素敵な洋館と噂
「何でお前までここに住んでるんだよ……」
「お前じゃありません」
「じゃあ、ベス」
「いきなりその呼び方は何なの?」
「ベステモーナって長いだろ、ベスで十分だ」
「訂正を求めます。セス君」
2人は言い合いながらアパートに入った
お堅い奴だと思いながら勝手に呼び名を決めた
態度も発言も高飛車でムカつくことには変りないが、ベスは悪い奴ではない
簡単な術式もまともに出来ないセスに諦めずに根気よく教えてくれている
………まぁ、押し付けがましくはあるが
良い奴ではある……
「ところで、お前までと言う事は他にも誰かいるの?」
「あぁ、ディーンと双子の兄のライアンだよ。一階にみんな居るけど」
「貴方もあの2人も勇気がありますね……」
セスはアパートに入るドアの部を引きながら首をかしげる
「勇気があるってどういうことだよ?」
「あら、知らなかった?このアパート、幽霊が出ることで有名なのよ」
「ハァ!?」
広いフロアに入り辺りを見回す
昨日見たときは綺麗だと思ったが、ベスの話しを聞いたせいで変に寒気がする
「マジかよ……その話」
「この学園じゃ有名ね」
「だから家賃安かったのか、んっ?」
また白い紙切れが降って来た
『そうではない。オーナーである私が優しいからだ』
オーナーのマックスからだ
やはりこの中央フロアはマックスがいつも監視しているに違いない
「はいはい、……て言うかさ。ベスは何でそんなとこに部屋借りたんだよ」
「私はこの洋館の柱が気に入っているの」
「……それはナンデスカ」
ホントにベステモーナと言う人物は不思議だ
みんなこうなのか?
いや、違うはずだ
「私たちエルフ族は森の木々と心を通わせることができるの。古い木には精霊が宿るものよ」
「だからか……」
確かに古い木?というか木材なら、この洋館はちょうど良いだろう
年季の入った建物だ
「この洋館は私だけかと思ったのに」
「お前は何号室なんだ?」
「私は二階の103号室よ………」
一階と二階に分かれる階段の前で、何気なく聞いたらベステモーナは急に目をすがめてセスを見た
微妙な視線を送ってくる
「なんだよ」
「いいですかセス君。基礎的な魔術も使えない君が私の部屋に侵入しようとしても返り討ちにあうだけですよ」
「誰が侵入するか!!」
直ぐ様突っ込んだが、ベステモーナはつかつかと階段を登って行った
良い奴だと思ったが…………前言撤回
そこに、またしてもヒラリと紙が落ちて来た
『二階は女子専用だから行くなよ(笑)』
「誰が行くか!!!」
セスは力の限りその紙を床に叩きつけた
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魔術式学科
魔術には様々な方法がある
基本的なものは精霊の力を借りる魔法陣を使うもの
髪や血を代価にスペルを用いて魔法を行使するもの
スペルと魔力だけを使うもの
魔法陣に近いが、決まった媒体と式を使い魔法を使うもの等がある
「では、アイスバーンさん白魔術書の第2章30項の魔法陣を使ってみて下さい」
先生がベスを教壇の前に招く
普段から姿勢が良くて、更に生来の自信たっぷりな彼女は胸を張って教壇の前に歩いていった
「では、やって下さい」
「はい」
先生からチョークを受け取り、ベステモーナは足下に魔法陣をスラスラと書いていく
書き終わると魔法陣の上に手をかざして発動のスペルを唱えた
「聖なる羽 西の矢じり ゴンドラを射ぬけ」
フワリと魔法陣一帯に不自然な風が集まる
チョークで書いたはずの魔法陣が微かに光を放つ
ボスンと音をたてて現れたのは白い羊だった
両手のひらに乗るほどの大きさしかなく、魔法陣の上で中に浮いている
「よくできました。さすがですね」
先生は満面の笑み、教室には拍手が溢れた
「ベステモーナはスゴいねぇ」
「……ソウデスネ」
陽気に笑ったのはディーン
頬杖をついて不満げな顔で呟いたのはセス
違う学科のディーンだが、同じように受ける授業がない訳ではない
ディーンは同じ授業の時はだいたいセスとベステモーナの近くにいた
授業を受け始めて約2週間
セスはまだ、ほとんどの魔術が使えない
隣で教えてくれている(頼んではないが)ベステモーナは本当に優秀だった
「何で俺は出来ないんだ?」
「あはは、ベステモーナとは比べない方がいいよ。彼女は純血のエルフだから、潜在的な魔力が違うし、エルフは精霊と仲が良いしね」
「純血?」
聞き慣れない言葉に首をかしげてディーンの顔を見れば、説明してくれた
「エルフにも色々あるんだよ。他の種族と混じってないエルフは純血、混じってるとハーフエルフって言うんだ」
「へぇ、ベスは純血なんだな」
「何の話です?」
感心したようにセスが呟いたら、ベステモーナは戻って来て席に座る
ディーンがにこりと笑ってベステモーナを迎えた
「相変わらず見事な魔法陣だね」
「これくらい当然よ」
2週間で学んだ事、ベスは嫌味は言わない
彼女の中では出来ることが当たり前なのだ
ベス自身に嫌味や皮肉を言う気はまったくないのだが……やはり納得出来ない何かがある
しかし、セスには言い返せることはなにもない
「スゴいっすね」
セスは遠い目をして呟いた
と言うか、セスは自分の状況がいまいち納得出来ない
納得とはちょっと違う気もするが……
ベスはもちろん、セスの隣に座っている美少年ディーン・サバティエがセスと一緒に行動していることだ
ベスはクラス対抗戦に勝つためだと言って、ほぼ自分の為に行動している
しかし、ディーンはそんなことはないのに頻繁にセスと共に居る
『同じアパートのよしみじゃん』
と言っていた
それはいいのだ、それは……
けれどこの2週間、無数の視線がセスに突き刺さる
『あのベステモーナ・アレンスキーが人間の子といるぜ!』
『あのサバティエ兄弟ともよく一緒にいるのよ!』
『セス・クロウリーってきっと凄いんじゃないか!』
噂は確信のないオヒレがつきまくってる
『あの』が付くような実力者達が俺の側に居るせいだろう
正直、視線でハリネズミになりそうだ
ベスは学年一位であり、授業でも目立っているから注目されるのは当たり前
ディーンとその兄、ライアンはやはり黙っていても目立つ
2人が一緒にいると女子生徒がよく黄色い声を上げている
とにかく目立つ人物達に囲まれて、セスも一緒に注目されているのだ……
「何をしてるのセス君。貴方にボーッとしているヒマはないのよ」
「せめて基礎魔法ぐらいできないとね」
セスはため息を吐き出す
たった2週間なのにひどく長く感じた
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ディーンは手に剣を持って演習場に向かっていた
アンティーク調の柱が立ち並ぶ廊下を歩いていれば、同じ型の剣を持った同じ姿の人物が壁に寄りかかっていた
「ディーン」
淡々と言葉を紡ぐ鏡写しの兄弟は、じっとディーンを見ている
「ライアン、大丈夫だよ」
クスリと笑うディーンに、あまり表情を動かさないライアンが微かに眉をひそめた
ディーンは知っている
ライアンは感情が薄いように見えるが、ただ表に出さないだけだ
生まれた時からの付き合いだ
無表情でも感情を読み取ることは苦ではない
「そんなに睨まないでよ。ライアンが心配するようなことにはならないさ」
「だからって近づき過ぎだと思わないか?」
「全然。むしろ面白いくらいだ。セスも今度、気配を消してセス近づいてみるといいよ」
吸血鬼の肉体は血を吸っていれば強靭なものである
種族的に肉体が強かったり、運動能力が高い者には武器を媒体として魔術を使える魔法武術学科は最適なのだ
ディーンは自分にはそれなりに実力があると思っている
魔法武術学科ですらない者に気配を悟られることはないくらいに
なのに、人間であるセス・クロウリーはこの2週間、ディーンの気配を察知し続けた
それに苛立ち等は感じない
むしろ……面白い
「危険だ……」
「ライアンはさ……」
ふと思いついて、ディーンは飄々と笑った
「怖いだけじゃないの……?」
そう言い残したままディーンは演習場へと歩いて行った