸さんことゲイルさんだって、かなりの無茶振りをカイト君にしている。穿った見方をすればろくな大人が周りにいないようにも見えた。
でも、カイト君は本当に楽しそうに笑いながら、その大人達のことを話してくれる。
でも、そんな大人達よりも私の方が仲良いんだから。
「ねぇ、カー君」
「なんでしょう?」
「今年も一緒に精霊祭やろうね」
「喜んで。毎年楽しみにしているんです。リーファさんの花火。初めて見たあの日から、リーファさんは僕の憧れの人になっていましたから」
パーラの時に見せる笑顔とも、大学の級友達に見せる穏やかで優しい笑顔とも違う、頬を染めてちょっと照れくさそうな笑顔をカイト君は私に向けてくれた。
王子の笑顔という仮面を脱いで、まだ少し子供っぽい年相応のあどけなさの残る男の子の笑顔だ。
それが私だけに向けられたせいで、私はたまらず話をそらしてしまった。
一瞬心臓が止まったと思うほど、驚いたよ。
「今年は一緒に作ろうよ。お父さんとれーちゃんと一緒に。それで狸さん驚かそう」
「あはは。俄然楽しみになってきました。そのためにも、まずは今回の仕事最後までがんばりましょう」
幸か不幸かカイト君の照れくさそうな笑顔は消え、いつもの優しい笑顔を浮かべてくれた。
これからすることの罪悪感を考えれば、浮かれなくて済むこっちの笑顔の方が助かった。