初めての看病2
トウルは大急ぎで設計図を引き、錬成に成功すると、両手一杯に物を持ってリーファの部屋に戻った。
「とーさん? けほっ……どうしたの?」
「あぁ、ちょっと色々とな。まずはベッドの中にこのスライムカイロを入れる」
「あはは。ぷにぷにしてあったかい。ばーさんのお腹みたい」
石の状態では固すぎて、寝返りを打ったときに怪我をするかもしれない。そう判断したトウルはわざわざ錬金術で形態を変化させたのだった、
さわるとぶよぶよする丸いボールは、人肌ほどの暖かさを放っていた。
「そして、次はこれだ。林檎をベースに錬成で他の栄養を足した栄養剤だ。食べるのが気持ち悪くてもこれを飲め」
「よかった。これは甘いからリーファでも飲めたよ」
コップの中に入っていた分をリーファが飲み干すと、少し笑ってくれた。
その笑顔のおかげで、やったことは間違っていなかったと、トウルもようやくホッと出来た。
「ふふん。当然だろう。ちゃんと等級もA級で作ったんだからな。おかわりもあるから、欲しくなったらどんどん飲むと良い」
「あのね。とーさん」
「どうした? 困った事があったら言って見ろ」
「汗でべとべとして気持ち悪いの。ふいて?」
「あ、あぁ、でも暖かくしろって言われたからな。よし、分かった。ちょっと待ってろ。すぐ温タオルを作るから」
一瞬ドキッとしたが、相手は子供だ。何を慌てる必要があると、トウルは自分に言い聞かせた。
「タオルも錬成するの?」
「ぷっ。あはは。タオルをお湯につけるだけだよ。リーファは早くも錬金術師の職業病だな」
「えへへ……」
トウルはリーファの言葉がおかしくて仕方無かった。
この子は本当に錬金術師になれる才能がある。
こう言われてしまっては錬金術師としての対抗心で、本当に温タオルを錬成しようかとも思った。
トウルは大分落ち着いた気持ちで温泉のお湯を桶で汲むと、桶ごと部屋に持ち帰った。
「服脱がすぞ。あんまり動くなよ」
「……うん」
リーファがもたれかかることが出来るように、トウルはベッドに座った。
後ろから抱きかかえるような形でトウルがリーファを支えると、トウルはゆっくりとリーファの服のボタンを外していった。
「リーファ。腕をあげるからな」
上着を脱がし、中に着ていた木綿の長袖シャツも上から引っ張り上げるようにして、すぽんと引き抜いた。
白いキャミソール型の下着姿になったリーファは小さく咳をしてしまう。
「熱かったら言えよ」
「……うん」
トウルは左手でリーファの肩を支えると、右手に持った温タオルでゆっくりリーファの身体を拭き始めた。
本当に小さくて細い身体だ。
それがリーファに触れたトウルの最初の感想だった。
二の腕は大きめな手で握れば、親指と人差し指がくっつきそうだ。
「ひゃぅ」
「ど、どうした? 熱かったか?」
「とーさん。くすぐったい」
「あぁ、そりゃ、脇の下ふいているからな。ちょっと我慢して」
突然ぴくっと震えたリーファにトウルは驚いた。
右腕をふきおわって、ちょうど腕の付け根から胸の横にかかるカーブを拭いていたあたりだ。
「はうぅ……」
「よし。これで良し。今度は首と背中な。もうちょっとだ。我慢してくれ」
お湯で暖め直したタオルを今度は首元に近づけていく。
髪の毛を濡らさないように、持ち上げるとひんやりとした雪を触っているような感じがした。
「綺麗な髪だな」
「えへへ……。みんな綺麗って言ってくれるんだ。村にぴったりだって」
「そう思うよ。雪の降る村にぴったりな色だ」
トウルは露出しているリーファの白い肌に軽くタオルを押し当て、細心の注意で手を滑らせた。
「背中めくるからな」
トウルはキャミソールの裾をつまみ上げると、空いた隙間にタオルと手を差し込んだ。
かなり汗をかいていたのか、手に触れた布はほんのりと暖かく湿り気がある。
着替えさせる必要があるけど、まずは全身拭いてあげてからか。
トウルははやる気持ちを抑えて、ゆっくり丁寧にリーファの背中をぬぐった。
「よし。今度は左腕な。またくすぐったいかもしれないけど、我慢しろよ」
「……うん。ふ、ひゃぅ」
リーファはトウルの言いつけを守って、必死に我慢しているようだった。
脇の下に触れてもふるふる震えながら声を漏らすだけで、動き回る様子はない。
「よくがんばったな」
「うん……リーファがんばった」
「前は自分で拭くか?」
「……とーさんがふいて?」
「ったく、仕方ないな」
女の子がお願いするものじゃないだろう。とトウルは思ったが、風邪をひいた子供相手に言っても仕方の無いことだ。
頼りにされているのなら、受け止めてあげるのが錬金術師と大人としての仕事だろう。
キャミソールの下の無垢な身体に、トウルの手が入っていく。
「あったかい……」
「温泉があってよかったな」
「……うん」
胸元から腰まで拭き終えたトウルは、リーファを横にするとズボンを脱がせて脚を拭き始めた。
月明かりに照らされたリーファの肌はほのかに青白く、高級な陶器のように美しかった。
「着替えはどこにある? 下着とパジャマだ」
「そこの棚の一番下と、その上」
「わかった」
トウルは下着と寝間着を取り出すと、リーファの下着を取り替えて、ゆったりとした寝間着に着替えさせた。
これでやれることはやったはずだ。
「ねぇ……とーさん」
「まだ何か必要な物があるか? 無かったらすぐ錬金術で作るぞ」
「手……にぎって」
ベッドの横からリーファが手を出してきた。さすがのトウルも握手用の手を錬成しようとは思わない。
明るく振る舞っていたものの、リーファはもっと人に甘えてもおかしくない年齢だ。
孤児というのもあって、いつも強がっていたのかもしれない。
風邪で弱気になってようやく甘えられるくらい強い子なのだろうと、トウルは考えた。
「仕方ないな。ほら」
トウルは近くにあった椅子をベッドの隣に移動させて座ると、リーファの手を軽く握った。
普段の態度が強がりだったと思うと、トウルはリーファがどこか自分とまた重なった。
どんなに周りの人間関係に不安と不満があっても、トウルは顔に出すこと無く、学校に行き続けたし、仕事もしてきた。
それと同じ事を七歳の少女がやっている。
トウルはまるで自分自身の手を取ったような気持ちで、握ったリーファの小さな手を見つめた。
「えへへー。ねぇ、とーさんのお話してよ。とーさんはどんな村にいたの?」
「俺の話か? つまんないぞ」
「それでも聞きたい」
風邪をひいているはずなのに、リーファは期待に満ちた目線をトウルに向けていた。
まぶしいとすら感じそうな視線に、トウルはため息をつきながら目を反らした。
「んー……俺はずっと中央にいたんだ。リーファぐらいの歳で錬金術師の師匠の弟子になって、三年色々教えて貰ってから、錬金術を学ぶ学校に行ってた」
「学校?」
「あぁ、十歳から十四歳までの間の四年間、貴族の人達にまぎれて通ってたんだ。錬金術を学ぶには金がかかるからな。奨学金を貰い続けるのは大変だった」
「中央にはいっぱい人がいるんだよね? 友達たくさんできた?」
「いや、全然できなかったな。俺は飛び級な上に平民の出だから、妬む奴も多かった。そいつらを見返すために勉強だけを頑張ったら、いつの間にか学校で一番になって、賢者の石を作ったら一人で卒業してたよ」
「へー。それじゃ、リーファがとーさんの最初のお友達だね」
トウル自身がつまらないと思っていた話で、なぜか嬉しそうにリーファは笑っていた。
その笑顔に釣られて、トウルも頬が自然と緩んでいた。
初めて出来た友達がこんな子供というのも、どこか情けなくて、悲しかったけど、トウルは胸の辺りが暖かくなるのを感じていた。
「そうだな……。そうかもしれない……。俺は一人でやってきたから……」
「えへへ。リーファも錬金術を覚えるために学校いくの?」
「そうだな。リーファは賢いから、俺より早く卒業できるかもな。でも、今は頑張って風邪を治せ」
「うん」
目を瞑ったリーファはすぐに穏やかな寝息を立て始めた。
そんなリーファの姿を見ていたトウルは、村に来てから、昔のことをよく思い出すな。と独り言を頭の中で呟いた。
(そう言えば、国家試験を合格すれば資格が貰えるんだから、錬金術専門の学校に行く必要なんて無かったのに、師匠に行かされたんだったよな。あの時は、人を学びなさい。って言われたんだっけ)
錬金術師の資格をとっても、分からないことだらけだ。
風邪を一つひかれただけで、ここまで右往左往してしまった。
「お父さん……」
「どうした?」
「お母さん……どこ?」
「寝言……か。ややこしいんだよ。普段とーさんって呼ぶから」
トウルはため息をつくと、リーファの手を両手で握り、目を瞑った。
(今日ぐらいは一緒にいてやるか。だから早く元気になれ)
何となくそう祈ってやりたい気分にトウルはなっていた。