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彼女の未練

「どうした? 具合悪いのか?」

 僕はその声にハッとした。目の前にはネギと天カス、卵が乗ったうどんがあった。湯気立って美味しそうだ。

「いや、ちょっと考え事です」僕は醤油に手を伸ばす。

「ならいいけど、あんま貯めこむなよ? 数字なんて上がらない月は上がらないから。営業マンは前向きにいかんとな」ズルルッと先輩がうどんをすする。丼にはうどんがもう半分ほどしかない。二人の間に置かれた皿に乗っている一個のかしわ天はきっと僕のだろう。どうやら僕は席に座ってからずっと考え事をしていたようだ。

しかしそれはどうしようもない。誰だって死んだはずの彼女が僕の体を揺すって起こそうとしている、ということを体験したらその日一日は呆けてしまっても仕方がないだろう。

むしろあの状況の全てを理解して納得し、自分の中でちゃんと消化するといったことを出社するまでにできる人間なんていないと僕は思う。あれはそれほどの不思議体験だった。




「くん……冬馬くん……朝だよ、起きなきゃダメだよ、遅刻しちゃうよ」

 彼女の声が聞こえる。まだ夢の中か、早く起きなければ。

「……冬馬くーん」

 懐かしい声が聞こえる。いつもの夢、幻聴なんだろうけどいつもよりハッキリとした声。

まるで本当に彼女が僕を起こしてくれているみたいだ。

「……すぐに起きるよ」 そっと目を開ける。眠たすぎて目がなかなか開けれないだけだが。ぼんやりとした人の顔がこちらをのぞき込んでいる。

 あぁこれは夢か。なら寝られるはずだよな。僕はもう一睡しようと思い寝返りをうつ。

「あ! 寝ちゃダメだよ! 起きて! 起きなきゃ遅刻するよー!」

 また声が聞こえる。いやに現実感のある夢だ。声もハッキリと耳から頭の中に入ってくる。半目でチラッとベッド横に置いてある時計は五時半を指していた。確かにそろそろ起きて支度しないと遅刻してしまう。

 僕は寝続けたい気持ちを抑えて、思い切って目を開けた。目をぱちくりと開けた死んだはずの彼女、恵の顔が目に飛び込んできた。

「え」僕は声を失う。

「冬馬くん、おはよう」恵らしき女性はそういうとニコッと笑った。

「おは、よう」突然のことに呆気にとられた僕はちゃんと声が出なかった。

 恵なのか?

 目の前にいる女性は瓜二つだった。

「なんで」思わず口が開く。「なんでいるんだよ」

 彼女は僕を見つめてふふっと笑う。「ビックリした?」

「めぐ、み……なのか?」

「そうだよ。ねぇ、ビックリした?」というと恵は小首を傾げる。

「も、もちろん」僕は理解不能な状況から逃れようとベッドから起き上がる。とりあえずコーヒーを入れようか、恵は砂糖とコーヒー一つずつだったよな。「じゃ、じゃなくて、なんでここにいるの!?」

 恵はそう言われて下を俯く。少し間が空いて彼女は「私はね、未練があるんだ」

「未練?」つまり化けて出たってことなのだろうか、生前なんか僕は彼女に恨まれるようなことをしたのだろうか? 「い、一体、なんの未練だよ」僕は意を決して聞く。

「それはね、君が幸せな人生を送って欲しいことだよ。それが私は願いだった、生前のね」正確には私と一緒になってってのが抜けてるけどとハハハッと笑う。「だからここに戻ってきたんだよ」

 彼女の幽霊はそういった。僕は正直信じられない。だけど信じたかった、これは幻でも夢でもいい、彼女が本当にそう願っていたならそれは嬉しかった。恨まれることもないようで本当に良かった。

「冬馬くんには幸せになってほしい、だから私はここにいる」そういうと恵はカーテンを開けて空を見上げた。朝日を浴びるその横顔はとても綺麗で、とても幽霊だとは思えなかった。

「分かった」

「え?」

「幸せになれるように頑張るよ」

「ありがと」へへっ彼女が笑う。

「それでなんだけど……」

「ん?」

「一体、僕はなにをしたらいいのかな?」

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