表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
116/128

意外な犯人

 開発局は八階建ての建物で、白く長い廊下の両面全てが錬金術師達の仕事場だ。錬金術師一人につき個室のオフィスと、錬金炉のある製図室、そして、材料を保管する倉庫が与えられている。

 さすが国家最高の研究機関を名乗るだけはあって、錬金術師に最高の環境を用意していた。

そんな中で、職員のみんながすれ違う度に、カイト君に敬礼をしていた。

 さすがゲイル局長と一緒に行動する王子様だと、私は顔に出さないで驚いていた。


「レベッカさんお邪魔します」


 カイト君がオフィスの扉をノックした。

 すると、レベッカさんはまるで私達が来ることを知っていたかのように、自然に扉を開けた。


「いらっしゃい。三人とも。どう? 依頼の方は順調?」

「はい。リーファさんと、ライエさんのおかげで、解決の糸口は見つかっています。解決のための道具を作りたくて、来ちゃいました」

「へー。初日なのにやるじゃない。良いわよ。私の製図室貸してあげる。材料も必要な物があれば言ってちょうだい。後、参考書も自由に使っていいわ」

「ありがとうございます。レベッカさん」


 カイト君に続いて私とライエもお礼の言葉を口にした。

 いくら私達の先生をやっていたとは言え、レベッカさんの気前が良すぎるような気もしたけど、今はそれがとてもありがたかった。


「んで、何作るの?」

「えっと、私は作物の病原菌を分離するための培地です」


 レベッカの疑問にライエが答えた。すると、レベッカはふーんと嬉しそうな声を出した。

 どうやら、考え方としては間違っていないみたいだ。


「リーファも何か考えてる顔してるけど?」

「うん。来週、私のお友達を連れてきて、一緒に花瓶を作ろうと思うんだ」

「え? もしかして、依頼主を連れてくるの? 依頼の中身は修理だったんでしょ?」


 レベッカさんがきょとんとした顔で聞き返してくる。

 パーラが驚く顔が楽しみで、私は満面の笑みで頷いた。


「うん。パーラちゃん連れてくるよ」

「面白いこと考えたわね。良いわ。責任持って面倒みてあげるわよ。好きにやんなさい」

「ありがとうれーちゃん」


 これで無茶のうちの一つは許可を取れた。

 詳しいことを聞かずに、私達のしようとしていることを信じてくれるレベッカさんの信頼にも、パーラちゃんの望みにも応えられるよう頑張ろう。


「そ・れ・で、カイト君は何を作るのかな?」

「レベッカさん、何か僕にだけアタリが厳しくないですか?」

「カイト君が命を預かる道具を作らないといけないからだね」

「はい。分かっています。現地を確認した感じだと、暗いので光源になる道具と、滑り止め処理を施した靴、スライムの粘液攻撃に耐えられる耐酸性マントと防護眼鏡を錬成します。後は、二人にあった武器はこれから試して貰います」

「うん。解答としては百点。さすが、士官学校上がり」

「民と友達の命を守るのが僕の役目ですから」


 カイト君も下水口を一瞬見ただけで、何が必要かを見抜いていたようだった。

 学校で剣術やサバイバル術を学んでいると手紙には書いてあったけど、戦いに必要な物をパパッとあげられるぐらい、戦いには慣れているみたいだ。


「うん、良い顔をしているわ。何か困った事があったら何でも言いなさい。私は部屋にいるからさ」


 こうして、レベッカさんの製図室に私達は荷物を降ろして、ライエの指示に従いながら、作業に取りかかることにした。


「えっと、まずはレベッカさんの作った顕微鏡で、葉っぱとか根っこに変な病原菌がついていないか見てみよう」


 ライエに言われた通り、私は黄色くなったキャベツを葉と茎と根にばらして、顕微鏡で観察してみた。

 ただ、黄色い葉っぱのどこを見ても、菌やカビらしき物は全く見えなかった。

 茎にも根っこにも何かが引っ付いている様子はない。


「らーちゃん、何もいないよ?」

「うーん……私も見つけられない。こんなすごい病徴が出てるんだから、かなりの数の菌かカビが見えてもおかしくないんだけど……」

「虫みたいに食べ終わったから、次に行っちゃったとか?」


 私はありえもしないと思いながら、ポロッと呟いた。

 ばい菌やカビはそうそう簡単に動かない。それは私も学校の授業で習った。


「そんな動物じゃないんだから、栄養を吸い取るだけ吸い取って逃げるなんて……ん?」


 ライエは頭を押さえて、その場をくるくる歩いて回り始めた。

 何か気付いたみたいだけど、まだハッキリしていないみたいだ。


「って、ちょっと待って! りっちゃん、さっきなんていった!?」

「次に行っちゃったって言ったけど」

「りっちゃん! 水くんでたよね!?」

「う、うん」

「ちょっと貸して!」

「ど、どうぞ?」


 ライエは採取した土が入った瓶を二十個横一列に並べると、水道から水を汲んで、それぞれの土の入った瓶に流し込んだ。


「カイト君! 病気にかかっていない葉っぱと、病気にかかった葉っぱをありったけください!」

「これでよろしいですか?」

「バッチリです!」


 ライエはカイト君から緑色の葉っぱを受け取ると、私が汲んだ水に浸した。

 続けて、水の入った土を思いっきり上下に振ると、その中へ葉っぱを次々放り込み始めた。

 そして、もう一つ、黄色く変色した葉っぱをすりつぶし、ドロドロになった液体を緑色の葉っぱに塗りつけたのだ。


「らーちゃん、どうしたの?」

「今考えられる可能性は二つ。生物じゃなくて、毒みたいなのがまかれていて、植物が死にかけているっていう仮説。黄色くなった葉っぱに毒は蓄積しているはずで、葉をすりつぶした液体で黄色くなれば、毒が水の中に入っているってことになるわ」

「もう一つは?」

「考えたくは無いけど、微細な魔物が土の中にいるってこと」


 ライエは少し戸惑いながら、考えを口にした。


「魔物ですか?」

「うん。その心当たりがあるんだ。もし、りっちゃんの汲んできた水で葉っぱが黄色くなったら、私達は急いだ方が良いかもしれない」

「まさかとは思いますけど、ライエさん!?」


 カイト君が原因に気がついたようにハッとしていた。

 私も心当たりがある。川に繋がった場所に、私達はちょうどさっき行ってきたばかりだ。


「でも、下水道の魔物は巨大スライムだよね? 農場にはそんなのいなかったよ?」

「スライムの幼生、赤ちゃんみたいなのって、私達見たことある?」

「あ……。言われてみれば……」


 巨大なスライムが敵だからといって、赤ん坊が大きいとは限らない。

 魚なんかでも、卵と成魚は大きさがかなり変わる。

 言われてみれば、スライムの赤ん坊が目に見えないほど小さくても不思議ではない。


「ライエさん。どうやらその悪い方の予想。当たったみたいです」


 カイト君の声で私達は瓶に入れられた葉っぱを見ると、川水と一部の土の入った瓶で葉っぱが黄色く変色した。

 それなのに、すりつぶした葉の汁をつけられた物は、全く変色していなかった。


「りっちゃん、カイト君。すぐに葉っぱを引き上げて、顕微鏡で確認したい! 手伝って」

「うん。任せて!」


 私達は変色し始めた葉をピンセットでつまみあげて、顕微鏡で覗いてみると、揃って驚きの声を発してしまった。


「いたっ! りっちゃん、カイト君そっちは!?」

「らーちゃん! こっちにもいた!」

「僕もみつけました! 緑色の小さなスライムです! これがマナを吸って生育を妨害していたのですね」


 私の目にも緑色のうねうねとうごめく物体が見えた。


「川から陸地にしみ出た水に乗って移動していたみたいね。カイト君が帰りに教えてくれた小高いところの影響が薄かったのは、水の流れで移動出来なくて、感染が遅れていたんだと思う」

「なるほど。この小ささです。果てしない山登りのような物ですか」

「だと思う。多分成長して、地面から生えてくれば、残りの丘の上を食べるんじゃないかな? りっちゃんが動物は大丈夫っていっていたのは、こんなに小さければ、逆に消化されて死んじゃうからだと思う。でも、巨大化して家畜を襲い始めたら影響は出るかも」


 そうなれば、東の農業地帯は全滅だ。農業には微生物も虫も魔物までも敵にしないといけない。

 少しでも対処が遅れれば、手痛い損失を被ることを私達は身を以て実感した。

 目に見えない生き物が、全てを枯らすことがあるのだ。


「らーちゃん、カー君、急いでスライム駆除用の道具を作ろう」

「そうだね。相手がスライムだって分かれば、こっちの物!」


 ライエもより気合いが入ったみたいで、両手でガッツポーズをとっていた。

 そして、魔物相手だと分かった途端に、カイト君も話題に入ってくる。


「スライムだとすると、熱と電気に弱いですね。逆に凍結型は溶ければ動き始めるので、耐性を持っています。生命力を吸い出す特性を利用して、トラップを仕掛けましょう」

「トラップ?」


 私が聞き返すと、カイト君は紙を広げて、設計図の下書きを始めた。

 穴の空いたドーナツのような円を描き、真ん中の穴に属性結晶と書いている。


「はい。属性結晶を核に据えて、一定間隔毎にこの環状捕獲層に電撃を流します。おびき寄せる餌はキャベツを使いましょう」

「なるほど。ねずみ取りみたいな感じだね」

「その通りです。リーファさん」


 カイト君が誇らしげに頷くと、ライエが顎に手を当てて何かを考え始めていた。


「んー……。でも、あの広大な農地だよ? 何個作れば足りるんだろう……」

「そこなんですよね。川に合流するまえの排水路に設置すれば、これ以上の拡大は防げますけど、広がった物を駆除すると考えると……」


 カイト君もライエに言われたことで腕を組んで考え込み始めた。

 広大な土地に潜む目に見えないほど小さなスライムだけを、倒すための道具。

 そう言えば、つい最近私も目に見えない精霊を入れて動かすお人形作ったっけ。


「あっ」


 そうだ。動かせば良いんだ。


「リーファさんどうしました?」

「えっとね。こんなのどうかな?」


 私はカイト君の描いた設計図をもとに球体を描くと、球体の上に一本の長い針を描いた。

 針は下側に貫通出来るように、球の下に穴を開ける。

 そして、球の中に歯車の機構を書き込み、軸を与え、車輪を外側に取り付けた。


「あっ! りっちゃんそれ!」

「うん。小さい頃から列車の設計図を見てたから、エンジンの構造は覚えてたんだ。移動しながら、この針を地面に刺して、電撃をお見舞いするんだよ」

「回転と連動して、針の持ち上げと、打ち込み周期を決めたんだ」

「そういうことっ。名付けて雷針君らいしんくんだよ」


 自動で動いて、等間隔で雷撃を地面の中に撃ち込む。そうすれば、トラップみたいに数を沢山用意する必要はない。

 これなら、私達がつきっきりじゃなくても、勝手に畑を綺麗にしてくれるはずだ。


「りっちゃんは、ネーミングセンスだけは残念だよ」

「えー!?」


 ライエが呆れながら笑っている。

 可愛いと思うのになぁ。雷針君。


「リーファさん。すごい物を考えつきますね。僕では想像もつかなかった方向でした」

「はぁー。全くもう、小型の機械人形ゴーレムまでもう作れるんだから、すごいよね。ゴーレム製作って、かなり上位技術って本には書いてあるのに」


 カイト君とライエが私の方を見て、驚いたような表情を見せてくる。

 敬意を感じるような視線に、私は首を横に振った。


「らーちゃんとカー君のおかげだよ」


 私一人だけじゃ、このアイデアは浮かんでこなかった。

 原因を探ってくれたのはライエだし、対策方法を考えたのはカイト君だ。

 私はみんなの持っているアイデアを繋げただけなんだ。


「二人がアイデアを出してくれたから、私も思いつけただけ。これは三人の成果だよ。それに、これだとまだ根本的な解決にはなってないよねカー君?」


 私の道具は対処療法で、時間稼ぎにしかならない。

 病気と違って、根本を退治しなければ、この異変は勝手に治らないんだ。


「そうですね。大元の巨大スライムを倒さなければなりません。僕はこれから装備の設計図を引きますね」

「りっちゃん、私も雷針君作り手伝うね」


 こうして、私達は夕暮れまでに雷針君を袋一杯に詰めるほど生産し、農家さんに許可を貰って、星海列車で空から避雷君を畑一帯にばらまいてくるのであった。

 そして、下水路の前にもカイト君の作った対スライムトラップを設置しておいた。

 私達にやれることはやった。

 明日、被害が広がっていないことを祈りながら、私達は家路についた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ