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お嬢様の花瓶

 私達は一番近かった貴族のお嬢様の依頼から、まず話を聞くことにした。

 東地区にある豪邸は百万都市と称される中央には、珍しい大きな一軒家だった。

 三階建ての邸宅は小さなお城のようにも見える。実業家の邸宅というよりも、貴族の邸宅みたいだ。

 手の行き届いた庭の花壇と、家の美しさが、工房クォーツを連想させ、ルイスのことを思い出した私は少し目眩がした。

 扉の前の鐘をならすと、中から白髪の執事が現れた。

 歳は五十を超えているだろうか、顔にもかなりシワが刻まれている。


「ツボを直して欲しいという依頼を承って参りました。リーファ=ラングリフです」


 私に続いてライエとカイト君も挨拶を済ますと、執事さんは一礼して私達を応接間に連れて行ってくれた。

 赤い下地に金色の花模様が美しい絨毯が敷かれ、中央には小さな机が置いてあり、椅子が六つも置いてある。

 つくづく内装まで貴族の邸宅のようだと、嫌ほど感じる内装だ。

 カイト君は平然としているけど、ライエはちょっと居心地悪そうにしていた。


「ではお嬢様をお呼びして参ります」


 執事さんが部屋を出て、私とライエは長い長いため息をついた。


「お二人とも大丈夫ですか?」

「さすがカイト君……慣れてるわね」

「これでも緊張しているのですけれどね」

「それが本当なら、そのポーカーフェイスは大したものよね」


 ライエが皮肉る通り、カイト君は優しい笑顔を浮かべていて、とても緊張しているようには見えなかった。

 その顔に見とれていると、突然扉がノックされたので、私は一気に背筋をピンと伸ばした。


「お嬢様をお連れいたしました」


 執事さんが扉を開けると、扉の向こうから金髪で髪の毛が縦にロールした少女がやってきた。

 歳は私達よりしたで、トウカたちより上の、九歳くらいだろうか。

 背が伸び始める前の小さな女の子だ。


「あなた達があたいの頼みを聞いてくれる人ね。良く来たわ」


 少女のいきなりの挨拶に、私は苦笑いするのを必死に我慢した。

 身体は小さいけど、態度はすごくでかい。

 大きな態度をされるとは予想していたけど、実際にされるとやっぱりちょっとビックリする。

 でも、それだけで拒絶したら、ルイスと何も変わらない。それに、ちょっと気になることがある。

 私は腰をかがめて彼女と目線を合わせて、微笑みかけてみた。


「初めまして。お名前は?」

「名前を聞くときは自分から名乗ると、お父様から教わらなかった?」

「あはは。あなたはしっかり者だね。私はリーファ=ラングリフ。錬金術師をしているよ」


 私が名前を名乗ると、彼女は腰に手を当てて、威張るように胸を張った。


「あたいの名前はパーラ。あなたたちの雇い主よ」


 相手が子供というのもあって、何か無理しているように見えたから、態度が大きくても私は笑って許せた。それに家には悪戯好きな妹と弟がいて、これぐらいは気にならなくなっている。


「よろしく。パーちゃん」

「ぱ、パーちゃんってあたいのことか!?」

「うん。パーラちゃんだから、パーちゃん」

「パーちゃん……。って、や、やめなさいよ! 子供っぽいわ!」


 一瞬、小さく笑ったように見えたけど、パーラはすぐに不機嫌そうな表情を浮かべて、咳払いをした。


「それで、あなた錬金術師って言った? そこの冴えない金髪眼鏡のお兄さんも、田舎っぽい黒髪眼鏡のお姉さんも錬金術師なの?」


 やっぱりパーラはどこか棘のある尋ね方をしてくるが、カイト君もライエも落ち着いて対応してくれた。


「はい。まだまだ僕は見習いですけどね。カイトです。よろしくパーラさん」

「私はライエ。よろしくパーラちゃん。この三人はみんな錬金術を学ぶ大学の生徒ですよ」


 パーラは興味無さそうにふーんと呟くと、執事さんにあれを持ってこいと指示を出した。


「錬金術師ね。期待しないであげるわ」


 そして、一分程度経つと、執事のおじいさんはじゃらじゃらと音の鳴る布袋を持ってきた。


「あたいが直して欲しいのはこれよ」


 執事さんが机の上で袋の口を広げると、中には粉々になったガラスが入っていた。

 元の形だけでなく、ガラスにどのような模様が刻まれたかすら、想像出来ない状態だ。


「これ……普通に落とした割れ方じゃないような……」


 金属の棒か何かで、執拗にたたき割ったとしか思えない見た目をしている。

 見たままを覚えて再現出来る私でも、粉から元の形をコピーするのはさすがに無理だ。

 高さや大きさが分かるような絵や写真があれば何とかなるけど、何かとっても嫌な予感がする。


「えっと……写真とか絵ってある?」

「そんなものないよ」

「そ、そっか。それなら、どれくらいの大きさだったかとか、どんな絵が描いてあったか分かる?」

「知らない。お父様が大事そうにしていて、あたいには触らせてくれなかったし」

「あはは……そっか。それじゃ、お姉ちゃん頑張らないとなぁ……あはは」


 全く情報が無い。さすがの私も笑うしか無かった。


「じいや。あなたは覚えているでしょう? よく磨いてたし」

「はい。お嬢様。錬金術師の皆様。こちらが私のしたためたメモになります」


 執事からメモ用紙を受け止めて、私は顎に手を当てて考え込んだ。


《花と春の女神が描かれた精巧な花瓶、巧みにカットされたデザインには金箔が流し込まれていて、輝いていておりました。大きさは横幅十五センチほど、縦三十センチほどの縦長の円柱型》


 カイト君とライエが私の隣から紙をのぞき込んで、うーんと唸っている。

 さすがに私もこれだけではどうしようもない。


「みんな同じ反応するのね。意気揚々とやってきて、その紙を見た途端にみんな黙り込むわ」

「んー、そうだね。正直、情報が少なすぎるかな。修理っていう意味では、元の物がどんな物か分からないと絶対に出来ないからね」


 パーラの嫌味に私は素直に答えた。

 粉々になった花瓶を完全に修理する依頼だったら、製作者以外は達成不可能だろう。


「ふん、錬金術師って言っても、所詮その程度よね。良い気味だわ。あなたたちも申し訳無さそうな顔して、出て行くんでしょ?」


 それをきっとこの子も分かっているけど、出来ないと言った私の顔を見て喜んでいる。

 おかしいな。この子の依頼は直して欲しいなのに、直らないことを願っているみたいだ。


「ねぇ、パーラちゃん聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」

「なに?」

「花瓶を割って怒られたから、依頼を出したの?」

「別に怒られていないわ」


 パーラはそう言うと、少し不機嫌そうな表情を浮かべてそっぽを向いた。


「そっか」

「なに笑ってるのよ?」

「ううん、何でも無いよ」


 私は怒られていないことが聞けて、少しだけパーラの気持ちが分かった気がした。


「割っても、また買えば良いって言われた?」

「え? どうして分かったの?」

「えへへ。なんとなくね」


 パーラは素で驚いた表情を見せてくれた。

 それを見て、私は納得出来た気がしたんだ。

 花瓶を割ったのに、依頼を出したのは両親じゃなくてパーラ自身だったことや、割ったことに対して罪悪感がないのに、怒りの感情を感じた原因に、私は心当たりがある。


「まさかっ……あんた魔法使い!?」

「あはは。私は錬金術師だよ」


 私はパーラの頭を笑いながら撫でてみた。

 すると、パーラはちょっとびっくりした顔を見せて、慌てて後ろに飛び退いてしまった。


「な、なにするの!?」

「ね、パーラちゃん。明日また三人で遊びに来るね?」

「え?」

「依頼、がんばるからさ。楽しみに待ってて」


 私は腰に手を当てて、ニカッと大げさに笑顔を浮かべた。

 笑っていれば良いことがある。ジライル村長に私が小さい頃教えられた言葉だ。


「明日はダメ。学校があるわ」

「それじゃ、明後日!」

「明後日も……ダメ。お稽古があるから」

「それじゃ、いつなら良い?」


 私の言葉にパーラは困ったように後ずさりをしていき、壁を背中に背負っていた。


「え、えっと……一週間後なら……」

「そっか。なら、一週間後に来られるよう頑張るね」

「ふ、ふん、勝手に頑張れば? じいや、おくってあげて」

「かしこまりました」


 執事さんは私達を案内して、屋敷の外に連れ出すと、深々と一礼してきた


「お嬢様が大変失礼を致しました」

「いえいえ、ご両親はお忙しいのですよね」

「はい。旦那様も奥方様も銀行の取締役ですので」

「そうですか。では、また来週伺いますので、よろしくお願いします」

「はい。お嬢様もきっとお喜びになるかと思います」


 執事さんとの短い挨拶を済ませて、私達は次の目的地である郊外の農園へと向かうことにした。

 街の中を歩いて、パーラの家から離れると、ライエが私に声をかけてきた。


「ねぇ、りっちゃん。あんな粉々のガラスでどうするの? 材料にはなるから、花瓶は作れるけど、デザインはアテがあるの?」

「んー、修理は出来ないね」

「来週また行くって言っちゃったのに?」

「うん。えっとね、あの子の欲しい物は直った花瓶じゃないと思うんだ」


 私の考えを説明すると、ライエとカイト君は納得したように頷いた。

 そして、ちょっとした無茶な内容を伝えると、カイト君は嬉しそうに引き受けた。


「そういうことでしたら、喜んで僕の名前を使いますよ」

「カー君、本当にいいの?」

「はい。僕も力を貸しますよ。三人でやるって決めた依頼ですしね」

「ありがとう。カー君」


 私達はパーラの依頼を叶える目処をつけると、軽い足取りで中央の市街地を出て行った。


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