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熱は冷めない



帰り道、セスは今日1日を振り返る

魔法に関しての免疫が付いたと思えば、その認識が甘いと思い知った

目眩のしそうな程驚く事がたくさんあった


そう思った所で、本当に目眩がしていることに気付いたが少し遅かった


「ちょっ!セス!?」


珍しくベスの上ずった、慌てたような声を聞いた気がする


「こんな所で倒れないで!もう少しですから歩いて下さい!」


呼び捨てにはなったが、敬語が混じる喋り方はコイツの癖だろうか?

そんなどうでもいいことを考えて、そこでセスの思考は途絶えた



******************************



俺は本当にタイミングが悪いらしい


ライアン・サバティエ


彼は自分の住む古い洋館風のアパートの前で立ち止まった

アパートは直ぐそこだが、そこに続く門の前で同じクラスのベステモーナ・アレンスキーが、ブラッドの隣人、セス・クロウリーを担ごうとしている所に出くわした


セスは何故かぐったりとしている

ベステモーナはブラッドに気付いたようで、気の強そうな青い瞳と目が合う


「サバティエ君、貴方にお願いがあります」


お願いと言っているが、それを断らせない何かが彼女にはあった


(俺は本当にタイミングが悪い………)


軽薄な弟、ディーンよりも少しだけ早く生まれたせいであいつの兄として尻拭いをさせられて来た

それは決まっているかの如く

………ライアンはタイミングが悪かった



********************************



ドサリと、ライアンはセスをベッドに寝かせた


ここは勿論、セスの部屋だ

ベステモーナはセスをライアンに任せて2階に上がってしまった

そう言えば、ディーンが2階に彼女も住んでいると言っていたような気がする


セスは熱のせいで倒れてしまったらしい

意識もなく、瞼はかたく閉じられている


セスは『人間』だ


ベステモーナは戻って来ない

ライアンはこのまま帰るのも忍びなくてセスを観察した


人間は吸血鬼バンパイアであるライアンにとって、何よりそそる香りを放つ

特にこんな熱を出していては、血流が目に見えるようで……いや、目を凝らせば見えてしまう


セスの視線は自然と喉元に行った


ライアンもディーンも人間の血を飲んだ事はない

成人するまで吸血鬼バンパイアの掟で人間の血は飲んではいけない事になっている

ライアンもそんな事は百も承知だが、目の前にいる人間から目が離せない


不意に気が付いて、ベッドに横になるセスの襟元を緩めた


制服を着たままだし、ネクタイまでしている

息苦しいだろうと思い、緩めたがそれがいけなかった

首筋が先程よりも露になって一番強く脈打つ場所にライアンの視線は囚われた


ゴクリ、と生唾を飲む

ライアンは別にお腹が空いていたわけではないが、何故か喉が渇いた


ヤバイ、と何処かで警鐘が鳴っていたが止められなかった


一番、鼓動の熱い場所


セスの頸動脈あたりにライアンはそっと、指先でそこに触れた


ライアンの長く白い指は何故かそこから動かせない

セスに起きる気配はなく、熱のせいか頬が紅潮している


ブラッドはその首筋に爪を………いや、いっそのこと牙を立てたい衝動に駆られる


(……だから危険なんだ)


何故彼と、寄りにもよってただ1人の人間と同じアパートになってしまったのか

呪いたい気持ちで、荒れ狂う衝動をセスは押さえ込んだ

吸い付いたような自分の指先をセスから引き離した

すると突然、玄関の扉が開く


「セス!今日面白そうな事件起こしたってホントー………って、ライアン何してんの?」


ノックも無しに入って来たディーンにライアンは無表情ながら内心、死ぬ程驚いた



****************************



「知恵熱かな?今日は色々あったらしいよ」


ディーンはライアンから事情を聞くと笑いながら言った

ディーンは今、セスの制服を脱がしていた

勝手にクローゼットの中を漁るのは抵抗があったが、ライアンはパジャマらしきラフな服を引っ張りだす


今だにセスは起きる気配がない


「セスって制服弄ってないから脱がしやすいや」


セスの着ている制服は規定の物と変わらない

変わらないと言うのは、様々な種族が集まっているカエレスエィスでは、その種族が自由に生活がしやすいように制服を好きな形に加工してもいいことになっている


学年を表すネクタイと制服の上着にあるセーラーのような飾りの襟を変えなければ他は何をしても良いのだ


セスは珍しく何も弄っていない


ディーンはセスを簡素なTシャツとジャージのズボンに着替えさせるとベッドに横にした

シーツを引っ張って胸元までかけた所で、セスに向かって何かを投げてくる

それを上手くキャッチしてライアンは軽く目を見開た


「ディーン、これは?」


ライアンは軽く睨み付けたがディーンは飄々と笑う


「お腹空いてると思って。僕も正直キツいんだよ?」


ディーンは何処に隠し持っていたのか、ライアンに投げて渡した血液パックをもう1つ取り出してベッドに腰掛けた


「面倒な掟だけど、僕は破るつもりはないからね」


ディーンは言いながら血液パックに付属のストローを刺して吸い始める

ライアンは手にした深い紅色のパックに視線を落とした


それは人の血ではない

カエレスエィスでも数少ない吸血鬼バンパイアの為の獣の血だ

苦い気分でライアンはそれにストローを刺す


喉の渇きは無くなったわけではないからだ


「それにしても珍しいね。たまたまとはいえ、ライアンが看病してあげるなんて」

「運んだだけだ」

「ふーん」

「なんだ?」


ディーンは相変わらず何かを楽しむように笑っている

が、その瞳は酷く冷めていた


ディーンがそういう表情をするのは珍しい事ではないが、最近はあまり見ていなかった


「ライアン、今度クラス対抗戦の話合い行くの?」


1つ瞬けば、ディーンの瞳はいつもの色に戻っている

話をわざとそらしたのだろうか?


「出るだけだ。対抗戦自体には興味ない。それに勝手に役割を任されるだろう?」


ライアンはそれを任せてくるだろう張本人の足音が聞こえた


「アイツに」

「ああ」


ディーンにもその音が聞こえたのか、納得したように頷く

Aクラスには入学式からヤル気に満ちあふれている奴がいるのだ

きっと余計なリーダーシップを発揮することだろう


「失礼するわ!」


ベステモーナはセスの部屋の扉を蹴破る勢いで部屋に入って来た

その手には小振りの鍋がある


「あら、サバティエ弟君もいらしたの?」

「弟ってなにさ!せめて名前で呼んでよ」

「すみません。急いでいたもので」


ベステモーナはフゥッと息をついて額の汗を拭う

そこでライアン達は気付く

ベステモーナはエプロン姿だ

それ自体におかしい所はないが……


「……ねぇ、ベステモーナ 。なんでそんなに汚れてるの?」


ディーンは恐る恐る呟いた

ベステモーナの付けているエプロンは所々、怪しげな色合いの染みが出来ている

恐ろしい事にその染みの色と、似た色が鍋から点々と吹き出しているのはどういうことだろう?

ライアンは嫌な予感がして目をそらした


「よくぞ聞いてくれましたディーン君」


何処か誇らしげに胸を張るベステモーナ


「情けない事に、今日の騒動のせいで熱を出してしまったセスの為に、わざわざ私がお粥を作ったのです」


小鍋には蓋がかけられている

それをベステモーナはとった


「力作ですね。コレで熱などイチコロだわ」


熱より先にセスが一殺イチコロな気がする

小鍋からはモワリと何とも言えない刺激臭が漂った


吸血鬼バンパイアは肉体が超人のように強化された生き物だ

嗅覚も人間より数段高い

ライアンとディーンは本能的危険を察知してそそくさと立ち去ろうとした


「いやー…ベステモーナがいるなら僕たちはもう帰っても大丈夫だよね?」

「……俺たちは失礼する」


2人が出ていこうとした時、セスが目を覚ました

部屋を侵食する刺激臭のせいか、苦しげに呻いて首を起こした


「ん……あ、ベス?……ディーンとライアンも」


熱のせいか潤んだ目でセスが3人を見た


「俺……倒れたのか?」

「セス、貴方は熱があります。寝ていて下さい」


ベッドまでベスは駆け寄り、上半身を起こそうとするセスを制する

ライアンとディーンは哀れみのこもった目をセスに投げ掛けた


セスの顔は弱っている自分に優しく看病をしようとする…………ように見える女の子に対しての感謝の念が表れていた

しかし、それもベステモーナの持つ小鍋を見て凍り付く


「これを食べて寝て下さい。直ぐに熱なんて下がるわ」

「イヤイヤイヤ……ベステモーナさん?」


セスの目には本気か!?

の文字しか浮かんでいない

ベステモーナは手にしたレンゲで謎の色彩をした物体をすくい上げた


「さぁ、早く食べて寝て下さい」


口元に運ばれたそれにセスは顔を青くした


「ちょっっま、ディーン!ライアン!」


2人を呼ぶセスの声は必死な何かがあったが、2人にはどうすることも出来なかった



後日、セスは3日間、体調不良で休んだのだった


セスはベステモーナを止められなかったことを悪く思い、3日間寝込んだセスにちゃんとした食事を届けた………













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