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黒い枝




『グールの呼び声』


それは扱い方を間違えなければ決して危険な物ではない

しかし、ちょっとした油断でそれは起こってしまった


「セス君!!」


悲鳴のようにジェイミーが叫んだ

目の前には黒い枝がまるで生き物のように蠢いている


『グールの呼び声』は水に溶かして使えば水中の汚染物質を除去できる魔法薬だが、空気がある場所で使えば辺りの生物を取り込もうとするのだ


「何だこりゃ!?」


セスは生き物のような動きを見せる黒い枝に足を取られ宙吊りにされる

ビンを取ろうしていた3人組も同じく、振り回されるように枝に身体を掴まれていた


「お前ら!なんでこんな危ない薬品を取ろうとしたんだ!?」


今更遅いと思いながらもセスが叫べば恐怖に歪んだ顔で1人が叫ぶ


「こんなことになる何て思わなかったんだ!俺達のチームのさっ、参考にって!」

「くそっ!!」


短く悪態をついて、振り回されながらも状況を見ようと顔を巡らせる

リカルド先生は素早く守護魔法であろう魔方陣を敷き、他の生徒を守ろうとしていた


ギシッと嫌な音を立ててセスは黒い枝に右手と首を絞められる

グッと息を詰めれば視界の端にベスが映った

教室を這うようにして広がる黒い枝を器用に避けながら何かを叫ぶ

すると、セスに向かって上げられたベスの手の平に光が浮かび上がる


ベスの青い瞳と視線が合った


その瞬間、セスを締めあげていた枝が消失した



*************************



セスが叫んで、教室はパニック状態に陥る

先程ベステモーナ達が作った薬品は木の床を蝕むようにして黒い枝になり、セス達は飲み込まれた


「大変!グールの呼び声は生きてる物を飲み込むの!」


ジェイミーが顔を蒼白にして叫んだ

枝は2人にも向かってくる

ベステモーナはジェイミーの腕を取って蠢く枝をかわした


「ジェイミー!あの薬品の属性は!?」

「えっ?」

「早く!」


鋭く言い放つベステモーナにジェイミーは半ば呑まれながら、グールの呼び声の特性を記憶の中から掘り起こす


「……グールの呼び声は……たっ確か、闇属性!」

「分かったわ」


ベステモーナは迫りくる枝から距離をとると、言葉を紡ぎ始める


「黙示録の羽根   ヨハンの静寂   ミカエルと光の矢   我の声に応えよ」


黒い枝に捕まり苦悶の表情を浮かべるフェイトに向かって手をかざす


ジェイミーは目を見開く


(魔法陣を書かない、詠唱魔法!)


ベステモーナの手の平に浮かび上がる魔法陣は弾けてセス元に向かう

その瞬間、セスを戒めていた黒い枝が消失する


ジェイミーは茫然として前に立つベステモーナを見た

詠唱魔法は難易度が高く、まだ1年生に扱える魔法ではないはずだ

ベステモーナは枝から解放されたセスを見て悔しそうに呟く


「やっぱり詠唱魔法は難しいわね……全部消す事は出来なかったわ」


そう言ってベステモーナは茫然としていたジェイミーを引っ張ってセス先生の元へ向かおうとする

確かに黒い枝はセスの周りの一部を剥ぎ取ったように消えているが、まだまだ枝ははびこっている


「先生が守護魔法を張ってるわ。あそこの方が安全よ」


ジェイミーは秀麗な横顔のベステモーナを見た


(レベルが違うわ……)


ベステモーナの実力はジェイミーの想像を遥かに越えていた



*******************************



「うわぁ!」


突然枝から解放されてセスは中に投げ出される

しかし、セスは器用に他の枝に捕まる


「ウォオ!!」


捕まった枝も先端の部分はまたセスを捕まえようと蠢いている

それをかわして幹の太い部分を足場に他の捕まった奴らの元へ跳んだ


「助けて!」


枝に締め付けられて苦しげに叫ぶビンを割った生徒

たどり着いたセスはまず首にかかる枝を剥がしにかかる


「お前ら~!後でぶん殴ってやるから助かれ!!」


セスは必死に叫ぶ

だが黒い枝はびくともしない


(クッソ!ベスは俺を簡単に俺を助けたってのに)


ぐっと悔しさで奥歯を噛み締めた



その時、唐突に黒い枝が断ち切れた


「なっ……!?」


セスは急に抵抗をなくした枝に身体が後ろに傾ぐのを感じた

膨れ上がった枝の上、2、3メートルはあるそこからまっ逆さま……………のはずが、直ぐに髪にかかった力に悲鳴を上げる


「イッテー!髪掴むなよ!」

「ごめんね」


おかしげに謝る言葉は女性の声

本当に謝る気はなさそうな声は今の状況には場違いにも感じる


セスは襟足の一部を長く伸ばしている

その髪を掴まれたのだ

髪にフェイトの全体重がかかり、抜けそうになる毛根が悲鳴を上げる


髪を掴む者の姿は見えない

セスの視界を過ったのは流れる金髪

すると景色はあっという間に変わる


髪にかかる重力がなくなったかと思えば、セスは教室の床の上だった


「上の階がなくて良かった」


弾むようなその声に振り返れば、波打つ金髪の美女が立っていた

尻餅をついているセスはその美女を見上げる

気付けば美女の足下には黒い枝に捕まっていた3人の生徒が転がっていた


その美女は深い紫の瞳を細めて笑った


「我が名のもとに   ガブリエルの誓約をここに……」


セスもその教室にいた全員を含めて、全てが白い光に包まれる

上空から見ればそれは大きな魔法陣なのだが、セスにはただ光に包まれたとしか分からなかった



そして、大きな轟音と共に黒い枝は呆気なく消滅した



「うん!わたしって天才」



そんな暢気な言葉を聞いてセスはため息と共に呟いた


「ありえねぇ……」


教室の屋根は消え失せ、青い空が果てしなく広がっていた

セスは今だ床に座り込んだままその場の成り行きを見ていた


枝が消滅してリカルド先生が駆け寄って来た


「アンジェリーナ先生!やり過ぎですよ!教室の屋根がなくなってる」


セスは慌てたように言うリカルドの言葉に疑問を持つ


(先生……?)


アンジェリーナと呼ばれたのはおそらく、この金髪美女の事だろう

しかし、先生?

何かの間違いではないのか


確かに、先程の多分この女性が行ったのは凄い魔法だが

先生には見えない


何故なら、腰まで届くかと思う波打つ金髪に、白い肌を惜し気もなく出した服装

ピッタリとした体のラインがわかるパンツとブーツ

男なら必ず視線を送ってしまうような大きな胸は面積の乏しい布に覆われていた

そして、ヘソまで出している………何処からどう見ても教師の格好ではない


誘うような柔らかなラインの腰に手をあて

そのアンジェリーナはリカルドに文句を言った


「ちょっとー助けてあげたのに、お礼の一言もないのかな?」

「うっ………すみません……ありがとうございました」


セスが申し訳なさそうにうなだれるとアンジェリーナはケラケラと笑った


「新任の貴方にはグール系の暴走は手に負えないね。いい経験だよ~今度の課題は『ファンドラの奇草』なんて交ぜないようにすることだ。感のいい子が見つけちゃうから」


そう言って、アンジェリーナという美女は紫の瞳でセスを見下ろした


「君みたいな子がね……1年生なのによくあの倉庫が分かったわね」


声の調子は何処までも楽しげだ

クイッと今だに掴んでいたセスの髪を引っ張った


「……放せよ」


バカにされていると感じてセスはアンジェリーナを睨んだが、気にした様子もなく彼女はセスの髪止めを指先で弄んだ


「いいじゃない……あら?コレ………」


何か言い掛けたアンジェリーナの手を払ってセスは何とか立ち上がる


「あんた本当に先生か?」

「失礼だなー」


やはり何処か楽しげにアンジェリーナは微笑む

そこへ、ベスやジェイミーが駆け寄って来た



**********************************



校長室



リカルドが始末書と深い深い謝罪を残して退出した後で、クラリスとアンジェリーナは優雅に紅茶を楽しんでいた


「生徒の被害が出なくて助かりました。ご苦労様ですアンジェリーナ」

「いいえ、大したことじゃありません。屋根はなくなっちゃいましたけど」


言葉はあれだが、たいして悪いとはアンジェリーナは思ってはいない

グールの呼び声は根こそぎ消滅させなくてはならないのだから、あれ位はしなくては

クラリスも理解しているのでアンジェリーナを咎めたりはしない


アンジェリーナはチラリとクラリスに視線を投げる

どこか探るような視線だ


「それよりクラリス様。私の勘違いでなければあの『人間』の男の子………」


カチャッとクラリスはティーカップを置いた

そして、にこりと深い色合いの笑みを浮かべる


「あの子は私の知人の子ですが、ちょっと訳ありで………きっと、アンジー、貴方の望む『その時』の鍵になるかもしれない子ですよ」


アンジェリーナは表情を変えなかった

しかし、その瞳に宿る光が鋭さを増した


「アンジー、ダメですよ。あの子に余計なことをしては」


アンジェリーナは1つ瞬いて、胸の内の青い炎を押さえ込んだ


「わかってますわ、クラリス様…………」


アンジェリーナはクラリスの言葉に頷いたが、でもと思った


(余計なことはしなくても……ちょっかいかけるのはいいわよね?)











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