スライム退治
翌日、私達は下水路に突入する前に、畑の様子を確認しに向かった。
「今朝は病気広がっていませんでしたか?」
私が農家さんに尋ねると、農家さんは嬉しそうに笑みを浮かべながら頷いた。
「あぁっ! おかげさまで止まったよ! いやー、すごいなあんたら錬金術師は!」
その言葉で私達は三人でハイタッチを交わした。
私達の作った道具はうまく動いてくれていて、こんなにも喜んで貰えて、私達のテンションは最高潮だった。
「えへへ。ありがとうございます」
「すまんなぁ。報酬以外にも取れたての野菜とかを食わせてやれれば良かったんだけど、見ての通りでさ。だから、また今度遊びに来てくれよな! その時は新鮮な野菜をたらふく食わせてやるからさ! それにしても、今日は何だか三人とも格好がいかついね?」
農家さんが少し喜びから落ち着いたせいか、ようやく私達の格好にツッコミを入れて来た。
「これから、ちょっと原因を退治してきますから」
私達は灰色のマントの下に隠していた武器を取り出した。
私はお父さん譲りの複合可変剣とボムシューター。
ライエはボムシューター二丁。
カイト君はレイピアと盾を装備している。
「大船に乗ったつもりでいてください。この異変の原因を終わらせてきます」
そう言って気合いを入れた私達は早速下水道に向かった。
下水道の鉄格子の鍵をカイト君が開けると、オレンジ色の風船を中に向けて放り込んだ。
すると、小さな太陽みたいに球が輝き出して、暗い下水路を一気に照らした。
「探索用のライト風船です。僕のベルトにくくりつけて動かすので、離れないで下さいね」
カイト君が先頭をあるき、私とライエがその後ろについていく。
三角形型の陣形で、カイト君が私とライエを守るような形になっている。
「これなら十分明るいね。カー君、良い仕事するね」
「ありがとうございます。明るいといっても慎重に行きましょう」
下水路は光にぬめりが照らされて、てかてかと光っている。
スライムの移動した跡なのか、少し緑色を呈していた。
「この足跡みたいなのを追いかけていけば、遭遇しそうですね。武器をいつでも抜けるように構えて下さい」
カイト君の注意に私とライエは静かに頷いて、武器に手をかけた。
集中しているせいか水の流れる音だけでなく、水の飛沫が天井から床に落ちる音まで聞こえてくる。
足音も響いて四重くらいに聞こえるせいで、少し不気味だ。
何か明るい話題でも出さないと、息が詰まりそうになる。
下水路の臭いだけで、息がしにくいのに、二重の意味で息苦しかった。
酸っぱくて、少し腐った魚のような臭いがする。
「おかしいですね……下水路に流す水は浄化装置で処理をしているはずなのですが……」
「えっと、有機物が分解される過程で臭くなるから、一気に分解してるんだよね? 錬金術でも、臭いを消すために有機化合物の分解工程をかませることもあるし」
「はい……。というか、奥に進む度に臭いが強くなっている気がします。もしかすると、そういうことかもしれません」
「この臭い。スライムの臭いなんだ……」
ライエは出来るだけ呼吸をしたくないのか、真っ赤な顔で息を止めて、マントに顔半分を埋めていた。
こんなにも臭いのなら、マスクでも作れば良かったと反省しながら、私もマントで鼻を隠してみた。
そうしたら、ほんの少しマシになった気がしたけど、鼻がおかしくなっただけのような気もした。
「っ!」
曲がり角を曲がろうとしたカイト君が突然、止まり手を横に伸ばした。
その行動の意味を理解した私とライエも息を殺して、そっと顔を曲がり角から出した。
すると、巨大な緑色の塊が配水管から流れる水を、大きな口を開けて飲み込んでいた。
大きさは二メートルくらいはあるんじゃないだろうか。ぬめぬめしているし、巨大な一つ目がギョロギョロ楽しそうに動いているし、かなり気持ち悪い。
「なにやってるのあれ?」
「恐らく、流れて来る水の中に含まれる処理された汚物を取り込んでいるのだと思われます」
「うぅ……聞いて後悔した気がする」
カイト君の説明で、ライエがうんざりしたような小声を出して、両腕を抱えて小さく震えていた。
「巨大スライムは自分の身体がバラバラにならないように維持するための核組織があります。核は身体の内部で保護されていて、外側からいくら爆発や炎を浴びせても守られてしまいます。そのため、核への攻撃は僕が担当します」
「私が足止めをして、ライエがその残骸を燃やせば良いんだね?」
「はい。では作戦通りに行きます。頼みます。足止めをリーファさん」
「任せて。お父さん譲りの気化火炎弾だ!」
カイト君が飛び出すと同時に、私がボムシューターから気化火炎弾を発射した。
スライムに弾丸が着弾すると、スライムの周りを白いもやが包み、一気に燃え上がった。
完全な奇襲で先手を取った私の攻撃で、巨大スライムの身体が炎に包まれた。
「はっ!」
突然の炎に身を包まれ動けなくなったスライムの腹部に、カイト君のレイピアが突き刺さる。
すると、巨大スライムの身体はでろでろに溶けて、緑色の液体がその場に広がって行った。
「ライエさん!」
「当たって!」
カイト君が後ろに飛び退くと同時に、ライエが黄色く輝く弾丸を放つと、スライムがまばゆい電撃に飲み込まれ、黒く変色した。
「よっし。倒したっ! ナイスヒットらーちゃん。それにしても、巨大スライムって確かに大きかったけど、大したこと無かったね」
「そうね。これで農場の問題も解決。喜びたいのはやまやまなんだけど、臭いから早く出ましょう。うー……早く帰って温泉入りたい」
「あはは……。言えてる。スライムより下水の臭いの方が強いね」
ライエが耐えきれないと言ったような表情で、帰りたいと口にする。
ライエの言う通り、女の子として下水の臭いをまとっているのは、望ましいことじゃない。お父さんには心配されそうだし、カイト君にはあまり近寄って臭いをかいでほしくないなぁ。
レベッカさんが作った香水を持ってくれば良かったと、割と本気で後悔した。
その時だった。私達は完全に虚をつかれてしまった。
「ライエさん!」
カイト君がライエの身体を抱き寄せるように引っ張ると、水の中から飛び出してきた緑色の塊を盾で防いだのだ。
「さっきのより大きい!?」
下水の水が膨れあがり、激しく波立った。
先ほどの二メートル級のスライムが子供に見えるほど大きい。
横の長さは五メートルくらいありそうだし、縦の大きさも溝の深さを足せば四メートルくらいありそうだ。
「……こっちが本当の巨大スライムだったて訳ね。どこが簡単なんだろう。狸さんの嘘つき」
思わず呆れた私の心の声が、そのまま口から出た。
「そのようです。何というか、さすがゲイル局長です」
「カー君、それ褒め言葉じゃないよねそれ」
「もちろん。僕も呆れています。って、喋ってる場合じゃありませんね。来ます!」
私とカイト君が呆れていると、巨大なスライムが自分の身体を変化させて、巨大な拳を作り上げた。
「大きかったら、あてる的が大きいだけでしょ!」
その拳に向けて、私はすぐに気化火炎弾を発射した。
先ほどと同じように白いもやがスライムの腕を包み、音を立てながら発火した。
だが、スライムは構わず燃える腕を私達に向かって振り下ろしてきた。
「効いてない!?」
バラバラに飛び退いた私達は、傷を負うことは無かったけど、攻撃が効かなかったことがショックだった。
「いえ、効いています。水に浸けて鎮火した箇所は白く変色しています。ただ、内側に届いていないので、無理矢理身体を動かせるのでしょう」
「つまり、内側から燃やさないとダメってこと?」
「そういうことです。恐らく電撃でも同じ結果になると思われます。なので、ライエさん、撃つのはちょっと待って下さい!」
床にぺたんと座ったライエが、震える指で今にも発射しそうになっているのを、カイト君は声で止めようとしていた。
「そ、そんなこと言ったって!? さっきので腰が抜けて動けないんです!?」
ライエが悲鳴に近い叫びをあげると、スライムは彼女が弱っていると見抜いて、緑色の塊を飛ばした。
「らーちゃん!」
スライムの攻撃を撃ち落とすことは出来る。でも、そうしたら、炎の塊がライエに当たることになる。
私達のマントはスライムの攻撃に耐性があるように作られたから、大きな怪我にはならないと思う。
それでも、目の前で友達が傷つけられるのを見過ごしたくない。
この距離ならディラン先生とクーデリアさんが教えてくれた雷功で、加速すれば間に合う。
「僕に任せて!」
私がライエの盾になろうと飛びだそうとした瞬間、カイト君が盾を構えて跳躍していた。
そして、緑色の粘液を盾で受け止めた。
「リーファさん! さすがにあれはライエさんの分まで、受け止めきれません!」
カイト君の声でハッとスライムに視線を移すと、スライムは作った腕を振り上げていた。
足に魔力はさっきので溜めてある。
私はお父さんの真似をして作った複合可変剣を構えると、一直線にスライムの腕に向かって跳躍した。
そして、雷神ディラン先生から教えて貰った剣技、高速の突きをスライムの腕に放った。
「一の型。一閃!」
その一刀でスライムの義手は断ち切ることが出来た。
やっぱりスライムだからか、手応えは少し固いゼリーを切ったみたいな感覚がする。
だが、身体の一部を切られた程度では、スライムが倒れる様子もない。
「ライエさん。お願いします!」
「は、はい!」
切り抜けた私の後ろでカイト君がライエに肩を貸しながら、スライムに向けてつっこんでいた。
スライムの腹部にカイト君がレイピアを深々と刺すと、そのレイピアに向かってライエの雷撃弾が放たれる。
「雷針君を作ったおかげで閃きました!」
内側に雷を送るための針がレイピアに、雷の源が属性結晶から、雷撃弾に変わった人力雷針君だとカイト君は言いたいのだろう。
巨大なスライムが光を放ちながら痙攣する。カイト君の機転が攻撃の効かない敵にダメージを与えた。
「これで今度こそ終わりですね……」
痙攣するスライムを見ながら、ライエがため息を吐いた。
「こんなに苦しそうなんだし。って!? 脱皮した!?」
思わず私は大声をあげて驚いた。
まだ終わっていなかった。
スライムは巨大な外皮を脱いだかのように、中から二メートル程度のスライムが飛び出してきた。
それも、運が悪いことに私の方に飛んできている。
「リーファさん!?」
「あぁっ! もうっ! しつこい!」
カイト君達の連係攻撃を見たおかげか、咄嗟に閃いた。
私は剣を思いっきり横に振り、スライムの身体に切り傷を入れると、その中に向かって気化火炎弾を撃ち込んだ。
思いっきり白いもやを吸い込んだスライムが、身体の中から燃えていく。
そして、今度こそスライムを灰に返したのだった。
「狸さんに絶対文句言ってやる」
スライムを倒した私は、何故かイライラしながら小さく愚痴った。
ライエがカイト君に抱きしめられたり、助けられたりしたのが、何故か分からないけど、とっても羨ましくて、見たくなかった光景だったせいかもしれない。
「リーファさん大丈夫ですか?」
「へっ、あぁ、うん。大丈夫っ。早く帰ってシャワー浴びて着替えようよ」
カイト君の声で我に返った私は、その場から早く逃げ出したくて、そそくさと顔をそらして帰路についた。
一体なんなんだろうこの恥ずかしさ……。