Aクラス
綺麗な人だと思った
いや、もうしわだらけのおばあちゃんではあるが
なんというか、歳を重ねた美しさがあるというか
セスは壇上に立つ校長が綺麗だと素直に思った
しかし、脆弱にさえ見える外見なのにどことなく覇気のようなものを感じる
すると、後ろから密やかな声が聞えて来た
「なぁ、あのクラリス・アレイスターが人間だっていうのは有名だけどよ、新入生の中に人間がいるって噂本当かな?」
セスはピクリと反応した
あの老女は人間だったのか
「ああ、知ってる知ってる。百年ぶりに人間が入学するって、俺はまだ見てないけど」
「でも人間だろ?噂通り、凄い魔力なのかな」
「さぁ、どうだろうな。でも、今居る7人の賢者は校長先生を含めて殆ど人間なんだぜ、そいつも凄い魔力もってても不思議じゃないよな」
後ろの方から聞こえるので、どんな奴が言っているかセスには分からないが
好奇心いっぱいでしゃべっているのはよくわかる
(なるほど、それで俺は注目の的だったわけね……)
なんだか脱力感が襲う
7人の賢者だか、なんだか知らないがそいつらはセスと同じ『人間』なのだ
呼び名から凄い人物だということがわかる
だから、そいつらに被せて俺が凄いだなんて噂が先行したに違いない
(正直、いい迷惑だ)
さっきの不躾な女のように勝手に期待されて、勝手に失望していくのだろう
そう考えるとため息しか出なかった
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「……最悪だ」
入学式はとりあえず終わった
しかし、大きな掲示板に貼られたクラス表を見てセスは苦々しく呟いた
掲示板と言ってもこれまた不思議なもので、水面に文字が浮かんでいる
壁に埋め込まれた枠、ガラスは張られていないのに水のような透明な液体が重力に逆らってそこにある
ハッキリと貼る、いや浮かんでいる文字
セスの名前は直ぐに見付かった
学園都市というだけあって一学年だけで数千人いる
メディアは6年制だ
生徒の数は万を越えている
更に、教師や商業施設の従業員などがいて、本当に一つの都市として機能している
メディアには様々な学科があるが、クラスはそれに関係なく決められるらしい
だからクラスはAからZまで単純に分かれている
セスの名前はAクラスにあった
Zクラスで全部のクラス表を見る手間がなくてすんだ
しかし、最悪だ
(ベステモーナ・アレンスキー………)
その名前があったからだ
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「皆さーん、あたしがAクラスの担任の先生!プティ・スプリングでーす。プティ先生って呼んでねー」
Aクラスの教室
その教壇の前で、無邪気に微笑んでいる童女、いや、彼女自身が言うには先生が妙に間延びしたしゃべり方で無邪気に手を振っている
動きや、小さな身長から見れば幼い女の子にしか見えない
「あたしの種族はー妖精なんだよ。みんな色んな種族だと思うけどー喧嘩しちゃ、メッ!だよ?」
指をたてて可愛らしくメッ、と言うが全く迫力がなくて気が抜けてしまう
妖精というが、本当に背中に薄い羽が四枚ある
髪は薄い桃色で羽も同じような薄いピンクだ
ベステモーナ・アレンスキーはセスの斜め前に座っている
しかし、何でよりにもよってあの女と同じクラスなのだろう
先生は喧嘩しちゃダメだというが、爆弾はそこら辺にある気がする
ついさっき、火を付けられたばかりだ
俺の懸命な消火作業があったおかげで喧嘩にはならなかったが……
だが、やはり爆弾に火を付ける奴は居るもんだ
「なぁ、お前『人間』なんだって?」
爆弾投下
「そうだけど?」
直ぐ後ろからかけられた声に顔だけで振り向き、素っ気なくうなずく
相手は挑戦的な視線と笑みを送って来た
そいつの姿には内心驚く
ヤンチャそうな顔立ちに、丸いが鋭い光の宿る瞳は琥珀色
しかし、それよりも目を引かれるのは本来、耳のある場所にあるフサフサなもの
(犬だ、犬の耳だ……)
漫画に出てくるように頭の上にある訳ではないらしい
焦げ茶色の硬質な毛におおわれた犬耳……
そして、セスの視界にチラチラと現れる同じ毛色のシッポ……
「お前、人間のくせに出来損ないなんだってな?」
ニッと笑えば鋭い犬歯が見える
「聞いたぞ、魔力の検査お前が最下位だって。マジ勘弁して欲しいぜ」
犬耳の少年は挑発するようにわざとらしくため息をつき、鼻で笑う
「クラスの魔力を平均にするために俺様と同じクラスになるのはしょうがないけどよ、月一のクラス対抗戦は足ひっぱるなよ?」
バーン
いやいや
俺は何も悪くないと思うぜ?
「何だと!?この犬っころ!何かしらねぇけど調子こいてんじゃねぇぞ!!」
爆弾、爆発
シンと静まり帰った教室でセスの声が木霊するようだった
「人間、人間っていちいちうるせぇ!わけ分かんねぇことで絡まれんのはもうたくさんなんだよ!」
まさか反論してくるとは思っていなかったのか、犬耳少年はポカンと口をあけていた
しかし、直ぐにハッとしたように言い返してきた
「なっ、何だよ!ホントのこと言っただけだろ!それに俺は犬じゃない、狼だ!!」
「たいして変わんねぇだろ!」
「なにぃ!?全然違う!」
犬耳少年……ではなく、狼少年は椅子を蹴って立ち上がり噛み付くように睨んでくる
セスも負けずに睨み返す
すると突然、第三者の声が割り込んだ
「貴方たちの言い合いなんて全く興味なんてありませんけど……一つ言わせていただきたいわ」
口を挟んだのはベステモーナ・アレンスキーだった
彼女は凛とした眼差しで言い放つ
「私が学年1位よ!」
胸を張って言い放つ
なんなんだコイツは!?空気読め!!
呆れながらもフェイトは怒鳴った
「んなもん今関係ないだろ!」
「関係あるわよ!学年最下位の貴方がこのクラスなのは私が居るからなのよ?じゃないと釣り合いがとれないの。そこの犬が居るからじゃないわ」
「犬じゃないって言ってんだろ!」
狼少年は毛を逆立てて少女を睨んだが、その時
「はーい!もう、おしまい」
高い声が上がる
プティ先生だ
先生は小さなビンを2つ取り出し、それを投げた
「セス・クロウリー、ヴォルフ・シュタイン、汝らをここに封じる」
姿も行動も幼い子供らしいのに、プティ先生の瞳には大人の妖艶さが滲んでいた
「なんだコレ……」
セスは呆然として呟いた
間抜けな呟きだ
わかっていたはずだ
ここは魔法学園だ
けれど、この状況に陥れば誰だってそう呟くに決まってる
「もう!いきなり反抗ですかぁ?先生困っちゃう」
ぷぅっと頬を膨らませてプティ先生は言う
怒ってはいるのだろうが、全然恐くはない
しかし、この状況だけは空恐ろしい
セスと狼少年、おそらくヴォルフ・シュタインという少年は、プティ先生の投げた小さなビンの中に居た
周りにいた生徒達も目を見開いて驚いている
「ベステモーナさんもー、こういう時は2人を止めてくれなきゃ」
「すみません、どうしても気になってしまいまして」
セスはビンの中でベステモーナを呆れて見つめる
(アイツ、ド天然だな)
空気が読めない厄介なタイプだ
「ヴォルフ君もー」
プティ先生はヴォルフの入ったビンに近づいて言った
「確かに、魔力が偏らないクラス編成になってるけどねー。学力のこともちゃんと考慮されてるのよー?貴方は魔力はつよいけど、学力がダントツで悪いからー、セス君と殆ど変わらないのよー?」
ビンの中でヴォルフは絶望したようにうなだれている
何か叫んでいるようだが、こちらには聞こえない
おそらくセスの声も外には聞こえないのかもしれない
(しかし、魔力強いくせに俺と同じくらいって……アイツ馬鹿なんだな)
ヴォルフは耳とシッポを下げてしょげている
その姿はまるっきり犬だ
学年最下位、というのはある程度覚悟はしていた
学力は魔法に関することも含まれていたため殆ど出来なかった
そして、魔力の方は四苦八苦してやっと出せたかと思ったら……受付の人は憐れみを含んだ苦笑いをしていた!
結果が良くないことは明らかだった……
そんな自分より学力がないなんて正直ヤバいだろう
セスは、同じくビンの中に入れられた狼少年に憐れみの視線を送っておいた
「先生の言うこと聞かない人、喧嘩した人はぁ、ビンに入れちゃうぞ」
語尾にハートマークがつきそうなくらい可愛らしくプティ先生は言ったが、言っている事は物騒だ
「て言うか……分かんねぇことだらけだな、クラス対抗戦とか」
セスは外に聞こえてはいないと思って呟いたが、ビンに入れた張本人のプティには聞こえていたようだ
「セス君、クラス対抗戦って言うのはねぇー『ヴェイン』と戦う為の模擬訓練のことよ」
「ヴェイン?」
「そうよ、虚無の使者。魂を喰らう者、それに対抗出来るのが魔法だけなの」
セスは驚いたが、他の生徒は驚いてはいなかった
ヴェインとやらと争うことが当たり前のような顔をしている
「だからぁ、魔法を効率よく使うための訓練ねー。他の魔法学園とは年に一度、対抗戦をしてるの。だから、フェイト君も皆もがんばってねー」
セスは震えた
(待て待て、それって……魔法を使って戦闘するってことだよな?)
戦うことを前提としたゲームだ
魔法学園はなにもカエレスエィス1つではない
年に1度他の学校と魔法を使い戦って、更にそのために月1でクラス対抗戦………
外ではプティ先生がにこやかに学園の諸注意を述べているが、フェイトはそれどころではなかった
(……俺……魔法1つも使えねぇし)