大学に合格したよ。お父さん。
錬金術師、あらゆる物を作り出し、生活を激変させる魔法のような職業。
そんな錬金術師を育てる大学の一室で、白髪混じりの錬金術師の男女十人が円卓を囲んでいる。
彼らの手の中には、新入生の顔写真がのった書類があった。
雪のように美しい銀髪と、サファイアのような美しい青い瞳の少女の写真だ。
「入学試験の主席はリーファ=ラングリフ君か。はて、どこかで聞いた名前ではないか?」
「見習い部門で毎年受賞している子です。空飛べ袋の輸送システムを発明した子ですよ」
「ほぉっ! あれを作った子か! 納得の成績だな」
「しかも、あのトウル=ラングリフの娘ですよ」
「あぁっ! あのトウル君の! 我が校の最年少卒業生の娘か。面白い子が入ってくるものだ。一体どんなものを作ってくれるのだろうな」
書類審査をしている老人達は納得したり、驚いたり各々反応している。
その一瞬で、リーファ=ラングリフの名は大学の上層部に知れ渡った。
○
お父さんと出会ってから七年、私は無事に中等学校を卒業し、私は錬金術師が学ぶ大学の入学試験を受験した。
毎日のお仕事や錬金術の勉強で、合否通知が来ることを忘れかけた頃、私が工房でのんびりとお父さんと一緒に錬金術の勉強をしていたら、やけに大げさな封筒が届いた。
金色の刺繍が施された封筒を開くと、入っていたのは合格を知らせる紙一枚だった。
《リーファ=ラングリフ殿。本学の錬金術学部錬金術学科入学試験に合格したことを通知します。王立中央錬金大学校学長》
「あ、合格した。お父さん、私合格出来たよ」
私は目の前に座っていた黒髪で琥珀色の瞳を持ったお父さんに、紙を広げて見せた。
お父さんの母校を私も受験していた。筆記試験と実技試験の二つの試験があって、自信はあったけど合格だと知るとやっぱり嬉しい。
たまらずVサインをお父さんに見せると、お父さんは大声をあげながら椅子から飛び上がった。
「おおお! おめでとう! リーファおめでとう!」
「うわわっ!? お父さん!? 危ないって! 転んじゃうよ!?」
「あっはっは。さすがリーファだな!」
「わわっ!? お父さん! 棚の薬の瓶が落ちそうだから! 落ち着いてっ!」
お父さんは喜びすぎて、私を抱きかかえてお店の中を走り回ってはしゃぎ始めた。
私の身長はお父さんの胸元くらいまで伸びたし、体重も恥ずかしながら増えたから、お父さんが私を抱えるのはかなり大変なはずだ。
それなのに、お父さんは軽々と私を持ち上げているような感じで走り回っている。
嬉しくて、恥ずかしくて、ちょっとだけ申し訳なくて、目がぐるぐる回りそうになっちゃう。
「お父さん、後で筋肉痛になってペンが握れなくなるよ!?」
「リーファと一緒に剣で鍛えてるから大丈夫だって。でも、そうだな。筋肉痛になる前に作ってくるか! 合格祝いを作ってくるからリーファは店番を頼む!」
お祝いを作ると言って、お父さんは製図室のある二階へとかけあがって行ってしまった。
そんな訳で、お父さんに残された私は一人のんびりと本を読みながら、店番をしていた。
でも、お店番が無かったから、真っ先に行きたい所がある。
一緒に入学試験を受けた親友の結果が気になって仕方がない。
「りっちゃーん!」
「らーちゃん?」
突然門が開くと、黒髪のポニーテールの子が息を切らせながら飛び込んできた。
眼鏡をかけてシュッとした顔立ちは、女の人にはもったいない格好良さがある。
らーちゃんの愛称で呼んでいる彼女はライエ。一緒にお父さんの下で錬金術を勉強してきた私の親友だ。
「合格した! 私も合格した!」
「やったー! らーちゃんおめでとう! これでまた一緒だね!」
「うん! りっちゃんも合格したんだね。おめでとう!」
私達は手を取り合うと、その場で飛び跳ねるようにして、子供のように喜びを分かち合った。
何度も錬金炉を爆発させて、掃除をしていたけど、めげることなくライエは錬金術師見習いの立場を勝ち取ってくれた。
これからも村一番の親友と一緒にいられることが、私はとても嬉しかった。
「トウル師匠は? 合格の報告しないと!」
「お父さんはお祝いを作るから、ちょっと待ってろって」
「ミリィさんとあの姉弟は?」
「お母さんはお仕事がお休みだから、リィンとトウカを連れて、おばあちゃんの家にいったよ。今日も魔法のお稽古だって」
ミスティラさんはお父さんと結婚しても仕事を続けていた。
私もお父さんが国家錬金術師だし、働かなくても良いのにと聞いた事がある。
何でも運動不足は女性の大敵だとか何だとかで、歩き回れる保安員はちょうど良いと笑っていた。
そして、リィンとトウカ。私に出来た新しい二人の家族だ。二人とも魔法使いの血を引いたおかげか、お母さんみたいに魔法が使えた。
魔法で悪戯してくるせいで、何の前触れも無く目の前で急に光が爆発したりするから、何度もびっくりさせられている。可愛くて手のかかる妹と弟だ。
「今夜はきっと宴会だね。らーちゃんも私も合格したし」
「あっ、あはは……実はもう、うちのお母さんが宴会の予約しにいってる」
「あはは。じーさんの村の掟、すっかりみんなに浸透してるよね」
ライエの笑いに釣られて、私も笑っている。
本当にお祭り騒ぎの好きな人達が多い村だよね。とは言え、私もかなり楽しみにしているあたり、ちゃんと村の人だと思う。
「そう言えば、りっちゃん、何の本読んでたの?」
「お父さんの星海列車の設計図と、操作説明書だよ」
「あ、そっか。りっちゃんが運転するんだっけ?」
「うん。お父さんが送り迎えするって聞かなかったんだけど、お母さんに止められた」
「あはは……トウル師匠、ミリィさんに頭上がらないんだ」
頭上がらないって言っても、お母さんはお父さんのやりたいようにやらせている気がする。
お父さんが無理をしない限りは、お母さんは止めに入らない。
今回はお父さんが無理をしそうだから、止められたのだ。
工房で物を作って売る仕事をしながら、片道一時間の送り迎えをしたらお父さんの休まる時間がない。
ただでさえ、お父さんは錬金術に夢中になるとご飯を食べ忘れたりするのに、私のことまでやってもらったら、自分の体調が悪くなっても、隠して色々しそうな人だ。
そんなお父さんの性格を知っている私とお母さんが、二人で無茶しないでと何度もお願いして、お父さんは渋々引き下がった。
だから、お父さんは別に頭が上がらない訳じゃ無い。
お父さんもお母さんもちゃんと互いを大事にしているように、私の目には映っていた。
「あ、そう言えば、りっちゃん、カイト君はどうなったの?」
「無事に合格したみたいだよ。貴族入試はもっと前にあったみたいだし」
「へぇー。そっかそっかー。これからはお手紙じゃなくて、毎日カー君に会えるなんて楽しみだね。りっちゃん」
「あはは……。そうだね」
私は何となく気恥ずかしくて、ライエから目を反らして頬をかいた。
かー君ことカイト君は精霊祭の時だけ遊びにくるから、その時に一緒に遊んでいる。
一年に一度しか会えないせいで、彼のことは良く知らないけれど、大事な友達なのは間違い無い。
「好きなんでしょ? カイト君のこと。ちゃんと文通も続いていて、一年に一回会って踊るなんて、ちょっとロマンチックじゃない」
「ち、違うよ。仲の良い友達だよ。一緒に踊ったりはするけど、かー君のこと、私全然知らないし」
「これからは文通じゃなくて、毎日会えるからたくさん知れるんじゃない?」
「うぅっ、らーちゃんの意地悪ー」
「あはは。りっちゃんはかわいいなー」
このやりとりを私は良く覚えている。
お父さんが似たような感じでよくからかわれていた。
私がお父さんに似てきたと、時折お母さんにも友達にも言われる。
嬉しくもちょっと残念な気持ちになった私は、頬をかきながら苦笑いした。
お父さんのことは尊敬しているけど、からかわれるところまで一緒になるとは思っていなかった。お父さん相手なら、まだ私の方がからかっているんだけどなぁ。
「だって、考えてみてよ。りっちゃん学校の男の子だけじゃなくて、女の子にまで告白されたのに、みんな断ったじゃん」
「あはは……そんなこともあったね」
「精霊祭で求婚に来た貴族の人も一瞬で振ったし。ダイヤの指輪まで用意してくれてたのに」
「会ったばかりで我が妻になれとか、そんな人お金がいくらあっても願い下げだよ。後、ダイヤくらい自分で作れるし。お父さんみたいに、天然で真面目過ぎるのもちょっと考え物だけど」
「相変わらずトウル師匠が大好きだね」
「うん。リーファに生きる世界をくれた大切なお父さんだもん」
だから、ミスティラさんがお母さんになると知った時は嬉しかったけど、お父さんが取られるみたいで、ちょっと悔しかった。
ちゃんとお父さんは私のことを大事にしてくれているから、結果的には良かったのだけれど、悔しかったというのも私の大事な感情だ。
「トウル師匠が恋敵だと大変だねぇ」
「あはは……。そういうのじゃ無いんだけど……」
「大学は貴族ばっかりだし、トウル師匠みたいな人は少なそうだしね」
ライエの言う通り、私はどこかでお父さんと比べる癖がついているのかもしれない。
私は貴族の地位やお金に特別な興味は無い。
貴族であるだけの相手なら、私はこれからも平気で断り続けると思う。
「リーファお待たせ。って、ライエも来てたかちょうど良かった!」
噂をすれば影があるという言葉の通り、お父さんが二階から降りてきた。
黒い髪に琥珀色の瞳はずっと変わっていない。変わったとすれば表情がまた柔らかくなった気がするぐらいだ。
「トウル師匠! 不肖ライエ。無事合格しました!」
「おめでとうライエ。一生懸命がんばったかいがあったな。これからは錬金術の毎日になるけど、きっと楽しい日々が待っている。楽しんで頑張ってくれ」
「はい! といっても、まだまだ師匠にお世話になりますけど」
「ライエは性格変わったよ。もう騎士リーファの護衛は必要ないかな?」
「あー、それはまだ欲しいかもです。やっぱり、りっちゃんが一番頼りになるし」
調子の良いライエに私もお父さんも苦笑いしている。
男の子に追いかけ回されていた頃に比べれば、本当に随分と明るく、強くなったとずっと一緒にいた私も思う。
笑っていたお父さんはハッと何かを思い出したかのように、ポシェットをあさると、私達に小さな箱を渡してくれた。
「それじゃ、そんな二人にこれ。俺からの入学祝いだ」
「あ、腕時計だ」
桐の箱の中で、銀色の腕時計が針を刻んでいる。
「んー、どんな仕組みを付加したんだろ?」
「トウル師匠の作った物だし、またとんでもないものだったりして。空が飛べる時計とか?」
私とライエは時計を受け取った瞬間、腕につけるのではなくどのような仕掛けがなされているかをあらゆる角度から眺めて、探った。
「はは。二人ともさすが錬金術師だな」
「んー、あっ、横のボタンに通話って書いてある。これ、あの人形と同じで通話機能ついてるの?」
「正解。良く分かったなリーファ。二人の時計を同期してあるから、いつでもどこでもお喋りが出来る。帰りは一緒に帰るだろうから、それでちゃんと待ち合わせてくれ。迎えにいけない俺の代わりと言ってはなんだけど、この時計を二人に合格祝いとして贈るよ」
やっぱりお父さんは昔から何も変わらず心配性だ。
でも、そんなお父さんの気持ちが私はとても嬉しかった。
お父さんの娘でいても良いんだと、勇気と安らぎが貰える。
「ありがとうお父さん。大事にするね」
「ありがとうございます師匠。大事にします」
私達のお礼にお父さんは照れた笑みを見せてくれる。
私が言うのも何だけど、お母さんがお父さんをからかいたくなる気持ちが良く分かる。
小さい時は気がつかなかったけど、お父さんの笑顔は可愛げがあって、いじめたくなったり、ずっと見ていたくなるんだよね。
「あぁ、店の商品を二人にも作って貰ったお礼も込みだ。ライエの作った道具もしっかり売れてるぞ。使い勝手も悪くないって褒められてた」
お父さんの言葉でライエの顔が明るくなった。
ライエも私と一緒に簡単な薬やクッキーを作っている。
後は服のデザインをするのが好きみたいで、防寒用のマフラーや手袋をたくさん作っては売っていた。
最初はお父さんと私だけの工房だったけど、ちゃんとライエも仲間入りを果たしていた。




