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賢者の錬金工房~田舎で始めるスローライフ~  作者: 黒縁眼鏡
最終章:錬金術師、選択する
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賢者の錬金工房~ミスティラEND~

 宴も盛り上がりを見せる中、ジライル村長に酒をしこたま飲まされたトウルは宴会会場から抜け出していた。

 宿から抜け出したトウルは宿屋の庭にあったベンチに座り、外の風に当たって休んでいた。

 初夏の夜は涼しい風が吹いていて、少しひんやりとした感触がお酒と料理で火照った身体にとても心地よい。

 一人で色々物思いにふけったり、自分の気持ちと向き合うには良い夜だった。

 村長が決めないことが人を傷つけると言った言葉と、リーファがお母さんを連れてきてと言った言葉を思い出し、トウルは目を瞑った。


(誰かを決めたのなら、早く言わないといけないよな……。きっとリーファはもう俺の気持ちを分かっているから、お母さんを連れてきて。なんて言うんだろうし)


 トウルも完全に自分の恋心を自覚している。魅力的な三人に囲まれた上で選ぶことはすごく難しかった。

 それでも、村長の言った通り、二人きりの時間を過ごしてみて、決めることが出来た。

 中央から帰った日、どうしても消えない、消すことの出来ない気持ちがトウルの中に生まれた。

 後はいつ自分の気持ちを伝えれば良いのか。それだけの問題だった。

 どうやってもう一度二人きりの時間を作れば良いか、そんなことを考えながら、トウルが空になった酔い醒ましの瓶を持って涼んでいると、誰かの足音が近づいて来た。


「トウル様。大丈夫ですか?」

「あ、ミリィか。うん、大丈夫だよ」

「良かった。隣座ってもよろしいでしょうか?」

「もちろん」


 トウルがベンチの真ん中からちょっと左によると、ミスティラはトウルにぴったり寄り添うように隣に座った。


「横にずらした意味が無いんだけど」

「あら? 始めから隣に座ると言いましたわ」

「あはは……そうだったな」


 ミスティラがどこか意地悪な笑顔でトウルに微笑みかける。

 大人っぽいくせに子供っぽくて、好意を感じるのにからかわれる。

 そんな矛盾した印象を受ける彼女らしい魅力的な笑顔だった。

 酔っ払っているせいもあるだろうか。それとも、彼女と二人きりになって誰も今から言う言葉を聞かれないせいだろうか。

 酒の力を借りて意識が少しぼけていたトウルは、今こそが告白にふさわしい二人きりな状況だと思い、素直に言葉を出した。


「ミリィ、俺は君が好きだよ」

「ふぇっ!?」


 トウルがポロッと漏らした言葉に、ミスティラは真っ赤な顔で変な声を発した。

 帽子を被っているのに、耳の端っこまで赤くなったのが良く分かるほど、ミスティラの顔は紅潮している。

 いつもとは逆の立場になったトウルは、嬉しそうに笑った。


「あはは。ミリィも不意打ちには弱いんだな」

「も、もうトウル様! 酔っ払っているからって調子に乗りすぎです」

「あぁ、そっか。そうだなぁ。こういうのはちゃんと素面で言わないとダメだよなぁ……」


 ミスティラに怒られたトウルはどこか納得したように頷くと、満点の星空を仰いだ。

 最初に好きだと言ったのも彼女に対してだった。あの時とは随分と気持ちが変わっている。

 酔っ払っているせいかトウルの口から、言葉がするするとこぼれ落ちていく。


「トウル様?」

「ミリィは不思議な女の子だよなぁ」

「それ褒めてます?」

「うん。褒めてるよ。俺の知らない魔法が使えて、冗談なのか本気なのか分からなくて、いっつも俺の理解を超えてくる」

「あはは。女の子って分かりにくいものですよ。嬉しかったり、恥ずかしかったり、友達に気を遣ったり、むっとしたり、色々な気持ちがあるのが女の子ですもの」


 トウルの回答に、ミスティラは呆れたように笑い、トウルと一緒に空を見上げた。


「リーファもいつかそうなるのかなぁ」

「ふふ。女の子ですもの。トウルさんに隠し事をしたりする日も来ますよ」

「うわー……傷つくなぁそれ」


 リーファにお父さんなんか嫌いだとか、ついてこないでとか言われたら、寝込みそうだとトウルは冗談ながら思った。


「ねぇ、トウル様。話の脈絡が飛んでますけど、まだ酔っ払ってます?」

「うん。まだ少し抜けてないかな」


 トウルはまだほんのり熱の残る頬をかきながら答えた。

 体調がおかしいし、多分まだ酔っ払っている。


「ふふ、なら今のうちに。トウル様、私はこれでも恥ずかしがり屋ですし、臆病です。私を受け入れてくれる人かどうか、わざと嫌味を言って確かめています。最初に玉の輿に乗れるって言ってみましたけど、トウル様は態度を変えずに受け入れてくれました。その後も、からかい続けてみましたけど、トウル様はやっぱり私を受け止めてくれました」

「あれ、やっぱりわざとだったのか」

「はい。後はからかわないと、恥ずかしくて言葉に詰まっちゃいそうでしたから」

「余裕たっぷりに見えたけどなぁ」

「ふふ、それはそれ。これはこれです。余裕を持った振りしないとすぐボロが出そうでしょ? 素直になれれば良かったんですけど、そう簡単なことじゃないですし」

「あぁ、うん。素直になるのは難しいよなぁ……俺も最初はそうだったし」

「ふふ、実は似た者同士かもしれませんわね」


 ミスティラの言葉にトウルは夜空を見るのを止めて頷いた。


「だからかなぁ。俺がミリィを好きになったのは。気遣いはすごく出来るくせに、素直になれなくて人を試してまで自分を守ろうとするミリィのことを、俺は一生守りたくなった」

「っ!? けほけほ。あはは……。今夜は本当に不意打ちしてきますね。でも、酔っ払いに告白されても嬉しくありませんよ。そんなお酒の勢いだけに頼った情けないトウル様は嫌いです」


 トウルの告白はまたしてもあっさり流された。

 それも嫌いと言われてまで断られたら、どうしようもない。

 これ以上墓穴を掘らないように、トウルが立ち上がろうとすると、ミスティラが袖を掴んだ。


「ふふ。情けない告白の仕方をするトウル様は嫌いですけど、情けないトウル様をからかうのは大好きなので、逃がしませんよ?」

「あはは……どっちにせよ墓穴だったか」

「ふふ、酔っ払って告白した時点で墓穴を掘っていたんですよ」


 ミスティラの笑顔にトウルはため息をついて、ベンチに座り直した。

 いつだって彼女の方がトウルより一枚上手だ。

 でも、そのからかいの奥にある好意を、トウルはもう受け逃すことは無かった。

 だから、もう後は時間稼ぎだ。


「なぁ、ミリィ……」

「なんでしょう?」

「俺は錬金術のことなら大体分かるんだけど、その他のことはさっぱりなんだ」

「ふふ、そうですね。雪合戦の時も普通に投げたら全然飛ばなかったですもんね」

「うぐっ……良く覚えてるな」

「忘れる訳がありません。精霊達の魔法を使って全力で応戦したのは、後にも先にもあれっきりでしたから。すごい大人げなかったですトウル様。楽しかったですけれどね」


 話が思い出話になってトウルは咳払いをした。

 聞きたかったのはそういうことではなかった。


「だから、俺は分からないんだ。……恋人が出来ても友達は友達のまま会っても良いのかな?」

「良いと思いますよ。友達は大事にしてください。それに……」


 トウルが恐る恐る尋ねると、ミスティラは普通に頷いた。

 そして、ミスティラが今にも悪戯をしそうな笑顔で、トウルに顔を近づけると、人差し指でトウルの鼻をつついた。


「私だけを見て欲しいという気持ちもありますけど、好きな人がもてるというのも嬉しいものですよ。どちらが強いかは人によりますけどね。あ、後、私も友達くらいいますし、会うなと言われたら困りますし、幻滅しちゃいますよ?」

「そういうもんか」

「私の考えは。ですけれどね」


 そう言ってミスティラが離れると、彼女はベンチから立ち上がった。


「まぁ、トウル様の恋人や奥様がどのように考えるかは分かりませんけどね」


 明るい口調で言い切ったミスティラはトウルに背を向けており、彼女顔はトウルからは見ることが出来なかった。


「ミリィ」


 今度はトウルが彼女に手を伸ばした。

 彼女を逃がさないように、コロコロ変わる心を掴みに行くように、そして、自分の心が望むままに手を掴む。

 手を掴まれたミスティラは不思議そうな表情を浮かべて振り返った。


「どうしましたトウル様?」

「俺は君のことが好きだ。その……いつかミリィの言っていた恋人になって欲しい」

「トウル様、まだ酔ってるんですか?」

「いや、酔い醒ましが効いて、完全に素面だ」


 トウルは空いた瓶をミスティラに向けると、真っ赤な顔でそっぽを向いた。

 シャル婆様に閉じ込められた日、ミスティラに言われた言葉がトウルの頭の中にずっと残っていた。

 あの時のキスの感覚も、トウルのことを好きと言ってくれた言葉も、恋人になりたいと言われたことも、ずっと消えない思い出として残っている。

 冗談だと思い込んでも、本気であって欲しいと願ってしまった。

 だからこそ、トウルはわざわざミリィの言った恋人と言った。


「ふふ。その照れっぷり。確かに素面ですね。てっきり悪い冗談かと思いました」

「……メチャクチャ恥ずかしいよ。さっき言ったことも覚えているし……。その……一生守るっていう言葉も……」

「トウル様。手離して貰えますか?」

「あ、ごめん」


 手をほどかれたミスティラが、体の向きを変えてトウルの真正面に立った。


「トウル様。私も頑張って素直にお気持ちをお伝えします」

「……うん」

「勘違いしないで頂きたいのですが、私はトウル様が好きではありません」


 トウルはただ無言でミスティラの目を見つめ続けていた。

 緑色の瞳は星空によく映える。


「大好きです。優しいトウル様が、捻くれた私を受け止めてくれるトウル様が、この上なく、どうしようもなく、仕方が無くなるほどに、お慕いしております」

「ミリィ……」

「だから、もう一度聞かせて下さい。不意打ちじゃなくて、しっかり私が受け止められるように」


 いつにもなく真剣なミスティラの表情に、トウルは目を反らさず言葉を紡いだ。


「君が好きだ。ミリィ、俺の恋人になって欲しい」


 今度の言葉はミスティラの言葉を借りた訳ではなく、トウル自身の言葉だ。

 一気にトウルの心を塗りつぶしてきた彼女に、トウルは自分の気持ちを隠さずさらけ出した。


「ごめんなさいっ! やっぱり無理です!」

「えぇっー!?」


 ここまで雰囲気を作って断られたことに、トウルは大声をあげた。


「っ!?」


 だが、その声はすぐにミスティラの口で塞がれた。

 人体でもっとも敏感な一部である唇が触れあっている。

 頭までとろけそうな唇の痺れに、トウルは息が止まった。目も勝手に閉じていた。まぶたの裏に映っているのは真っ赤な顔で、目を思いっきり瞑っているミスティラの顔だ。

 月も雲に隠れていて、宿屋の中から漏れる光が重なる二人を淡く照らす。

 いつしか言っていた続きは、恋人になった人としたいというトウルの言葉を、ミスティラが覚えていてくれたとしたら、きっと告白の答えはこの口づけだった。

 永遠に続いて欲しいと思った一瞬の出来事は、ミスティラが大きく息を吸う音で終わりを告げた。


「……ぷはっ! もう、トウル様の告白が恥ずかしすぎて、つい照れ隠ししてしまいましたわ。照れ隠しするのを我慢しようかと思いましたけど無理でした」

「今のが照れ隠し!? ミリィの方がよっぽど恥ずかしいことしたぞ!?」

「ふふ、どうでしょうか?」


 ミスティラがウインクを飛ばしながら、人差し指を唇に当てて余裕の笑みを浮かべている。

 その顔を見ていたらトウルの頭は酷く混乱し始めた。


「え、あれぇ……。おかしいな。何か俺の方が恥ずかしくなってきた……」

「ふふ、やっぱりかわいいですね。トウル様。ふつつか者ですが、これからもよろしくお願いします」


 ミスティラがトウルに手を差しのばしながら、告白の返事を返してくれた。


「うん。よろしく。ミリィ。って、っ!?」


 その手をトウルが握り返そうとすると、ミスティラは急に手を引っ込めた。


「大好きです。トウル様」


 代わりに彼女は全身でトウルの胸元に飛び込んで、抱きついてきた。

 やはり予測不能な彼女の一挙一動にトウルは振り回されている。

 ただ、それもまた悪くないと思っていた。


「ありがとう」


 トウルは言いたいことがたくさんあったが、お礼以上の言葉はミスティラを抱きしめることで伝えることにした。



 リーファのおかえり会も終わり、トウルはリーファと工房に帰った後、一緒に温泉につかっていた。


「リーファ。伝えないといけないことがある」

「うん?」

「ミリィと恋人になった」

「そうなんだ! おめでとうお父さん!」

「ありがとう」


 リーファが勢いよく湯船から立ち上がり、お湯がトウルの顔にかかる。

 それでもトウルは笑っていた。

 リーファが喜んでくれたことが、彼女の成長がとても嬉しかったからだ。


「リーファ。だから、これだけは伝えておきたかったんだ」

「うん?」

「リーファは俺の大事な家族だ。何があってもそれは変えない。いつだってここが、この家が、俺のいる場所がリーファを受け入れる。だから、リーファ。これからもずっと一緒だ」

「えへへ。ありがとうお父さん」


 言葉で言わなくても分かる言葉でも、伝えることが大事なのだ。

 家族だからこそ、誤解が生まれないように伝えないといけない時もある。

 リーファの表情は、伝えて良かったと思わせる柔らかい笑顔だった。


「それとな。俺もリーファに甘えることがまだまだあるかもしれないし……」

「えへへ。知ってるよー。お父さん意外と寂しがり屋だもんね。それに、リーファがいないと工房のお客さん減っちゃうし」

「あはは。確かにリーファ目当てのお客さん多いもんなぁ」


 リーファが学校に行き始めてから、少し客足が減ったのは事実だ。

 それにリーファを指名するクッキーや簡単な道具の依頼は結構多い。


「お父さん。これからも錬金術教えてね。らーちゃんと一緒に、立派な錬金術師になりたいから」

「あぁ、もちろん」

「あのね。お父さん」


 リーファはトウルの前に立つと、両手をトウルに差し出してきた。


「ん?」

「ぎゅってしてー」

「あぁ、もちろん」


 トウルはほぼ裸なのに、ミスティラの時とは違って、リーファを抱きしめてもドキドキはしなかった。

 かわりに胸の奥底から暖まるような安心感が心を満たしている。

 そんなトウルの心の反応は間違い無く、家族愛で作られていた。


「お父さん大好き」


 そう言って、リーファはトウルの頬に口づけをした。

 きっとこの気持ちは材料は愛の言葉だけじゃない。積み重ねた信頼と想い、不安と安心、そして、互いを思い合う愛情。そういう物を一つ一つ混ぜ合わせて、簡単にはほどけないように結びつけて、心で錬成して出来た物だとトウルは思った。

 つくづく自分の考察は職業病のようだと、トウルは笑ってしまう。

 でも、それで良いと思えた。


「あぁ、俺もリーファのことを愛している」


 シンプルながらも様々な思いを込めて、トウルはリーファの頭をなでながら答えた。

 そして、この先もずっと続く絆を信じて、トウルはリーファの頬にキスを返した。



 王国最北端の村に、凄腕の錬金術師の親子がいる。

 誰が呼んだかは知らないけれど、その工房のあだ名は多くの人に知れ渡る。

 その名もカシマシキ村、《賢者の錬金工房》。

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