赤い悪魔
「行こうカー君。頼りにしてるからね」
「分かりました。いざという時はお任せ下さい」
工房に入ると、顔を覚えられてしまったせいか明らかに面倒臭そうな表情を浮かべた男が、気だるげな挨拶とともにやってきた。
「あー……何のごようでしょうか?」
「ルイスさんにお話があってきました」
「チーフに?」
「はい。農園についてと言えば分かるかと」
男はチッと舌打ちをすると階段を上がっていき、姿を消した。そして、数秒後また姿を現すとぶっきらぼうに上がれと私達に告げた。
工房長の部屋に通されると、椅子に座ったルイスが書類片手に私達に流し目を送ってきた。
どこからどこまでも気障ったらしい身の振り方をする彼に、思わずため息が出そうになる。
「おや? 今日は何のようかな? 東部農地の救世主様」
「その東部農地が錬金術で作られた道具によって荒らされたの」
嫌味ったらしいルイスの言葉に、私は刺々しく声を返した。だが、そんな私の怒りも彼は受け止めていないようで、まるで何も知らないように話を続けている。
「ほぉー。それはそれは。天才でもそんなミスがあるのか。いや、所詮平民の出。大事なツメで間違いを犯したのかな」
どこまでもしらばっくれて、私達が悪いと言わんばかりのルイスの態度に、私の堪忍袋の緒は早々に切れた。
「ルイス。あなたが私達の作った雷針君を盗んで、刃をつけたボールを農場に放ったんでしょ?」
「はて? 何のことかな? 自分のミスを全く関係の無い僕に押しつけるなんて、とんだ責任転嫁だ。僕が盗んだという証拠はあるのかい? なければ侮辱罪として君を訴えるぞ」
ルイスが盗んだ証拠を尋ねてきたということは、見つからない自信があるからだろう。物的な証拠は錬金術師ならいくらでも消せる。
ただ、分解して壊すよりももっと確実な方法で、色々な物に紛れ込ますことが出来る。
「えぇ、あなたが盗んだという証拠はない。きっと盗んだ雷針君は何かの材料にされて消えているでしょうから」
「ははは。何を言うかと思えばなかなか想像力が豊かな回答だ。そんなことでよくも僕が犯人だと――」
「えぇ、でも、偽物の素材はこの工房内にある」
「ほぉ? 人の言葉を最後まで聞かずに口を挟んだと思ったら、なかなか興味深いことを言う。どうやってそんなことが分かる?」
ぴくりとルイスの眉が動いたのが見えて、私は彼が動揺していることに気がついた。
普通ならパンだけを見て、パン屋が分かる訳がない。
それと同じで道具を見ただけで、作った錬金術師が分かる訳がない。
だが、その前提を崩されてしまう道具があれば、偽物の雷針君が動かぬ立派な証拠になることを、ルイスも理解したのだろう。
「捜索用のダウジングペンデュラムを使ったの。これは物性が一致する物を探す道具よ。錬金術師の癖や錬金炉の癖をも見分けるほどの分析能力があるわ。そのダウン陣具ペンデュラムに偽物の雷針君を入れたら、案内されたのがここだったのよ」
カイト君がポケットの中からペンデュラムを取り出すと、真っ直ぐ下に向かって鎖が伸びていた。
恐らくこの工房の倉庫を指し示している。カイト君もそのことに気がついたみたいで、低い声でルイスに質問を投げかけた。
「この工房の倉庫は二階ですよね? 一階に入った時、ポケットから飛び出しそうになるのを必死に抑えていたので」
「君達が作った物だ。故障しているんじゃないかい? 効力だって本当かどうか分からないだろう?」
「いつ僕達が作ったと言いました?」
「なら、誰が作ったというんだ?」
「ある錬金術師に作って貰いました。腕は保証します」
「ふむ……。なるほど。確かリーファさんの父上は国家錬金術師のトウル=ラングリフ。なるほど。なるほど。それならば効果効能の程は信じなければなりませんか」
ルイスは国家錬金術師に喧嘩を売るほどキモは座っていないようで、ペンデュラムについて否定することは一転止めてしまった。
「ふーむ。となると、なるほど。確かにこの工房においてある素材で、その偽物が作られてキャベツ畑が荒らされた。筋は通っていますね」
「なんでそんなに他人事なの?」
「だって、そうでしょう? あくまで僕達の作った材料から作られただけであって、僕が作ったことも、僕が作れと命令した証拠にはなっていない」
「あなたは農園にいってないって言うの?」
「はい。その通りです。僕はずっと町の中でしたよ? 農園になど一歩も行ってはいない」
ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべるルイスに、私とカイト君は言葉を失った。
彼の言うことにも一理ある。あくまで犯人は工房にいるという証拠であり、ルイスであるという証拠ではない。
追い詰めたつもりが、ルイスに私達はまんまと逃げられてしまった。
今はこれ以上の証拠がない。
「ふふ、犯人捜しは僕に任せて貰いますよ。きつく反省させておきます」
勝ち誇ったような笑みを浮かべるルイスに、私とカイト君は何も言えずに奥歯をかんだ。
この余裕が誰よりもルイスがやったことを雄弁に物語っているというのに、何の証拠にもならないのだ。
「さて、お二人とも、そろそろお帰り願いますかな?」
ルイスが私達の退去を命じて、工房のメンバーが私とカイト君の肩を押してきた。そんな時、外で待機していたはずのライエが部屋に飛び込んできた。
「ちょーっと待ったー!」
「らーちゃん。待ってたよ」
「ルイスさん。あなたが東部農地にいった証拠。今から見せてあげます!」
突然現れたライエの手には、砂の入った小さな瓶が握られている。
それが証拠だとはとても思えなかったけど、ライエが瓶に入った砂をペンデュラムに入れた瞬間、彼女の意図が分かった。
「その砂、もしかして東部農地の砂?」
「その通り。うん。やっぱり私達の足下にペンデュラムが伸びるね」
一番近いところを指す習性があるらしく、ライエが手を私に近づけると私の足下に、カイト君に近づけるとカイト君の足下にペンデュラムの先が向かった。
「これは私達が東部農園に行った証拠。次はあなたです。ルイスさん」
眼鏡の奥に見えるライエの目は冷たい怒りに満ちていた。
見つめていると凍り付きそうな鋭い瞳に射すくめられたせいか、ルイスもさすがに驚いて一歩ひいてしまっている。
「逃がさないわ」
だが、ライエが言葉通りに近づいていくとペンデュラムの鎖はルイスの足下に吸い寄せられるように伸びていった。
「何故あなたの靴が東部農地の砂をつけているのかしら?」
私達の欲する最後の証拠がこれで揃った。
雷針君の偽物は工房クオーツで作られ、その工房長であるルイスが東部農地に足を運んでいる。
「その土が東部農地の土だという保証はないだろう? 砂の成分が同じだというのなら、南部と西部だって近郊ならそう変わらない。いや、市内の公園の土だって同じかも知れないだろ。僕は東部には出ていないよ」
だが、ルイスはしぶとく理屈を積み重ね逃げようとしている。
言っていること自体は間違っていない。東部地域といっても門のすぐ外で、市内と土壌環境が大きく変わることは普通なら無い。
だが、普通ではないことが東部地域だけ、それもキャベツ畑が黄色くなっていた川の近くだけで起こっていた。
新聞にも載っていたし、私達が解決した事件だから忘れる訳がない。
私はそれに気がつき、ライエとともにルイスに詰め寄った。
「ルイス。あなたが私達を下水臭いと言ったあの日のこと覚えてる?」
「なんのことだ? 今は関係無いだろう?」
「あの日、私達はスライムを倒してきたの。東部農地に流れ出る川の汚染を止めるために」
「だからそれが何だって言うんだ!?」
「東部農地にはスライムの幼生が流れていたんだよ。そして、そのスライムの幼生を倒すために私達は雷針君を作った。つまり、あの農地には大量のスライムの死骸が含まれているの」
「だからなんなんだ! それが僕が東部農地に行った証拠になるのか?」
「市内から出ていないと言っていたあなたの靴に、何で東部農地の一部で広がったスライムを含む土がついているの?」
「あっ……。それはだな……」
私の質問で初めてルイスが言葉に詰まった。先ほどまで余裕を見せていた表情には、焦りの色が現れ、汗がにじみ出ている。
「あぁ、そうだ。思い出した散歩に出かけたんだ。確か東部地域に住む実業家のお客様に、道具の修理を頼むと言われてね。あー、そうそう。確か壺を送りに行ったんだ。さぁ、この話は終わりだ。帰ってくれ」
「今ならまだ謝れば済むよ! 一緒に治療薬を使って畑を元に戻そうよ!」
「謝ることなど無い。さぁ、お客様がお帰りだ。丁重に案内したまえ」
「ルイス! あなたは自分が錬金術で何をしたのか分かってるの!? 農家のおじさんは辛そうにしてたんだよ!?」
私の呼びかけにルイスは苦々しい表情を浮かべ、背を向けた。
したことを悔いているというより、ばれてしまったことが悔しいというような様子だ。
結局工房から追い出されるまでルイスからの謝罪はなかった。
証拠を突きつけたけど、ルイスは頑なに認めなかった。
後から考えてみれば当たり前のことだったけど、こんなことが大学にばれたら退学だけでなく錬金術師見習いの資格を剥奪されて、錬金術師になることが出来なくなる。
嫌がらせが度を過ぎた瞬間、もう後戻りは出来ない状態になっていたんだ。
そんな自分勝手な理由で工房の外に追い出された私達を、レベッカさんが仁王立ちしながら待っていた。
「れーちゃんが言っていた切り札ってさっきの砂のことだったんだね」
「といっても、それでも認めなかったみたいね。ライエ、時計ありがとう」
呆れたようなため息をついたレベッカさんがライエに時計を返すと、どうしたものかなーと呟いていた。
このまま邪魔される訳にはいかないし、農家のおじさん達に迷惑をかける訳にはいかない。
それに錬金術で人に嫌がらせをするのは許せないし、農家のおじさん達にも謝って貰いたい。
「ねぇ、リーファ。この前の依頼で花瓶を作った女の子。リッツクレット銀行の子だったわよね?」
「え? うん。パーちゃんだよね?」
「リッツクレット銀行がクオーツの運営資金の援助をしているのよねー。後、素材の発注も確か私の実家でも使っている素材商ギルドだったはず」
「れーちゃん、もしかして……」
「リーファ達は工房の運営について学びたかったのよね?」
ニッコリと笑うレベッカさんの周りに黒いオーラが見えた気がして、私達は思わず一歩身を引いた。カイト君ですら驚いていたのでかなり本気でぶちぎれたみたいだ。
「れ、れーちゃん?」
「うふふ。あの坊や達にも運営がどうやったら躓くか学んで貰わないとね。錬金術師として間違ったことをするとどうなるかをね」
「えっとさ、れーちゃん。資金を止めて、素材の発注が止まったら……」
「うふふ。窒息しちゃうでしょうねー。その後は煮るなり焼くなり好きにすると良いわ」
赤い悪魔のように見えたレベッカさんが、この時は味方で本当に良かったと思った。
銀行と素材を止められたらどうなるか。自分の工房を持っていなくてもどうなるかは予想がついた。




