私、一人で立派に依頼もこなせるようになったよ
大学入学までは春休みということもあって、私は毎日自由気ままに錬金術の勉強が出来た。
後、カイト君にお手紙を書いたり、貰ったりと、やりとりをしている。
毎日の郵便が今では私の些細な楽しみだ。
そして、入学式前日、準備を済ませて本を読んでいると、クーリンが一人で工房に遊びに来た。
「リーファ姉ちゃん、リィンとトウカいる?」
「ううん、今日は魔法のお稽古だから午後まで帰ってこないかも。遊びに来てくれたんだよね?」
「良かったー。二人ともいないんだね」
クーリンの言葉に私は首を傾げた。遊びに来たのに遊び相手が居なくて喜んでいる。
そうなると、何か内緒のお願いにでも来たのだろうか。
「リーファ姉ちゃんも錬金術師なんだよね? 大学行くんだし、色々作れるんだろ?」
「うん。大学生になるのは明日からだけどね」
「お願いがあるんだ」
「うん? どうしたの?」
「あのな。俺も精霊が毎日見たいんだ。そうすれば、トウカとリィンともっと仲良く遊べるかなって。他の奴ももっと二人と仲良く遊べるかなって」
そう言って眼を輝かせるクーリンは、真っ直ぐ私の目を見つめてきた。
この子は本当にトウカとリィンのことが好きなんだなと、私は素直に彼の好意を受け止めた。
クーリンも私にとっては弟みたいなもので、彼の気持ちが素直に嬉しいと思える。
「クー君は優しいね」
「えへへ。友達だからな」
「そっか。うん、それじゃお姉ちゃんも頑張るね。精霊が見える道具の依頼。確かに引き受けたよ」
「ありがとうリーファ姉ちゃん! 出来たら教えてね! ためたお小遣いで絶対買うから!」
私の答えに、クーリンは嬉しそうにお辞儀をすると、工房の外へと走って出て行った。
大学に行く前に大事な宿題が出来た。
これから大学に行くせいで家を空ける時間が多くなる。なら、時間があるうちに、お姉ちゃんとして、弟達を笑顔にしないと。
「よーっし、やるぞー」
作ると決めたなら、まずは基本的な設計思想を決めないといけない。
私は紙に大きく精霊見える化計画とテーマを書き込むと、色々なアイデアを書き込んでいった。
基本設計は眼鏡タイプの物。そして、精霊が現れる原理をお母さんの魔法辞典から調べていく。
お祭りの時は魔力が一定以上空間に溜まっていて、世界の境界線が歪んだ結果現れると書いてあった。
溺れても精霊が助けてくれる水場も、強力な力場が出来ているかららしい。
「えーっと、さすがに魔力場を広範囲に作り出すのは難しいよね。となると、眼鏡みたいに光を屈折させるみたいに、異次元への歪みを見えるようにしようかな」
そうなれば眼鏡の材質は、魔力のよく通る属性結晶を使うと良さそうだ。
材料のリストをあげていって、合成する術式の案を書いていく。
「えっと、材料あったかな?」
「お? リーファ、何作ろうとしてるんだ?」
「あ、お父さん。えっとねー。精霊の見える眼鏡を作ろうと思って。クーリン君からのお願いされちゃったからさ」
「へー! 面白そうだな。設計図見せてもらっても良いか?」
「うん。もちろんいいよー」
お父さんに書いた紙を渡すと、お父さんはふむふむと頷きながら紙をめくっていった。
錬金術が分かってくると、お父さんの発想の仕方や組み合わせ方がとても上手いということが分かってきた。
「なるほど。良い感じに各素材の特性を合わせているな。うん、これなら多分作れそうだ」
「えへへ。良かったー。それじゃ、作ってくるから、お父さんお店番お願い出来る?」
「おっけー。任された。あ、ただ、出来たらすぐ見せてくれよ。俺も出来が見てみたいから」
「はーい」
お店番をバトンタッチして私は製図室へと駆け上がった。
気合いを入れるために腕まくりをした私はペンを取ると、一気に銀色の紙にペンを走らせた。
「えっと、魔力の流れを見るレンズには結晶鉱石六種類を縮合して、さらに圧縮。形は凸型にして光を屈折させて、屈折率はこんなもんかな? 後は魔力反応を光信号に変換する光変換膜と発光膜を重ねて、傷を防ぐために強化ガラスで封をするっと」
五つの薄い層で出来た眼鏡の設計図を描き上げた私は、設計図に従って材料を量って錬金炉に投入していった。
がたごとと錬金炉が揺れて、中で眼鏡を作っていく。
そして、錬金炉の前で待つこと数分間、爆発すること無く眼鏡が完成した。
「よし、精霊眼鏡完成。精霊さん見えるかな?」
完成したての眼鏡をかけてみると、部屋中にお人形みたいな精霊達がふよふよ浮かんでいた。
赤いきつねや、緑の小鳥、黄色い帽子の小人、青い人魚姫、紫の犬に、ランタンを持った少女と六属性全てが揃っている。
「うわっ!? 思ったよりたくさんいた!?」
中央に行ったらカイト君にも精霊眼鏡を貸して上げよう。精霊祭が好きで毎年来てくれるし、きっと喜んでくれる。
「どうしたリーファ!?」
私が驚きの声をあげると、すぐにお父さんがすごい足音を立てながら二階へと駆け上がってきた。
「あっ、お父さん。何でもないよ。ただ、精霊さんがいっぱいいて、ちょっとビックリしただけ」
「あぁ、良かった。精霊眼鏡が完成したんだな」
「うん。お父さんもかけてみる?」
お父さんが眼鏡をかけると感心したように声を漏らしていた。
「おー! すげーいっぱいいるな。さすが、魔法使いが三人もいるだけあるか」
「精霊祭の日になったら、すごいことになりそうだね。部屋で踊っても楽しそう」
「はは。家の中もお祭り騒ぎになりそうだな。うん、それにしてもさすがリーファだな。良い眼鏡だ。なかなか出来ることじゃないぞ」
「えへへ。ありがと」
お父さんは私の頭に手を乗せて、優しく撫でてくれている。
ちょっとくすぐったいけど、気持ちが良くて、私はそのまま頭を預けた。
「なぁ、リーファ、実は俺、さっきの設計図と実物をかけてみて、一個アイデアが生まれたんだ」
「あ、奇遇だねお父さん。実は私もそうなんだ。このままじゃ、まだまだだよね? だって、クーリン君のお願いはみんなで遊びたいなんだもんね」
「考えていることは一緒っぽいな? リーファの心構えは完璧に一流の錬金術師だな」
お父さんと私の目があって、互いに笑顔で頷いた。
お父さんが教えてくれたことはちゃんと覚えている。
錬金術師は謙虚であり、傲慢であれ。
お父さんがお父さんの師匠から教えられて、私に受け継がれた大切な教訓だ。
精霊が見えるだけでは、まだクーリン君の表向きな願いを叶えただけだ。
「リーファ。せっかくだから、一緒に作らないか? これから大学へ通い始める訳だしさ」
「うんっ。いっぱい作らないといけないし、一緒に作ろ。お父さん寂しがり屋だしね」
「はは。ありがとう。リーファ」
私とお父さんは隣に並んで座ると、二人で六つの設計図を描き始めた。
この時間がずっと続いて欲しいと思えるほど、私はお父さんと一緒にデザインを描くのが楽しかった。
○
トウカ達が帰ってきて、私はクーリンを呼びに行った。
一日で出来るとは思っていなかったのか、私の手を繋いだクーリン君は興奮気味に手を振りながら道を歩いている。
「リーファ姉ちゃんすげーな。もう出来たの?」
「うん。クー君に早く見て欲しくて、お姉ちゃん頑張ったよ」
「へへ。ありがとう。リーファ姉ちゃん」
照れくさそうに笑うクーリン君の顔をみて、私とお父さんの作った道具を見たら、どんな顔をするのか、ワクワクしてきた。
お母さんが、人を驚かせるのが好きな気持ちが少しだけ分かる気がする。
「ほら、開けてみて」
私は自分で工房の扉を開けず、クーリン君に開けさせた。
「よいしょっ――うおおおおっ!?」
部屋の中が見えた瞬間、クーリン君が大声で叫んで固まった。
そして、クーリン君が騒げば、トウカも釣られて声をあげる。
「ちょっとクーリン、うるさいよー? それに挨拶はお邪魔しますでしょー?」
「トウカ! それ精霊か!?」
「えっへん。どうだー。私の精霊達はー! ほら、みんな挨拶してー!」
トウカが腰に手をあて胸を張っていると、彼女の周りには大人の手ぐらいの大きさがある、六体の人形がふわふわと浮かんでいた。
私とお父さんが眼鏡をかけて見た精霊達をかたどった人形は、トウカの声に従って頭をぺこりと下げた。
「おおおお! すげー! 動いてる! ねぇ、リーファ姉ちゃん、あれどうなってるの!?」
「えへへー。喜んでくれて良かったよー。えっとね、お人形を服みたいな感じで精霊に着て貰って、中に入った精霊がお人形を動かしてるんだ」
いわば、精霊用の着ぐるみだ。
精霊眼鏡で作った魔力反応変換技術を光ではなく、動きに変換して動くようにしたんだ。
「リーファ姉ちゃんすげー!」
「えっへん。リーファも錬金術師だからね」
お父さんの台詞を真似て出来た私の口癖を言いながら、私は胸を張った。
ただ、店の奥にいたお父さんとお母さんが、やけに優しい笑顔を向けてくる。
何か変なことを言ったのかなと思ったら、つい昔の癖で自分のことをまたリーファと言ってしまったことに気がついた。
クーリン君に喜んで貰えたのが嬉しくて、つい気が緩んじゃったみたいだ。お見通しされて、少し恥ずかしい。
でも、子供達は盛り上がっているから、気付いていないのが救いだ。
「クーリン君、僕も精霊さんがいるよ」
「おぉー! リィン君もたくさん精霊がいるんだな。よっし、精霊も一緒にみんなで遊ぼうぜ!」
「なら、隠れんぼしたいかも」
リィンが控えめに遊びを提案すると、トウカとクーリンは気合いを入れながら賛成していた。
「範囲は工房内だけだからねリィン、クーリン?」
「分かってるよ。んじゃ、俺が鬼をやるから、お前ら隠れろよー!」
大人をほったらかして、勝手に隠れんぼを始めた子供達に、お父さんと私は急いで製図室と倉庫の鍵をかけに工房を駆け回った。
お母さんも精霊を飛ばして、見張ってくれているので、工房の道具で怪我をすることはないだろう。
危ない所の戸締まりを済ませた私とお父さんは、廊下でホッと息を吐いた。
最後はちょっと想定外もあったけど、大学入学前の最後の錬金術は大成功だ。
楽しそうな妹と弟たちを見ていたら、安心して学校にいける。
「なぁ、リーファ。頼みがあるんだ」
「どうしたのお父さん?」
「入学式は俺が送るよ。後、実はミリィも休みをとってる。晴れ姿はやっぱりちゃんと自分の目で見たいから。トウカたちは入学式の間は、父さんと母さんに預ければ良いし」
「えへへ。まったくもー、本当にお父さんは仕方ないなぁ。リーファこれでも大人になったんだよー。もう初等学校に通う子供じゃないんだから」
せっかく、大人の真似をしているのに、お父さんから見れば、やっぱり私はまだまだ子供なんだろう。
私は恥ずかしいから呆れた振りをして笑ってみたけど、本当はすごく嬉しかった。