嫌がらせの犯人は
農家のおじさん達が持ってきた雷針君を見て、私は何が起きたのか瞬時に理解した。
「この偽物がキャベツを切り刻んだ奴です。切り刻まれたのはこの偽物の近くだけですよね?」
「んじゃ、何か? その偽物がワシらのキャベツを切り刻んだってのかい?」
机の上に並べられた三十個ほどの雷針君を見せられた私は、件の偽物を瞬時に見抜いた。
確かにパッと見た感じは針のついたボールだけど、針を打ち出してみると偽物は針じゃなくて鋸だった。
「はい。これが偽物で、これが私の作った本物です。この偽物の針は本物よりも固く、針ではなく鋸状の刃になっています」
「わしらも君達を信じてあげたい。だが、これを作ったのは君達だろう? 動いている最中に針が欠けたとか、作り間違えた不良品が混ざった可能性はないのか? それともなにか? 作ったばかりのこんな変わった道具をわざわざ真似た野郎がいるってのか?」
「ありえません。だって、これ中身の構造が全然違うんですよ。電撃も発しません。それに、錬金術師であれば、見た目だけならすぐに真似は出来ます」
私は農家のおじさんの質問に即答した。
私は設計図がないと完全コピーは出来ない。でも、設計図がなくても見た目のコピーは出来る。
でも、見た目のコピーだけなら私だけじゃなくて、錬金術師として設計図を書き慣れている人間なら誰でも出来るんだ。
そして、もう一つの大事な観点として、どれだけ腕の良い錬金術師でも誰かが作った道具から設計図を逆算するのはかなり難しい。
特に錬金術で作った中間素材は色々な物が混ざり合っているせいで、目で見て区別はなかなか出来ない。
焼き上がったパンを見ても細かい材料の比率や焼き方が分からないのと同じで、大元のレシピを見なければ分からないことの方が多い。
「逆に言えば、中身までは真似出来ません。この偽物は見た目はそっくりでも全然違う道具なんです。ここ数日、畑に誰か来ませんでしたか?」
「いや、君達以外は見ていないな。あぁ、だが言われてみれば、その道具。一昨日の夜に数を数えたときは一個減っていたな。今朝全部集めたら君達が用意してくれた数と一致したから、盗まれたとか入れ替えられとかは気付かなかった」
農家のおじさんの言葉を聞いて、私達はハッとした。雷針君には壊れたことが分かるように、夜になると自動的に箱に戻る習性を組み込んでいた。
壊れた物が自身を修復して動くようにした覚えはない。そのことは一緒に作ったライエも良く分かっていた。
「ねぇ、りっちゃん。やっぱり、その夜にすり替えられたんじゃ?」
「私もそう思う。すみません。おじ様。盗まれることは想定していませんでした」
私は自分の不備を恥じて頭を下げた。カシマシキ村にいたらこんなことは起こらなかったと思う。村と違って私達は中央の人間全員と知り合いでもないし、私達を邪険に扱う人もいる。
そうした悪意にさらされてしまうことを、私は全く想定していなかった。
錬金術師としての見通しが甘かった。
「本当にお嬢さん達がやった訳じゃないんだね?」
「はい」
「そうか」
農家のおじさんはそう言って深いため息をつくと、数秒間黙った後にゆっくり口を開いて言った。
「こちらこそ疑ってすまなかった。君達を信じてやりたかったが、ワシらも生活がかかっておる。疑わねばならんかった」
農家のおじさんの言うことも私は理解出来た。おじさん達が疲れ果てた様子でため息をつく顔を見れば、それだけ自分達の畑を大事にしていて、荒らされてしまったことに傷ついているのが分かる。
そんなおじさん達の顔を見ていたら、私の口が勝手に動いていた。
「らーちゃん。カー君。手伝って欲しいんだ」
失われた時は錬金術でも戻すことが出来ないけど、明日のための物を作ることは出来る。
そう思ったらいてもたってもいられなくなったんだ。
「キャベツ畑で使う肥料を。ううん。違う。植物の傷薬を作りたい」
まだ作ったことはないけれど、目の前で困っている人達がいたら、錬金術師として作り出さないといけないんだ。
「りっちゃんならそう言うと思ってたよ。ちゃーんと考えてあるから、設計図にアドバイスちょうだい」
ウインクするライエがいて、笑顔で頷くカイト君がいる。もうこれだけで私達は無敵だった。
「おじ様、私達が何とかしてみるから」
「いいのか……? 私達は君達を一度疑ったんだぞ?」
「うん。いいよ。でも、かわりにさ。お願いしたいことがあるんだ」
「お願い?」
私のお願いを農家のおじさん達は笑いながら快諾してくれた。
薬をまく時はたくさんの人を連れて行くし、お詫びに農作業をさせる。
それがどういう意味か農家のおじさん達も理解してくれたようだった。
○
農家のおじさん達を見送った後、私達は錬金炉のある製図室で作業を開始した。
ライエと私は植物の傷薬の設計図を描き、カイトはレベッカさんと一緒に偽物の雷針君を分解していた。
レベッカさんが参加したのは私達が事の顛末を説明したら、私達だけでやるのが危険だと判断したからだ。
レベッカさんが言うには、どこかの商工ギルドが権利を丸ごとかっさらうためにやった可能性もあるとかで、そんな所と大学生が喧嘩したら危ない。というのが半分。もう半分は自分の教え子をコケにされてむかついたからというのが半分だそうだ。
「リーファ、ライエ。こっちはもう捜索用ペンデュラムが完成したわ」
「うわっ、さすがれーちゃん。早いね」
「まぁ、伊達に国家錬金術師やってないわ。二人ともおいで」
胸をはるレベッカの横でカイト君が少し疲れたように息をつく。
そんなカイト君の手の中には、鎖で繋がれた金属製のカゴがあった。
いつだったかお父さんが逃げた私を見つけたときも、同じような物を見た気がする。なんだか懐かしくて、恥ずかしいな。確かあの時は錬金術をやり続けたら、お父さんがいなくなっちゃうと思って逃げたんだっけ。
「リーファ、何ボーッとしてるの?」
「あ、ごめん。れーちゃん」
「疲れてるならコーヒーとお菓子くらい出すわよ? なんなら、先輩の修羅場クッキーでもあげましょうか?」
「あはは……大丈夫」
昔を思い出していたとは言えず、私はそのまま笑って誤魔化した。
とりあえず疲れてはいないことだけは伝わったのか、レベッカさんはなら良いけど。と言ってペンデュラムの説明を始めた。
「このペンデュラムはその探す素材と成分が完全に一致するもの探し出すための物。もともとは、素材でいっぱいの倉庫から欲しい物だけを探し出す道具だったけど、今回はこの偽物の雷針君の部品を入れることで、同じ素材を使った道具を探し出すことにしたの」
「でも、れーちゃん。似たような素材なら沢山あるんじゃないの?」
「一つ一つならそうでしょうね。でも、使った素材の特性の全てが揃っている場合は? 天然素材となる金属に属性結晶だけじゃなくて、錬金術師が作った中間素材もね」
「あ、なるほど。中間素材は確かに工房の癖が出るし、作り置きしてあることが多いね。だから、部品をバラバラにしてペンデュラムの中に詰めるんだ」
私が正解に辿り着いたからか、カイト君がペンデュラムの中にバラバラになった偽雷針君を入れる。
すると、ペンデュラムがカタカタと動きだし、ある一方向へと伸びた。
「さて、犯人捜しと行きますか」
そういうレベッカさんは私達の誰よりもノリノリだった。
○
犯人はある意味予想通りだったというか、私達はやっぱりかという気持ちになって、うんざりしたような視線をその店の看板に向けた。
工房。貴族学生達が経営する錬金工房だ。同じ大学を卒業したおかげかレベッカさんもこのクオーツのことは良く知っていた。
「あら? ここって大学の学生工房じゃなかったかしら? 相変わらず気取った雰囲気だしてるわねー」
「あはは……。れーちゃんのころと変わってないんだね」
「でも、あんた達なにか恨みでも買うようなことした?」
「してないとは言えないかも……。私が啖呵切っちゃったし」
「あー、カイト君が言ってたあの話しか」
私は友達がバカにされたことで腹を立てて、つまらない人とルイスを切って捨てた。
その後も新聞の件があったりして嫌味を言われたこともある。
そのことをレベッカさんに伝えると、彼女はふーん。と何かに納得したように呟いた。
「ま、とりあえずは聞いてみましょうか。私が聞きに行くと素直に喋らないだろうから、リーファとカイト君行ってきて」
「あれ? レベッカ師匠。私はどうするんですか?」
一人仲間はずれにされたライエがきょとんとした表情で尋ねる。
私も三人で乗り込む物だと思っていたから、レベッカさんが班を分けた理由が知りたかった。
「ライエは私とここで待機。かわりに腕時計の通話機能は常に起動しておいて」
「あ、盗聴するんですね」
「正解。後は万が一の切り札としてね。さぁ、どこまで腐ってるか直接聞かせて貰うわ。リーファをちゃんと守ってねカイト君」
レベッカさんはお父さんの作った通話機能を使って、中の様子を外から知ろうとしていた。
確かに国家錬金術師が現れて罪を問い詰めれば、立場的な意味で保身をはかって自白するかもしれない。
でも、それはきっと本心じゃない。レベッカさんが知りたいのはルイス達の本心なんだろう。
レベッカさんとライエが物陰に隠れたのを確認して、私とカイト君は工房クオーツに乗り込んだ。
「行こうカー君。頼りにしてるからね」
「分かりました。いざという時はお任せ下さい」