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賢者の錬金工房~田舎で始めるスローライフ~  作者: 黒縁眼鏡
最終章:錬金術師、選択する
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レベッカEND

 宴も盛り上がりを見せる中、ジライル村長に酒をしこたま飲まされたトウルは宴会会場から抜け出していた。

 宿から抜け出したトウルは宿屋の庭にあったベンチに座り、外の風に当たって休んでいた。

 初夏の夜は涼しい風が吹いていて、少しひんやりとした感触がお酒と料理で火照った身体にとても心地よい。

 一人で色々物思いにふけったり、自分の気持ちと向き合うには良い夜だった。

 村長が決めないことが人を傷つけると言った言葉と、リーファがお母さんを連れてきてと言った言葉を思い出し、トウルは目を瞑った。


(誰かを決めたのなら、早く言わないといけないよな……。きっとリーファはもう俺の気持ちを分かっているから、お母さんを連れてきて。なんて言うんだろうし)


 トウルも完全に自分の恋心を自覚している。魅力的な三人に囲まれた上で選ぶことはすごく難しかった。

 それでも、村長の言った通り、二人きりの時間を過ごしてみて、決めることが出来た。

 中央から帰った日、どうしても消えない、消すことの出来ない気持ちがトウルの中に生まれた。

 後はいつ自分の気持ちを伝えれば良いのか。それだけの問題だった。

 どうやってもう一度二人きりの時間を作れば良いか、そんなことを考えながら、トウルが空になった酔い醒ましの瓶を持って涼んでいると、誰かの足音が近づいて来た。


「あっ! 先輩こんな所にいた! 探したんですよ!」

「あ、レベッカ? 探してくれたのか?」

「はい。そりゃもう中央からわざわざ来たくらいですし!」

「あはは……。リーファのためにありがとうな。俺は酒が抜けるまで、少し休もうって思ってさ」

「なら、私も休んでいきますね。隣良いですか?」

「あぁ、もちろん」


 トウルがベンチの真ん中からちょっと左によると、レベッカはトウルから少し距離を離して座った。


「というか、レベッカもよく中央から来られたな」

「ふふん。私をなめないでください。高速列車の改良は日々進んでいるのです! それと、リーファちゃんが先輩と一緒に帰ったのを見れば、こうなることは予測できるんですよ」

「やるなぁ。さすが国家錬金術師。また腕を上げたな」

「そりゃ、先輩に追いつけ追い越せですからねー」


 レベッカがどや顔をトウルに見せつけてくる。

 この負けず嫌いな雰囲気が最初は苦手だったけど、一生懸命追いかけて来る様子が段々と可愛く思えるようになったんだ。

 自分と対等か分野によっては自分以上の腕と発想を見せてくれる彼女に、トウルは何度も魅せられた。


「追いつかれないように俺も頑張らないとな」

「むー、先輩はやはり負けず嫌いですね。まだ私の前を行くつもりですか」

「お前が言うなよな」


 レベッカのふくれっ面が可愛くて、トウルは彼女の額をつっついた。


「あいたっ。何するんですか先輩?」

「まだ俺を中央に連れ戻そうとしてる?」

「そりゃーそうですよ。もっと先輩と一緒に色々な物作ったり、勝負したり、遊んだりしたいですもん。私だけあの子達と違って、毎日会えないし」


 顔を赤く染めたレベッカがそっぽを向いてしまう。

 大分雰囲気が明るい方へと変わったと思ったのに、根本は変わっていないようだ。

 だからこそ、トウルは落ち着いてレベッカと接することが出来た。


「なぁ、レベッカ。今から一勝負しないか?」

「勝負ですか?」

「あぁ、より相手を驚かせた方が勝ち。って勝負だ。勝った方はお願いを一つ聞いて貰うっていうのはどうだ?」

「面白いですね。良いですよ! お題は何ですか?」

「何でもあり」

「分かりました。ちょっと時間をください」


 レベッカは俺の隣でうんうんと唸ると、ポンと手を打った。どうやら何かを決めたらしい。


「あ、そうだ。ゲイル局長から伝えて欲しい大事な伝言を預かっていたんでした」

「新しい仕事か?」

「はい。先輩にどうしてもやって欲しい仕事があるそうです」

「んじゃ、勝負よりそっちが先だな」

「分かりました。こほんっ」


 レベッカは咳払いをすると、真っ直ぐトウルの目を見つめてきた。


「ゲイル局長がリーファちゃんを嫁にしたいと言っていました。先輩には育ての親として、是非挨拶をして欲しいと」

「あのっクソ狸っ!? 絶対にリーファはやらねぇぞ!」

「あはは。メチャクチャ驚きましたね先輩」

「はっ! しまった……今のがレベッカの驚かせるネタか……」

「本当に先輩はリーファちゃんに甘いですよねー」


 つい我を忘れたトウルは顔を真っ赤にして俯いた。

 考えてみれば、ありえる訳が無い。酒に酔って思考がおかしいせいか、つい条件反射的にやってしまった。とトウルは頭を抱える。


「で、先輩はどんなことで私を驚かせてくれるんですかー? ふふーん、まぁ、ここまで驚かせたら、先輩に勝ち目は無い気もしますけどね」


 トウルがレベッカの扱いに慣れたように、レベッカもトウルのことを良く理解していた。

 それが悔しくておかしくて、トウルは呆れたように笑った。


「あはは……」

「先輩、どうしたんですか?」


 心配そうに声をかけてくるレベッカの声を聞いて、トウルは顔をバッと上げる。


「俺は君が好きだ。レベッカ」

「はいっ! 私も大好きですけど! え? 先輩今なんて言いました?」


 トウルの言葉にレベッカは反射とも思える素早さで応答したが、すぐさまきょとんとした顔でトウルの顔を見つめてきた。

 完全に思考が固まっているのか、トウルの目を見つめたまま、レベッカの目は瞬きすらせずに止まっている。


「先輩……?」

「これは俺の勝ちかな?」

「へ、あれ? あ、そっか。これは夢ですね? 先輩が私のことを好きって言ってくれたような?」

「本気で言った」

「あ、なら、いつもの思わせぶりな台詞ですね! 酔っ払っているからって、何でも言って良いと思わないで下さい先輩!」


 レベッカに怒られたトウルは小さく笑うと、満点の星空を仰いだ。


「先輩?」

「んー、もう少しの間、レベッカには追いかけて貰いたかったんだけど、ちょっと我慢できなくてさ」

「えっと?」

「今すぐ横で一緒に歩いて欲しくなったんだ。知らない間にどこか遠くへ行ってしまうのが怖くて」


 トウルの言葉に、レベッカは素早く瞬きをしたまま、トウルを見つめ続けていた。


「最初はうるさくて面倒臭い後輩だと思ったんだけどな」

「あうっ……すみません……」

「でも、気付いたらそうやって本気で追いかけて来てくれるのが嬉しかった。お互いに本気と本音を出して、錬金術で張り合える相手は初めてだったんだ」

「私も……先輩が初めてでした。いっつもなんだかんだで受け止めてくれる先輩に追いつきたくて、必死に努力してきました。私のしたことを見て貰えて、褒められることが嬉しくて、背伸びしようと頑張りました……」


 その頑張りをトウルは知っている。

 花火の件も列車の件もレベッカはいつだって、元居たところより前に進もうとしている。

 その頑張りとひたむきさは、誰よりも輝いて見えた。


「俺は知ってたよ。レベッカが頑張ってたこと。俺と同じくらいか、いや俺以上に頑張ってたこと」

「先輩……」


 トウルはまだほんのり熱の残る頬をかきながら答えた。

 身体が熱いのは酔っ払っているからだけじゃない。

 隣で彼女の頑張りを見られる未来を想像するだけで、胸が高鳴るせいだ。


「レベッカ、俺は君と一緒にいたい。君を誰かに奪われたくない。だから、俺の恋人になってくれ」


 トウルは彼女の名前を口にすると、真っ直ぐレベッカの目を見ながら自分の気持ちを伝えた。


「な、なんだか夢でも見ているみたいなので、ついでに2つほどお願いしても良いですか?」


 レベッカは耳まで真っ赤にした顔で、トウルを見上げながらボソボソと呟いた。

 その言葉にトウルが頷くと、レベッカは恐る恐るといった感じでゆっくり唇を動かし始める。


「あの……その……。今度は耳元で私のことを好きって言って貰って良いですか?」


 トウルは無言でレベッカを抱きしめると、彼女の耳元に唇を近づけ、告白の言葉を囁いた。


「好きだ。レベッカ」

「は、はぅぅ……」


 気の抜けた声を出したレベッカがトウルに全体重を預けてくる。

 何とかレベッカが倒れないように、トウルが彼女を受け止める。

 すると、レベッカは力の抜けたような声をトウルの耳元で囁いてきた。


「あ、後ですね先輩……。キス……してください。この夢がさめる前に……」


 まだ夢だと思い込んでいるレベッカに、トウルは小さく笑う。

 そして、トウルはレベッカの身体を支えると、自分の唇をレベッカの唇にゆっくりと重ね合わせた。

 人体でもっとも敏感な一部である唇が触れあっている。

 頭までとろけそうな唇の痺れに、トウルは息が止まった。目も開くことが出来ない。まぶたの裏に映っているのは真っ赤な顔で、目を思いっきり瞑っているレベッカの顔だった。

 月も雲に隠れていて、宿屋の中から漏れる光が重なる二人を淡く照らす。

 永遠に続いて欲しいと思った一瞬の出来事は、レベッカが大きく息を吸う音で終わりを告げた。


「おかしいな……夢ならいつもここで醒めるのに……まだ先輩が目の前にいる」

「あぁ、俺はここにいる。レベッカはこの後また中央に戻るんだろうけど、またこっちにきて欲しい。俺からも会いに行くし、手紙も必ず送る」

「……夢じゃ無いんだ」

「レベッカ。答えを聞かせて貰っていいか?」


 トウルがレベッカを支えたまま、彼女の目を見つめながら尋ねると、レベッカは悔しそうに頷いた。


「うぅ……悔しいなぁ。勝負、また私の負けじゃないですか」

「あはは。驚いただろ?」

「……ずるいです。でも、負けは負けなので、お願いはちゃんと聞き届けました。でも、ちゃんと抱きしめておいてくださいよ先輩? じゃないと、追い抜いて行っちゃいますからね?」

「あぁ、がんばるよ。天才錬金術師レベッカの恋人に恥じない相手になるためにもさ」

「さすが先輩……。ううん……さすがトウル。大好きです」


 レベッカに初めて呼び捨てにされたトウルは、自分達の関係性が変わったことを改めて認識した。

 お礼以上の言葉はレベッカともう一度唇を重ねて伝えることにした。

 お互いに錬金術師らしく、気持ちを合成する感じで、ゆっくりと優しくふれ合った。

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