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闇と光

 僕は目標を失った。

大学を卒業して社会に出てから二年目の記念日にプロポーズをする、そのあと子どもを二人ほど授かって、裕福ではないのだけれど幸せな家庭を築く。そんな夢が一瞬にして消えてしまった。

あの年の正月は家族といるのが辛くて、みんなが父方の実家に帰省している時に僕は家に残って一人で部屋の片隅でぼんやりとしていた。

電気も付けずに薄暗い部屋で携帯の中にあった恵とのメールやアプリの履歴をたどっていく。もう帰ってくるはずもないのにメールを作成する。そしてそれを消す。無為で無意味で無価値なその行動を何度も繰り返していた。その度に涙が溢れる。

彼女が出棺された時には立つこともままならなくなるほど激しく慟哭し、もう涙は枯れ果てたんじゃないかななんて思っていたがどうも違うようだった。

もう恵はいない。

そんなことは頭では分かっている。心がそれを拒む。

また寝て醒めたら彼女はいるんだ。

初詣に行く約束をしたのにずっと閉じこもっている僕を「出不精はダメー!」なんて怒りながら迎えに来てくれるんだ。

そんなこと思っている時、チャイムの音が聞こえた。少しして机に上に放り上げられた携帯が鳴り始める。

気だるいが、なんとか手を伸ばして携帯を取る、画面へ目を向ける。親友の巌からの電話だった。

「もしもし」

「おう、あけましておめでとう! 元気してっか」

「うん、一応元気だよ」

「そっか、なら良かった。てかさ、いまどこにいんの? いま家の前なんだけど、車ねぇしなんか静かでどっかいってんの?」

「……僕は家にいるよ」

「お、じゃあさ。初詣行かね? まだ行ってないだろ?」

 僕は少し戸惑った。でも、せっかく親友が心配してくれて誘ってくれているのだから、ちょっと頑張って外に出ようと考えた。

「うん、いいよ。でも、全く支度してないから、ちょっと待っててよ」

「別に急いでないからいいぜ」

「ありがとう、鍵開けるよ」

 そういうと僕は携帯を切り、気だるい体に鞭を打って二階の自室から玄関まで降りていった。




寒い風が吹いていた。しかし、天気は良かったので巌の乗ってきた車を空いたガレージに置いて歩いて来た。正直、親友といえども密室で二人というのは気まずかったし、運動がてらに歩いてみるのも気晴らしになってかえって良かったかもしれない。

道中の会話はあまりなかった。僕からは話しかけなかったし、また彼も積極的に話しかけては来なかったが、天気の話とかと今年の駅伝はどこが優勝したとかそんな世間話でつないでいた。

彼女の葬式をあげてから二週間ほど経つが、それまで親友はおろか他の友人達にも一切の連絡を取っていなかった。

沈黙と世間話がリレーをしていたら目的の神社についていた。

神社は賑やかだ。普段は静かで年寄りたちのジョギングコースなのだけれど、さすが正月といったところか鳥居までの広い遊歩道は人でごった返している。道沿いには屋台が立ち並んで、美味しそうな匂いを辺り一面にたちこませている。

「イカ焼き美味そうだなぁ、食うか?」

「先にお参りしようぜ」えぇと不満気にため息を漏らす親友を置いて境内へ僕は向かう。小走りで後ろから親友がついてきたので、結局二人してなにも買わず財布だけ握りしめて境内へ足を運ぶ。




お参りをした後、親友につられてイカ焼き、しかも一匹丸々のやつを買ってしまった。さらに帰り際にコロコロとした小さなカステラも買った。別に欲しくはなかったが家に置いておけば誰かが勝手に食べるだろうと思い買ってみた。

巌はイカ焼きを買って食べた後、イカ天、焼きそばにたこ焼きと目ぼしい屋台の食べ物を買っていた。手から提げているビニル袋はいっぱいだ。彼は本当によく食べる。

「お、この公園懐かしいなー」

 そういうと彼は進路を直角に変えて、公園の中に入ってゆく。「昔、よく遊んだよな」

巌はブランコに腰掛ける。膝が鋭角に折りたたまれ、なんだか窮屈そうに見える。体格の良い親友が、成人男性が遊ぶようには出来ていないのだろう。当たり前のことだが。

僕もつられて横の空いたブランコに座る。 気付けば辺りは薄暗くなっていた。時計を見ると一八時を示している。そんな薄暗い公園には凧を揚げる親子も携帯ゲーム機で遊ぶ子どもたちもいなかった。僕たち二人、ポツンとブランコに座っていた。

「今日さ」巌が言った。「ゴメンな、ムリに誘っちゃってさ」

「……いや、むしろなんか楽になれたよ。久しぶりに外の空気が吸えたからかな、ありがとう」

 返事が来なかった。親友のほうを横目で見ると、彼は口を一文字にキュッと閉め、じっと地面をみている。

沈黙が場を包む。

「お前、これからどうすんの?」それを破ったのは彼の方だった。

「なにが」

「なにがじゃなくてさ、ずっとこのままふさぎ込んでる訳にもいかないだろ? せっかく内定もあるんだからさ」

「辞退するよ。気が収まるまでニートでもするさ」僕はそういうと立ち上がり、空を見上げた。

「それでいいのかよ、苦労して入った会社じゃねぇか」

「いいんだ。僕は、もう目標を失ったんだ」彼女と幸せな家庭を築くという、そんな些細な目標が、僕の唯一の目標が、あの時彼女と一緒に空へと消えたんだ。

「ふざけんな!」

 後ろから親友の怒鳴り声が聞こえる。

僕はびっくりして思わず振り返ると眉間にしわを寄せて今にも殴りかかってきてもおかしくないほど興奮している親友がそこに立っていた。

「そんなことしても恵ちゃんは帰ってこないぜ?」

 筋肉質なその腕で僕の両肩をガッチリと掴む。

「お前が、お前がそんなんでどうするんだよ! 後を追って自殺でもすんのかよ! お前はそれでいいかもしれねぇよ、でも」

 親友の頬を涙が伝う。

「残された俺達は、いや俺は、どうすりゃいいんだよ……無二の親友まで失くしたら俺は、俺は」

 嗚咽混じりの声でそういうと彼は地面に膝から崩れ落ちた。僕の肩をがっしり掴んでいた両手は力が抜けたように地面へ落ちてゆく。目の前で大の大人が人目を憚らずにワンワンと泣いている。

それを見て僕はハッとした。自分だけ苦しんでいるんだとずっと勘違いしていた。違う。本当は違う。本当は彼女に所縁のあった人全て、皆、苦しんでいるんだ。

恵の家族、友人や先生、もしかしたらバイト先の仲間たちも悲しんでいるかもしれない。

なのに僕は、僕だけが不幸なんだと、僕だけが苦しんでいるんだと思い込んでいたんだ。

思い出す。出棺の時に溢れる涙を抑えるように顔を両手で覆い隠した恵の母さん。そんな彼女の肩を抱き、背中を優しく擦っていた彼女の父さん、そして最後まで涙ひとつも見せずにじっと恵を見送り、僕を心配してくれていた兄さん。

それらが全ての光景が頭の中で反芻する。

謝ろう。いろんな人に謝らなければ。まずは目の前の親友に謝ろう。

気付いたときすでに僕の頬にも涙が伝っていた。謝ろうにも声が出なかった。

 仕方なく結局は二人して泣いた。

一人は激しく、一人は静かに涙を流した。

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