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パーラを連れ出して

 スライム騒動から数日が経ち、私達は約束通りパーラの家に訪れた。

 だが、私達を待っていたのは予想もしていなかった執事さんの一言だった。


「お嬢様の依頼は達成されました」


 庭から外に出てきた執事さんは、冷たく平坦に言い放った言葉に、私は頭でも殴られたのかと思った。


「へ? えっと、どういうことですか?」

「お嬢様が割った花瓶と同じ物が贈られたので」

「え? どうやって!?」

「私の推測ですが、旦那様に直接聞いたのでは無いでしょうか?」


 確かに買った人ならば、どこで作られているどんな花瓶かも分かる。

 でも、何でその旦那様は今更になって、割れた花瓶の事を話して、花瓶を贈って貰ったのだろう。


「パーラちゃんに会わせて貰います?」

「依頼は終わっているのですよ?」

「友達として会いに来たんです」

「なるほど。では、お嬢様にお友達がいらしたとお伝えしましょう」


 執事さんは特に変わった様子も無く、淡々と屋敷の中へと入っていった。


「りっちゃん……」

「リーファさん……」


 ライエとカイト君の心配する声がする。

 パーラの依頼は花瓶をどうこうするだけじゃないから、こんな結末じゃ誰も救われないってことは、私も分かっている


「いざとなったら三人で踏み込もう」

「あんた達、保安員に泥棒として突き出すわよ」

「へ? あっ! パーちゃん!」

「パーちゃんは止めてって! ……もう、調子狂うなぁ」


 不機嫌そうな表情でパーラが庭に現れた。

 黒いワンピース姿で腕を組みながら仁王立ちしている。


「で、じいやが言ったでしょう? もう花瓶はどうでも良いのだけれど」

「うん。だから、遊びに行こうよ」

「え? 依頼で文句を言いに来たんじゃないの?」

「言ったでしょー。友達として来たって。ほら、遊びに行こー」

「ちょっ!? 手を引っ張らないで!? 人さらいとして通報するわよ!」

「あー、それは困るなー。なら、執事さんもご一緒にどうですか?」


 私が執事さんに声をかけると、執事さんは少し驚いたのか、ぴくっと小さく揺れた。


「お嬢様次第でございます」

「じいや、ついてきなさい」

「かしこまりました」


 そこはあっさりお願い出来るんだ。

 意外とはっきりしている主従の関係に私は小さく笑ってしまった。

 そんな私の顔を見て、パーラがまた不機嫌そうな表情を見せる。


「で、どこに行って、何するのよ?」

「錬金工房で一緒にアクセサリー作るんだよ」


 私は笑顔でちょっとした嘘を隠した。

 それ以外をやらないとは、一言も言っていない。


「あたい錬金術なんて学んでないんだけど?」

「大丈夫大丈夫。一緒にやれば、案外簡単だよー」


 しぶるパーラの手を引いて私は歩き出しながら、返事をした。

 小さい時にお父さんがくーちゃんと錬金術で靴を作ったことがあった。

 その時と同じ事をすれば、今の私達でも出来ると思ったんだ。


「なんでそんなにあたいに構うんだよっ!? うちのお金が目的なの!?」

「ん? 友達になりたいなーって思ったから?」

「だからなんでっ!?」

「私と似てるからかなー」

「全然似てないじゃん。見た目も性格も、あたいはあんたみたいに脳天気じゃ無い!」


 パーラは私の手を振りほどこうと暴れているけど、私は手を離さなかった。

 きっと離したら、パーラは二度と私の言うことを聞いてくれないと思ったからかもしれない。


「そうだねー。そこは全然似てないかも。でもさ、お父さん大好きでしょ?」

「はぁっ!?」

「私も大好きなんだよね。褒めて貰いたいし、頭も撫でて貰いたいし、一緒にいて欲しいよ。……怒られたらちょっと凹むけど」

「あ……あたいはそんなことないもん!」

「でも、ひとりぼっちは寂しいよね」

「あんたは一人じゃないじゃん! あたいの気持ちなんて分からない癖に!」


 パーラの怒鳴り声が私にはSOSに聞こえたんだ。


「うん。パーラの気持ちは分からないけど、ひとりぼっちの寂しさと怖さは知ってるから。だから、手は離してあげない」


 私は穏やかな笑顔で、優しく言葉を伝えた。

 余計なお世話だって分かっているけれど、放っておけなかったんだ。

 そんな私の気持ちが少し伝わったのか、パーラは暴れるのを止めた。


「ふん……好きにすれば? なら、さっさとエスコートしなさいよね」

「うん。お姉ちゃんに任せてよ」


 一悶着あったけど、こうして私達は何とかパーラを連れ出すことが出来た。

 開発局までの道すがら、私達はパーラから彼女の話を色々聞いていた。


「へー、パーラちゃんは数学が得意なんだね」

「ふん、銀行の娘ですもの。当然のたしなみよ」

「銀行の娘かー。何か大変そうだけど、貴族みたいにパーティとか参加するの?」

「そうね。お父様が連れて行ってくれるわ。でも、つまらないわ。みんなお父様しか見ていないもの」


 パーラの目はどこか寂しさを帯びている。

 その時、私はふと自分の言った言葉を思い出した。

 自分が爵位を持っているわけでもないのに、何で偉そうなんだとルイスのことに怒ったことがある。

 そして、周りの生徒達の言葉も思い出した。

 トウル=ラングリフの娘とかレベッカ=グレイスの弟子なら当然だとか、私の親や師匠の名前が、大きな意味を持っているような気がした。

 私自身のことは結局みんなどう思っているのだろう。


「ねー、パーラちゃん。何でみんな親の名前とか親が何やっているか知りたがるんだろうね?」

「さぁね。親の権力やお金が欲しいんじゃないかしら?」

「そっかー……寂しいね」


 パーラの返事に私は曇った空を仰いだ。

 カイト君も王子様だし、同じような気持ちになったりしたのかなぁ。

 そんなことを思っていると、いつの間にか私達は《クォーツ》のある大通りにさしかかっていた。


「おや? リーファ君達じゃないか。ん? 何故君達がリッツお嬢様と一緒に歩いているんだい?」

「げっ、ルイスさん」


 ライエの明らかに不快そうな声が聞こえて、私も前を向くと少し驚いたような顔つきのルイスが立っていた。


「お久し振りですわルイス様」

「ご機嫌麗しゅうリッツ様」


 急に口調が変わったパーラが深々と一礼すると、ルイスも恭しく胸に手を当て軽く頭を下げた。

 あまりのパーラの変ぼうっぷりに、私とライエは目を見合わせた。

 カイト君も後ろで苦笑いしているのを見る限り、パーラの様子に驚いているみたいだ。

 そんな私達の反応をルイスは気にせず、話を続けていく。


「ところで、先日お父上に贈らせていただいた花瓶はお気に召しましたか? どうやら、依頼を出して修復を頼むほどの一品だったとかで、同じ物を見つけるのに苦労致しましたよ」


 ルイスが笑顔で依頼と言った瞬間に、細い目が私達に向けられたのを私は見逃さなかった。

 その笑顔には明かな敵対心と恨みがこもっているように見えた。


「そう。あなただったのね。お父様もお喜びなっていたわ」

「それは何よりです。あ、贈り物で良いことを思いつきました。これから僕の工房で宝石の加工をおこないますが、リッツ様のために一つ指輪をお作りしましょう」

「お気持ちだけ頂戴致します。急ぎの用があるのでここで失礼致しますわ」


 パーラが私の手を強く握って、足早にその場を立ち去ろうとする。

 彼女の速度に合わせて私も歩を進めると、ルイスの囁きがすれ違い様に聞こえてきた。


「新聞に載って良い気になっているようだが、君達に良い格好はさせない。平民出に負けるものか」


 ルイスの言葉は私達に対する明確な宣戦布告だった。

 その言葉で私が振り返った時には、狐のようなルイスの笑顔は見えなくなっていた。

 嫌な胸騒ぎがするほどの声に私の足は一瞬止まりかけたけど、パーラが私に足を止めるのを許さなかった。


「あの人……嫌い」

「……あはは。私も同意見」


 でも、嫌いだからと言って全く無視しても良い物かとも思う。

 そういう相手があんな言葉を言ってきたら、次に何をされるか分からない。

 ライエもカイト君も聞こえたみたいで、不安そうな顔を見せていた。


「りっちゃん……さっきの」

「完全に僕達に敵意を向けてますね。恐らく新聞のせいでしょう」


 二人の言葉に私も同意して小さく首を縦に振る。

 パーラを不安にさせないために、私は心の準備だけはしておこうと、二人に目配せだけした。

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