私だって怒る時は怒るよ
私達は学生工房を出ると、大分離れた喫茶店でお茶を飲んで休憩することにした。
「あー! もうっ! むかつくっ! なんなのあの人!」
思わず心の声が漏れるほど、私はイライラしていた。
「ルイス=ヴィンセン。彼はヴィンセン侯爵家の三男です。顔を合わせるのは初めてでしたが、名前は聞いた事があります」
カイト君の解説で私の怒りにさらに火が点いた。
「侯爵が何なの!? 別にルイス自体が侯爵でもなんでもないじゃん!」
「りっちゃんが珍しくご立腹だ!?」
「私だって怒る時は怒るよ。らーちゃんの錬金術の腕を知らない癖に、あんな大きな顔してさー!」
「ありがとうりっちゃん。でも、私は大丈夫だから、そんなに怒らないで」
弱々しく笑うライエは、きっと私に心配かけないように振る舞ってくれているのだろう。
ライエは何も悪いことをしていない。それなのに、夢も家族のことも踏みにじられている。
それがとても悲しくてむかついた。
「リーファさん、何であの時、僕を止めたんですか?」
「へ?」
カイト君に声をかけられて私が彼の方を向くと、彼は少し申し訳無さそうに呟いた。
「僕が本名を明かせば、三人で入れたかも知れないのに。僕の名前があれば、ルイスさんは間違い無く手の平を返しましたよ」
まるで、カイト君が全ての責任を負っているかのような顔をしている。
「カー君が嫌そうだったからだよ」
「え?」
それが間違いだと伝える代わりに、私は元気いっぱいに笑顔を浮かべてみせた。
それに、新入生代表の挨拶で私とライエに本名がばれているのに、カイト君はルイスの前でまた偽名を使った。
私の杞憂かも知れないけど、カイト君は自分の生まれをあまり好んでいない気がしたんだ。
友達が出来なくなるだけじゃない。それ以上の何かを隠している気もしたしね。
「……ありがとう。リーファさん」
「えへへ。友達だから当然だよ」
だから、今私からは聞かずに黙っておこうと思う。
自分から話してくれた時と辛そうな時には、私はカイト君の力になろう。
ほっとしたように微笑むカイト君を見て、私も安堵した。
「おーい、勝手に二人の世界に入って、私をおいて行くなー」
「そ、そんなことしてないよ。らーちゃん」
「どーだかねー。何か分かり合った感じしてたよー」
ライエが投げやりな口調でそっぽを向いている。
確かに、ちょっとカイト君のことを考えていたけど、決してカイト君のことだけを考えていたわけじゃない。
って、何を考えているんだ私!? 今大事なのはライエの汚名を返上することだ。
そう想って私が首を振ると、ライエは申し訳無さそうに呟いてきた。
「……ごめん。りっちゃん。八つ当たりした……」
「ライエさん……」
カイト君が心配そうにライエを見つめている。
私がライエの方に視線を向けると、彼女は私の視線から逃げるように俯いた。
お父さんが嫌になって一人で研究に没頭する訳だ。
でも、今の私は一人じゃ無いし、ライエとカイト君を一人にしたくない。
「らーちゃん! カー君! こうなったら私達でやってやろう!」
「りっちゃん?」
「この三人で、クォーツの人達に負けない工房を作ろうよ!」
私は椅子から立ち上がり、拳をつきあげながら宣言した。
あんな風に友達をバカにされたままで、引き下がる訳にはいかない。
それに、生まれだけで全てが決まるなんてこと、私は絶対に認めたくない。
人の努力を見ようとも、認めようともしないあんな人達に、私は負けたくないんだ。
「……りっちゃんはやっぱり、りっちゃんだなぁ」
「リーファさん……やっぱりあなたという人は……」
盛り上がる私とは対照的に、ライエとカイト君はどこか呆れたような様子で私のことを見ている。
「えっ!? なんでため息ついてるの!? 私、そんな変なこと言った!?」
真面目に言ったつもりだったのに、何か私だけ浮いている。
二人とも悔しくないのかな?
「ううん。りっちゃんらしくて、感心してた。全く敵わないなぁ。うん、やろう。あんなのに頼らず、私達の力で」
「そうですね。僕達のやり方で、僕達らしくやってみましょう」
ちょっと間があったけど、二人とも気持ちは私と同じだった。
そうと決まれば、錬金術師らしくどうするかを決めるだけだ。
「よーっし、三人で一緒にどうするか考えよう! リーファ達の錬金工房を開くんだ!」
喫茶店であることを忘れて、私達が声をはりあげる。
そうしたら、喫茶店のマスターに怒られた。
それぐらい私達はワクワクしていたんだ。
でも、数分後、私達のワクワクはあっけなく吹っ飛ばされた。
「……工房立ち上げるのって、メチャクチャ大変なんだね」
私達は机に広げた紙を見て、ペンを持ったまま固まっていた。
「……土地の確保に、錬金炉の整備、素材調達、役所への申請、錬金術師資格を持った顧問の確保にその他諸々……」
「宣伝をして僕達のことを知って貰わないといけませんし、思った以上に大変ですね」
ライエとカイト君も渋い顔で計画書を見つめていた。
「諦めちゃダメだよ。こういう時こそ、見方を変えるってお父さんが良く言ってた」
「んー……トウル師匠ならどうするかな?」
ライエに言われて、私はお父さんならどうするかを考えてみたが、お父さんは大学で引きこもって勉強していたんだった。
工房も国家錬金術師の資格があるから、あっさり借りることが出来た。
お父さんの生き方だと直接の参考にはなりそうにない。
でも、今のお父さんならどう考えるだろう?
「あっ、というか、二人ともそろそろ戻らなくて良いのですか? 日も暮れてきましたよ」
「あっ、本当だ。そろそろ戻らないと心配するかな」
カイト君に言われて時計を見ると、既に晩ご飯には遅れてしまう時間になっていた。
トウカとリィンがいるから、ちょっと家は早め食事を取るんだ。
「僕もレベッカさんとゲイル局長から知恵を借りるので、また明日相談しませんか?」
カイト君の提案に私とライエは頷いた。
「そうだね。私もお父さんと相談してみる」
「ありがとうカイト君、りっちゃん。私もちょっと考えてみる。私だって錬金術師なんだから、二人に頼り切りじゃダメだもんね」
こうして、私達は各自でアドバイスを貰うために一度家に帰るのであった。