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真っ黄色な畑

 中央から続く郊外の道の側には川が流れていて、目の前には一面畑が広がっている。

 何事も無ければのどかな光景に、村を思い出したかも知れないけど、私達は目が点になっていた。


「えっと……、キャベツ畑って……黄色かったっけ?」


 私は自分の目が信じられなかった。

 キャベツを育てている畑なのに、黄色い絨毯が広がっているようになっている。明らかに異常だ。

 まだ葉が丸まっていないけど、この状態でキャベツの球が出来るとは到底思えなかった。


「僕が知る限り、キャベツは淡い緑色を呈するはずですが……。ライエさんこれは?」

「さすがの私もこれは想像してなかった……。りっちゃん、カイト君。急いで農家さんの話しを聞きに行こう」


 ライエが緊迫した表情で走り出し、その後を追いかけるように私達も走り出した。

 よく見るとキャベツだけではない。

 川岸の雑草もどこか調子が悪そうで、葉が縮れていたり、黄色くなっている。


「……狸さん、意外ととんでもない依頼を持ってきたのかも」

「リーファさんもそう思いますか。僕も同意見です。全然簡単じゃないですよね……」

「さすが、お父さんとれーちゃんの上司って感じだね」


 お父さんが苦手意識を持っていた訳だと、妙に納得してしまう。

 人の良い笑顔を見せながら、簡単だからがんばってくださいと、カイト君を焚きつけた様子が簡単にイメージできた。

 無茶振りを無茶振りだと感じさせない話術は、ある意味詐欺師的とも言える。

 開発局トップという地位まで上りつめた腕なら、簡単に映ったのだろうか。

 ゲイル局長の意図を考えていると、私達は農地の真ん中にぽつりと現れた家に辿り着いた。

 その家の庭には、小さな木の椅子に座って、遠い目をしながらキャベツ畑を見つめる中年男性がいた。


「あ、手紙にあった錬金術師様達かい!? 待っていたんだよ!」

「はぁはぁ……こんにちは。ライエと申します。キャベツの病気ですけど、これいつからですか?」

「一週間ほど前からだと思う。最初は道路の近くだけだったんだけど、どんどん広がってきてな。俺の畑だけじゃねぇ。東部一帯みんな作物がやられて困ってるんだ。助けてくれ錬金術師様!」


 私達が自己紹介する前に、農家のお兄さんは私達が錬金術師であることを知っていた。

 手紙と言っていたし、ゲイル局長が手を回していたみたいだ。

 ただ、ビックリするぐらい私は今、困っている。

 黄色く変色していることは分かるけど、原因が全くと言って良いほど分からないんだ。

 植物の薬、農薬の作り方は本に書いてあったけど、病気によって作り方を変える必要があると書いてあった。

 今、目の前に広がっている病気が何か分からないと、正直対処のしようがない。


「黒い斑点と黄色くなる葉っぱ……。黒腐病だと思うんですけど、最近雨って降りました?」

「いや、降っていないんだ……」

「え? それなら虫は? 虫が病気を媒介することもありますよね」

「不思議なことに虫も寄りつかないんだよ。それに、薬も効かない。被害が出始めたときに、病気を防ぐための薬をまいたけど、効くどころかどんどん広がって行くんだ」


 青年の言葉でライエは顎に手を当てると、すぐに小さく頷いた。


「土とキャベツの苗を採取していっても良いですか?」

「あぁ、もちろんだ。頼む。何とかしてくれ。これ以上広がったら俺達の生活が成り立たない」

「最善を尽くします。カイト君は黄色くなったキャベツの苗とまだ緑色の苗を十本ずつ、根っこ含めて採取して。りっちゃんは川辺に生えていた元気のない植物を根っこごとお願い。私は土を採取してくる。集めたらここに集合しよう」


 ライエは私達にすぐ指示を出してきた。すごく気合いが入っていて、何かとても頼もしく見えた。

 やっぱり貴族の人達にバカにされたのが悔しいんだろう。

 そして、ふと、考えてみれば錬金術師として、素材集めをほとんどしたことがなかった。

 基本的に保安員のお母さん達に取ってきて貰ったり、村の雑貨屋で買ったり、中央の狸さんに注文していたっけ。

 温室でハーブの栽培をしていただけじゃ、出来ない経験だ。私もライエに負けないぐらい頑張らないと。


「うん、分かった。それじゃ、また後で」

「後で確認お願いしますね。ライエさん」


 こうして、私達は農場に散らばり、それぞれ担当の材料を集めることになった。

 川辺の近くを観察していると、改めて異常な状態だと感じさせられる。

 魚は生きているけれど、植物だけが見事に影響を受けている。

 動物と植物では病気にかかる時の菌が違うと言うし、動物には影響のない病気だと分かって、私は少しだけ安心した。


「念のため、この水も回収しておこうかな?」


 私はカバンから小さな瓶を取り出すと、川の水を汲んでしまった。

 続けて、小さな雑草を引っこ抜いては、保存用の瓶に詰め込んでいった。


「大きいのも紐でくくって持っていこう」


 私はとりあえずカバンに入りそうな物を回収すると、農家の家の前に戻った。

 すると、カイト君が最初に仕事を終えたらしく、一人立って待っていた。

 私は声をかけようとしたけど、どこか遠くを見つめている目を見て、声をかけられなくなった。

 カイト君はどんなことを思いながら、あの目をしているんだろう。

 そんな些細なことが気になって仕方が無かった。


「あれ? あっ、リーファさん。戻ってきていたんですね」

「あ、うん。ちょうど戻ってきた所だよ。川の水とか、大きめの雑草も紐でくくってたら時間かかっちゃって。カー君の方はどんな感じだった?」

「病気に冒されていない苗を探していたら、少し不思議なことに気がついたんです。あっちを見て下さい」


 カイト君が指さした方向に、私も視線を向けると、小高い丘の上ある植物は青々としていたのだ。

 もしかして、カイト君はずっとあの場所を見ていただけだったの?


「あの周りは病気に浸食されているのに、あそこだけは病気にかかっていません。それと、まるで境界線があるかのように、病気にかかっていない苗と病気にかかった苗が綺麗に分かれていたんです」

「それがあっちにあったの?」

「はい。不思議ですよね。近くからじゃ同じ土に見えたのですが、遠くから見てみてもやはり同じに見えます。あれ? リーファさん大丈夫ですか? 顔が赤いですけど」

「な、なんでもないよ! ちょっと採取を頑張っちゃって、疲れちゃったのかも」

「大丈夫ですか?」

「う、うん! 大丈夫! 錬金術師だもん。採取ぐらいでへこたれないよ!」


 恥ずかしくて、私はたまらずカイト君から目を反らした。

 ちょっと格好良いなぁ。とか、力になれないかなぁ。とか考えていた自分が恥ずかしい。

 落ち着くために深呼吸しよう。


「お待たせ。二人とも。ん? りっちゃん、どうかしたの?」

「な、何でもないよ。ところで、らーちゃん、採取した物で何か作るの?」


 私はこれ以上つっこまれないように話題を変えた。

 すると、ライエは生暖かい笑顔を向けてきた。

 言葉にしなくても、言いたいことが伝わってしまって、私も無言で見つめ返した。


「お二人とも、どうかなさいましたか?」

「ううん。何でも無いよカイト君。それで、さっきのりっちゃんの質問だけど、実験しようと思うんだ」

「実験ですか?」


 ライエの回答に、カイト君は首を傾げた。


「うん。今日採取した植物や土から、原因の菌を単離しようと思うんだ。そのために、錬金術で培地を作ろうと思う」


 ライエは眼鏡の位置を直しながら、作る物を伝えた。

 道具図鑑の中の、実験器具で培地という言葉を見たことがある。

 お酒やパンを作るための酵母を育てたりする菌の餌みたいなものだったはずだ。

 丸いガラス容器の中に、寒天ゼリーみたいなのが詰まっている絵だったはずだ。

 その寒天の上に酵母とかが生える道具が、培地だったっけ。


「どうやって原因を見つけるの?」

「今日、採取してくれた土と植物で、病気になっているのといないのがあるよね? 病気になった所だけで見つかる菌があれば、それが原因の菌になると思うんだ。その菌を増やして、また植物に付けてみて、同じ病気になったらそれが原因って確定するよね」

「あ、なるほど。その菌を見つけられれば、その菌を殺す薬を作れば良いんだね?」

「さすがりっちゃんは話が早いね」


 そこまでいけば、私達錬金術師の得意分野だ。

 それにしても、ライエはいつの間にこんな知識を勉強したんだろう。

 昔、お父さんの師匠のガングレイヴさんにもっと自分を出して良いって言われたことがあるけど、ライエは既に錬金術師としての、自分を持っているように見えた。


「ただ、培地で菌が生えるのには時間がかかるから、今日はここまでかな。最後にスライム退治の場所だけ確認したら、開発局に行って培地と武器を作ろ? スライム用の武器も作らないといけないってカイト君が言ってたし」


 ライエの提案に私とカイト君は頷いた。

 いくらスライムといえども、丸腰で魔物に挑もうとは思わない。

 私達は鉄格子で封じられた川に合流する下水路の入り口を見つけると、場所を覚えて市内へと戻った。


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