彼は見ている
薬品や試験管の並んだ机にセスは突っ伏す
「また課題……」
「……薬草の調合だから、私がんばるね!」
ジェイミーが戸惑ったように笑う
セスはその笑顔を見て、彼女は眉を下げて笑うのがクセなのだろうかと思った
「フェイトもちゃんと調合書を読みなさい」
まだむくれた様子のベスは当て付けのようにセスを呼び捨てにした
だが、それはまだかわいいものだ
「はーいはい」
適当に返事をして、セスはめんどくさそうに調合書を読み始めた
「ファンドラの奇草は………磨り潰す」
ジェイミーが考えながら呟く
「ベステモーナさんは……ヘドラナ水草を水に溶かして下さい」
ジェイミーが控えめな声でベステモーナに言うと
「ベステモーナでいいわ」
「あっは、はい」
ジェイミーは気軽に告げたベステモーナの言葉に嬉しげに頬を赤らめた
ベステモーナは支持に従いつつ調合書を読み進めるが、ふと気が付いてジェイミーを見た
「そう言えば、ジェイミーは人魚族よね?」
「あっはい、そうです」
「だから薬草にも詳しかったのね」
「いっいえ!……たまたま海藻類が多かったからで……」
ふと、その会話にひっかかってセスは調合書から顔を放す
「人魚?ジェイミーが?」
「うん、そうだよ」
うなずいたジェイミーの足を見てセスは呟く
「足アルじゃん」
「当たり前よ、水の中じゃないんだから」
言ったのはベスだった
「人魚族はある程度魔力が上がると人間に似た姿になるのよ」
その時、ブルルルと音を立てて薬が出来上がった
セスはしげしげとジェイミーを眺める
見た目はたいして人間と変わりない
お伽噺では主流の人魚が目の前にいると言われてもあまり実感がなかった
(でも……俺ヤバいな。もうこの状況に慣れて来てやがる)
養父にメディアのことを聞くまでは普通の学校へ通いケータイだとかパソコンだとかを使っていたのに………自分の順応性を褒めるべきなのだろうか?
「完成した薬品はどうすればいいのかしら」
「…多分外で使って見ればいいのかな?」
ベスとジェイミーが相談しあっていると、この課題を出した張本人、リカルド先生がやって来た
「本当に君たちは優秀ですね」
リカルド先生はリザードマンという種族らしいが、どこかの民族衣装らしき細工の施された服を重ねて着ている
20代前半程の青年だと思うが、顔はどちらかというとトカゲ寄りだ
リカルド先生はギョロリとした爬虫類のような瞳を細めてにこりと笑った
薬の入った薬品を取り上げる
「君たちの集めた薬草はとても珍しい。それからできる薬品もね。使わせてあげたい所だけど、この『グールの呼び声』は使い方によっては危ない代物だから私が預かるよ」
************************
「やったな!ジェイミーが薬学科だったから早く調合出来た」
セスたちは一番に終わってしまった為ヒマを持て余していた
後から来たチームがそれぞれ集めた薬草を調合し始めている
リカルド先生は増え始めた生徒の対応に追われていた
「そっ、そんなことないよ!……基礎知識だけで出来るものばかりだったから」
少し頬を染めて謙遜しようとするジェイミーにベステモーナが珍しく人を褒める
「そんなことないわ。ファンドラ奇草を使った物なんて基礎知識だけじゃ作れないのよ」
「だってさ、もっと自信持てよジェイミー」
「セスは感だけじゃなくお勉強の方が大事だけどね」
「あ~の~な!」
2人のやり取りにジェイミーはクスクスと微笑んだ
3人は時間を潰すために他愛のない話をしていたが、ふとセスが顔を上げた
第六感
セスは幼い頃から感が鋭かった
今、一瞬だけ冷たい何かが背筋を撫でたのだ
振り向き、最初に見たのはリカルド先生の机
そこにコソコソと集まる3人のチーム………
リカルド先生は気付いていない
その3人組は机に置かれたビンを勝手に持って行こうとしていた
そのビンの中身は先程セス達が作った薬品だった
咄嗟にセスは叫んだ
「おい!お前ら!」
「わっ!」
突然の大声に生徒の視線が集まった
その3人組もビクリと飛び上がっていたが……
「わっ!?馬鹿やろ!」
セスは飛び出した
その3人組は驚いた拍子にビンを落としたのだ
それを見て嫌な感じが更に増した
受け止めようと勢いよくセスはスライディングしたが………
「あっ!」
セス手が受け止める寸前でビンは堅い床に激突してしまった
リカルド先生もそのことに気付いて叫んだ
「みんな!下がって!!」
3人は狼狽えながら下がろうとしていたが、しかしそれは阻まれる
「うわぁ!!?」
セス、そしてその3人を黒い枝が覆い隠した
**************************
校長室
その部屋の主である老女は紅茶の入ったカップを片手に、机に置かれた水晶玉を見ていた
「あらあら……もう問題が発生したの」
おっとりとした口調で、しかし眉をひそめた
水晶玉にサッと手を振る動作をすれば水晶玉の中の景色は変わり、美しい金髪の美女が映る
「アンジェリーナ先生、リカルド先生のもとに行って貰えません?」
すると、水晶玉中から玲瓏とした声音が届く
「始まりました?」
「いいえ。『その時』はまだですよ。今回は薬品の暴走です」
にこりと、クラリス・アレイスターは微笑む
水晶玉に映る美女、アンジェリーナはふと、何か思い出したように赤い唇を吊り上げた
「直ぐに片付けて来ますね、クラリス様。魔法術式科に面白い子を見つけたんです」
そう言い残して、アンジェリーナは水晶玉中から姿を消した
移動したであろう彼女にクラリスは微笑む
「アンジェリーナ、もうアノコを見つけたのね」