小さな店長
翌日、トウルは酷い頭痛と肩こり、腰の痛みで目を覚ました。
「か……身体中痛い……」
トウルが身体を起こすと、視界がぐらりと揺れた。
そして、倒れそうになった身体をふんばって支えると、かなり大きな音が床から鳴った。
その音でリーファが目を覚まし、元気良く起き上がった。
「とーさん。おはよう。とーさんの薬のおかげかな? リーファは元気だよ」
元気がありあまっているのか、リーファはベッドからトウルに飛びかかってきた。
「うおっ!? いてて……。そ、そうか。治ったか。それは何よりだ……」
リーファに急に抱きつかれたトウルは、身体を支えきれずに椅子に腰を落としてしまった。
「とーさん?」
「なぁ、リーファ。風邪引いたときどうなった?」
「えっと、頭が痛くて、喉も痛くて、目が回ったよ?」
「同じ症状だな……うつされたか」
トウルは風邪をひいてしまったことに舌打ちをうった。商品の補充や温室の植物の世話があって休んでもいられない。
それに看病していたはずが看病される側になるなんてことは、トウルのプライドが許さなかった。
トウルは両手を椅子について身体を支えながら起きると、壁伝いにフラフラしながら歩き始めた。
「とーさん。動いちゃダメ。寝てなさい」
「仕事があるんだ……邪魔しないでどいてくれ」
突然、トウルの前に飛び出してきたリーファが通せんぼをしてきた。
「リーファには動くなって言ったのに、とーさんは動くのずるいよ?」
「でも、俺は大人だから――」
「リーファがお店やってあげるから、とーさんは寝てて!」
リーファは全くトウルの言うことを聞く気配がない。
確かにリーファは基礎的な錬金術が出来るし、店に来るお客も顔なじみばかりだ。お店でトラブルを起こす心配はない。
それでも、錬金炉で事故を起こすかも知れないし、心配事の種は尽きない。
「リーファだって、とーさんみたいな錬金術師になるんだよ?」
小さな胸を精一杯張って、リーファは髪留めにあしらわれた賢者の石を指さした。
(まったく、うちの小さな錬金術師様は思った以上に頑固だ。頭に響く……)
根負けしたトウルは、リーファに店を任せる条件を出すことにした。
「ったく……仕方無いな。分かった。ただし、錬成したことのない物は作るな。どうしてもやりたいのなら、設計図を俺に見せろ。それと、店番をするならクーデとミリィを呼んで、手伝って貰え。それを約束出来るのなら、部屋で大人しく寝る」
「分かった! くーちゃんとみーちゃん呼べばいいんだね? とーさんが部屋に入ったら、すぐ呼んでくる」
「……後、出かける前に薬と水を頼む」
「うん。リーファにまかせて」
笑顔で走り去ったリーファを見送って、トウルは痛む頭を押さえながら自分の部屋に辿り着き、ベッドの中へと潜り込んだ。
「寒い……痛い……だるい……風邪ひくなんて何年ぶりだ。くそ……」
死ぬかもしれん。とリーファの時のように焦るかとトウルは思っていたが、そうでもなかった。
どたばたと響くリーファの足音が頭に響いているが、意外とそれが心を落ち着かせてくれている。
「とーさん、お水とお薬持ってきたよ」
「おう、ありがと」
「苦いけどがまんして飲むんだよ。残しちゃダメだからね。とーさん」
「ハハ……そうだな」
小さな錬金術師様は意外と厳しい。
俺にはあまり似ないで欲しいなぁ。とトウルは苦笑いした。
「確かに苦いなぁ。リーファはよくちゃんと飲めたな?」
「錬金術師だから、大人なリーファは苦いのぐらいへっちゃらなの」
鼻を鳴らしながら笑うリーファを見て、トウルは苦い珈琲クッキーでも食べさせてやろうかとも思ったが、身体が動かないせいで苦笑いしか出来なかった。
「あ、後、これも食べて。リーファのクッキー作ってきた」
「……ありがとう。悔しいけど、……やっぱりうまいな」
「リーファ、錬金術師だからね」
「もう、クーデとミリィを呼んできても大丈夫だ。……俺も錬金術師だからな」
「うん!」
リーファは満面の笑みで頷くと、元気良く部屋を飛び出した。
「少し寝るか……」
静かになった工房でトウルは眠りについた。
遠くなる意識の中でボンヤリ思ったことは、リーファの練習のために、栄養剤やスライムカイロの錬成をやらせてあげれば良かったなぁ。ということだった。
○
トウルが目を覚ますと、一階の販売スペースから談笑の音が耳に入ってきた。
クーデリアとミスティラの声も聞こえてくる。リーファがしっかり約束を守って連れてきたのだろう。
「やっぱリーファは出来る子だな。ちゃんと約束を守るのも錬金術師の才能だ」
薬が効いてきたのか、大分楽になったトウルは身体を自力で起こした。
「大分楽になったし、ちゃんと効果あるな。あの風邪薬。自画自賛に値する」
まだ少し足下はおぼつかないトウルだったが水を飲み干すと、壁伝いに笑い声が聞こえる一階に向かって歩き始めた。
「良く来たじーさん! 今日はとーさんが風邪で寝てるから、リーファが錬金術師なんだー」
「ガハハ。そうかそうか! リーファは立派な錬金術師だな!」
階段の向こう側からリーファと村長の声が聞こえてくる。
本当に声の大きい二人だ。
「うん。じーさんは今日も二日酔い?」
「今日はトウル様に依頼をしにきたんだよ。最近道具が古くなってきたからなぁ。手入れをして貰おうと思ったんだが、これだとまた今度だな」
「リーファも錬金術出来るよ?」
「つるはしとかランタンを作ったことは?」
「ないっ! でも、とーさんと一緒にがんばって作るよ」
元気いっぱいなリーファの声に、トウルは階段でずっこけそうになった。
(リーファのやつ、放っておいたら無茶な依頼とか全部受けそうだな。らしいっちゃらしいけど)
それでも、まとまった仕事が入れば、それなりに収入も増える。
リーファにも薬やお菓子以外の作り方を教えられる。鉱物の扱いも覚えれば、作れる物も一気に増えるだろう。
この先いろいろ入り用があることを考えれば、トウルには依頼を断る理由がなかった。
「村長! げふっ、ごふっ」
階段の途中から声をはりあげたらトウルは一瞬でむせた。
咳き込んで胸を押さえたトウルは、そこで自分が病人だったことを思い出した。
「ちょっと、トウルさん大丈夫?」
「クーデか……大丈夫だと言いたい」
「ようは大丈夫じゃないのね。肩かそうか?」
「大丈夫だ。風邪をうつしかねん……」
落ち着いたトウルはクーデリアの申し出を丁重に断ると、壁伝いに階段を下りた。
「とーさん、無理しちゃダメ。寝てなさい!」
「分かってる分かってる。ちょっと飲み物が欲しくなっただけだから……」
頬を膨らませながら駆けつけてくるリーファをトウルはなだめると、ひきつった営業スマイルを浮かべて見せた。
「村長。……その依頼受けます」
トウルの言葉で村長は少し驚いたようにぱちぱちと瞬きをすると、申し訳無さそうに口を開いた、
「トウル様、それはありがたいのですが……体調は大丈夫なのですか? 昨晩あの後ちゃんと休みました?」
「えぇ、そりゃもう。おかげでリーファはあの通り元気です。で、村長。依頼の内容の方は?」
「トウル様のことを聞いたんですがねぇ。えっと、依頼の内容ですが、鉱山採掘用のツルハシを二十本、ランタンを四十個、トロッコの修繕をお願いしたい」
トウルは言われた内容をノートにメモすると、小さく頷いた。
十分やれる内容だ。鍛冶系の錬金術もしっかり修めてきた。
そもそもトウルの本分は鍛冶系に近い分野だ。金属を使った道具や機械の錬成はお手の物だった。
「何か必要な付加効果はありますか?」
「ツルハシはとにかく固く、ランタンは明るく長持ち、トロッコは頑丈にお願いしたい」
「なるほど。何とかなると思います。期限は何かあります?」
「出来れば、五日以内に終わらせて欲しいです」
「依頼確かに承りました。見積もりの方は修繕だけなら……ツルハシを一万ガル、ランタン四万ガル、トロッコは五万ガルでやるつもりですが、特殊鉱石が必要な場合は少し値が上がるかも知れません」
「国家錬金術師様の工房はやはり良心的な価格で助かります。でも、大丈夫なのですか? 依頼したワシが言うのも問題ですが、かなりの数ですよ?」
「えぇ、この工房には国家錬金術師である俺と、天才錬金術師見習いであるリーファがいますから」
トウルは恥ずかしげも無く宣言すると、胸を拳で軽く叩いた。
初めての大型依頼と、久しぶりの鍛冶錬成に心が躍っている。
「ガッハッハ! さすがですなトウル様。さすが中央の国家錬金術師様だ」
「じーさん、リーファも錬金術師!」
「そうだな。そうだな。よし、それじゃ、リーファもがんばるだぞ」
「まかせて。リーファが全部つくってあげる」
リーファがトウルの真似をして、胸に拳をあてた。
本当に店主として頑張ろうとしている様子に、トウルの頬が緩んでいた。
すると、リーファは突然トウルを睨み付けてきた。
「だから、とーさんはリーファに任せて寝るの!」
「あはは……分かったよ」
リーファにお尻を押されたトウルは、渋々と二階の自室に戻っていった。
ただ、ベッドに戻ったトウルは酷く退屈をしていた。
「眠れないし、暇だ……。というか、昨日から何も食べてないからお腹も空いたなぁ」
ただ、その暇もすぐ終わった。
誰かが慌てた様子で階段をかけあがる音が聞こえてくる。
「とーさん。忘れてた!」
そして、リーファが扉を蹴飛ばすように入ってきた。
「うぉっ!? ど、どうしたリーファ?」
「これ、設計図描いた! 作って良い?」
「どれどれ。スライム栄養剤?」
「とーさんの作ったスライムが冷たかったら美味しそうだなーって思ったの。それで、ぷるぷるしてて、柔らかい飲み物みたいな食べ物なら、風邪のとーさんでも美味しく食べられるかなって?」
リーファが眩しい程の笑顔で、設計図を描いた意図を説明している。
「面白いことを考えるな。設計図的にも破綻がない。ホントにリーファは天才だな。よし、錬成してみよう」
「うんっ! あ、とーさんは寝てて! 材料集めたら呼びに来るから!」
「はいはい。仕方無いな」
トウルは腹をくくってリーファに任せることにした。
リーファは昔のトウルとよく似ていたのだ。
トウルも小さい時は師匠に認めて貰いたくて、何でも作ろうとした。
失敗する度に師匠に笑い飛ばされたことを、トウルはベッドの上でぼんやり思い出した。
天才と周りは言うけれど、トウル自身はみんなの知らない所で何度も失敗をしている。
「師匠は俺が出来るって信じてくれてたんだなぁ……。失敗しても何故そうなったか考えろって言われただけで、怒られはしなかったか」
そう呟いたトウルは、リーファがやけに錬金術師を自称する理由を思いついた。
「錬金術師になったら、ここにいても良いかな? か」
きっと、リーファは自分が孤児であることを理解していて、常に誰かに迷惑をかけていると思っているのだろう。
今、リーファはトウルがいなくてもこの工房にいられるよう、必死に背伸びをしようとしている。そう思うと、トウルはリーファの任せてという言葉を、信じてあげようと思った。
そして、もしダメだった時は一緒に笑ってやろう。
何度失敗しても、また一緒に錬金術に挑戦させてあげれば良い。リーファならきっとそれが出来る。
師匠も同じことを思ってくれたと、思いたい。
トウルが過去の自分と師匠そして、リーファを重ねて感傷に浸っていると、元気の良い声とともにリーファが戻ってきた。




