クーデリアEND
宴も盛り上がりを見せる中、ジライル村長に酒をしこたま飲まされたトウルは宴会会場から抜け出していた。
宿から抜け出したトウルは宿屋の庭にあったベンチに座り、外の風に当たって休んでいた。
初夏の夜は涼しい風が吹いていて、少しひんやりとした感触がお酒と料理で火照った身体にとても心地よい。
一人で色々物思いにふけったり、自分の気持ちと向き合うには良い夜だった。
村長が決めないことが人を傷つけると言った言葉と、リーファがお母さんを連れてきてと言った言葉を思い出し、トウルは目を瞑った。
(誰かを決めたのなら、早く言わないといけないよな……。きっとリーファはもう俺の気持ちを分かっているから、お母さんを連れてきて。なんて言うんだろうし)
トウルも完全に自分の恋心を自覚している。魅力的な三人に囲まれた上で選ぶことはすごく難しかった。
それでも、村長の言った通り、二人きりの時間を過ごしてみて、決めることが出来た。
中央から帰った日、どうしても消えない、消すことの出来ない気持ちがトウルの中に生まれた。
後はいつ自分の気持ちを伝えれば良いのか。それだけの問題だった。
どうやってもう一度二人きりの時間を作れば良いか、そんなことを考えながら、トウルが空になった酔い醒ましの瓶を持って涼んでいると、誰かの足音が近づいて来た。
「あっれー? トウルさんこんな所にいた」
「あ、クーデ? 探してくれたのか?」
「うん。でも、その様子だともうちょっと休んでた方が良い感じ?」
「そうだな。酔いが醒めるまでもう少し休んでいくよ」
「なら、私も休んでいこうかなー。隣良い?」
「あぁ、もちろん」
トウルがベンチの真ん中からちょっと左によると、クーデリアはトウルの隣にちょこんと腰掛けるように座った。
「リーファちゃん元気そうで良かったね」
「あぁ、みんなのおかげだよ」
「あはは、トウルさんも嬉しそう」
クーデリアが明るい笑顔でトウルに微笑みかける。
子供っぽい明るい表情は、なんとなくリーファに通じる物がある。
それでも時折見せる大人の気遣いや、本質をついた言葉は何度もトウルを救ってきた。
「リーファのことはちゃんと色々決着つけてきたんだ」
「うん。リーファちゃんから、ちゃんと聞いたよ」
「だから、今度は俺自身のことを決着つけないといけないって思ってる。リーファにも後押しされたけど、俺の意志で」
「トウルさんの決着?」
クーデリアが悩んでいる様子で唸っているのが可愛くて、トウルは彼女の頭に手を置いた。
「クーデ、俺は君が好きだよ」
「ふぇっ!?」
トウルの言葉にクーデリアは真っ赤な顔で変な声を出して飛び上がった。
目を左右に泳がせていて、声にならない声を出し続けている。
「え、えっと、と、トト、トウルさん今なんて!?」
「あはは。クーデは可愛いな」
「あーっ! トウルさん酔っ払ってるからって! 私をからかってるんだね!?」
「酔っ払ってはいるけど、そういう訳じゃ無いさ」
クーデリアに怒られたトウルは小さく笑うと、満点の星空を仰いだ。
「トウルさん?」
「クーデは優しいよな」
「え?」
「俺が悩んでいたら、いっつも同じ目線で悩んでくれてさ。クーデには分からないことも一杯あるはずなのに、一生懸命俺の事を考えてくれる。そんな風に誰かのために一生懸命になれるクーデは優しい子だよ」
「あはは……。なんか照れるね。でも、トウルさんも同じだよ。いっつも誰かのために一生懸命だもん」
トウルの言葉に、クーデリアは照れたように笑うと、トウルと一緒に空を見上げた。
「リーファもクーデみたいな大人になるのかなぁ」
「ううん。私みたいになる必要なんてないよ」
「え?」
「リーファちゃんはこのまま真っ直ぐ育って、リーファになれば良いと思うよ。だって、トウルさんの優しさを、リーファちゃんはちゃんと受け継いでるもん。トウルさんと一緒にいればリーファちゃんは立派な大人になれるよ」
クーデリアの言葉にトウルはまた救われた気がした。
「やっぱりクーデが隣にいると、悩みがバカらしくなって良いな」
トウルはまだほんのり熱の残る頬をかきながら答えた。
身体が熱いのは酔っ払っているからだけじゃない。
「ちょっとーそれ褒めてないよー!」
「あはは。褒めてる褒めてる」
不機嫌そうに頬を膨らませてそっぽを向くクーデリアの頭を、トウルはもう一度なでた。
「ちょっとー子供扱いは卑怯じゃない? トウルさん」
「クーデのことを頼りにしてるのさ」
「そういうことにしときます」
トウルの言葉にクーデリアは嬉しそうな笑顔を見せると、腕を組んで頷いた。
「ということで、クーデ。またいつかみたいに相談に乗って貰っていいか?」
「ふふーん。何でもこのクーデさんに聞いてよね。なんたってトウルさんと同レベルだからね!」
クーデリアの様子にトウルは笑いがいよいよ止まらなかった。
この性格、みんながからかいたくなる訳だ。
いつか、トウルは恋人の作り方が分からないと聞いた。
そして、今のトウルもその疑問の答えは持ち合わせていない。
「クーデ、君と恋人になるにはどうしたらいい?」
「ふふーん。それはですね。好きだと告白して、なんで好きなのかも説明してですね。口づけでもしてくれれば」
「なるほど。さっきの告白だけじゃなくて、説明と口づけが必要だったのか」
「って、うわわわわ!? え!? 私!?」
トウルがなるほど。と納得しかけた瞬間、クーデリアはまた盛大に取り乱した。
今にも逃げ出しそうな彼女の手をトウルは掴むと、真っ直ぐ彼女の瞳を見つめながら言葉を紡いだ。
「クーデ、俺は君が思っているより強くないし、これでも不安を感じることも多い。でも、クーデがいると俺は不安なんてバカらしくなってくるし、楽しい気持ちになって全部乗り切れる気になれるんだ。俺には君が必要だ。クーデ」
「トウルさん……それ本気?」
「本気」
「……酔っ払ってるからじゃないの?」
「酔い醒まし飲んだから、もう素面」
トウルが空いた酔い醒ましの瓶を見せると、クーデリアはぷるぷると肩を震わせて声をあげた。
「なら、何でトウルさんそんなに冷静なのさっ!?」
「言っただろ。クーデと一緒にいると不安なんか消える。って。クーデの反応が可愛すぎて、恥ずかしさも不安も吹き飛んだよ」
「っ!?」
「答えを聞くには、口づけも必要か?」
声にならない声を出すクーデリアに、トウルはストレートに尋ねると、彼女は顔を真っ赤にしながら黙って頷いた。
トウルはベンチから立ち上がり、クーデリアの両肩に手を置いてゆっくり顔を近づけていく。
「君が好きだ。クーデ」
そして、その言葉とともにトウルは唇をクーデリアの唇に重ねた。
人体でもっとも敏感な一部である唇が触れあっている。
頭までとろけそうな唇の痺れに、トウルは息が止まった。目も開くことが出来ない。まぶたの裏に映っているのは真っ赤な顔で、目を思いっきり瞑っているクーデリアの顔だった。
月も雲に隠れていて、宿屋の中から漏れる光が重なる二人を淡く照らす。
永遠に続いて欲しいと思った一瞬の出来事は、クーデリアが大きく息を吸う音で終わりを告げた。
「トウルさん……私……」
「うん」
「トウルさんの恋人で……良いんだよね? なって良いんだよね?」
「俺の方からお願いするよ。俺の恋人になってくれ」
トウルがゆっくり頷くと、クーデリアはリーファにも負けない弾けるような明るい笑顔でトウルに飛びついてきた。
「私も大好きだよトウルさん! これからもよろしくね! あ、でも、ちゃんと大人扱いしてよ? 後、あんまりからかってくると、恋人とは言え怒るからねっ」
月明かりに負けないくらい輝いて見える笑顔に、トウルは手を伸ばして優しく彼女の頬に手を触れた。
「ありがとう」
トウルは言いたいことがたくさんあったが、お礼以上の言葉はクーデリアともう一度唇を重ねて伝えることにした。