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第四話 バックトゥザパスト

「……これは」

「何が見える?」


 比曽が縋っていた一縷の希望が消えてなくなってしまったのを感じる。

 陸上部のロッカーの中に入っていて違和感のない物体は、一対のスパイクだけ。それ以外に入っていたものは、この場にとてつもなく似つかわしくないものばかりだった。


「……高校二年生から使う新品の教科書類、参考書類、筆記用具に各種ノート……それと」


 ここから先も問題だ。これらは運動部のロッカーの中に入っているわけがないものばかりだった。


「ハンカチ、ポケットティッシュ、それと財布……」

「財布? どんなの?」

「た、多分御手前のではないと思うっすよ。前から、種藤先輩がこの上品な白い皮の財布を使っているところを何度も見ているから、これは種藤先輩の財布だと思うっす」

「確かに僕の財布ではない……けど。流石にちょっと予想外だったな」


 考えを整理するように流奈は口周りに手をあてる。

 ロッカーの中には学校にあっても問題はないものしか入っていなかった。だが、何かがズレているような違和感を二人は感じる。


「……ハンカチにポケットティッシュに財布。これらは常備していなければ意味がないものばかりだ。それが何で学園のロッカーの中にあるのか……教科書類も、持ってくるにしたって陸上部のロッカーの中なんて不自然すぎるな」

「ちょっと待ってくれっす。スパイク?」


比曽が待ったをかける。流奈は不思議そうに首を傾げた。


「……スパイクだって立派な外履きっすよね。仮に靴を盗まれたとしても、こっちで帰ればいいんじゃ……」

「ダメだと思うなぁ。スパイクの(スタッド)って柔らかいトラックを走る以外の用途に使うとすぐ劣化するもの。陸上部の人間なら極力使いたがらないと思うよ? カチャカチャ音を立てて目立つしね」

「ならスタッドを外せば」

「外せるタイプ?」


 比曽はスパイクを手に取り、裏に付いている突起物を確認する。押しても引いても回しても、スタッドはビクともしない。


「……無理」

「じゃあ駄目。それは外履きに使えないよ」


 比曽は舌打ちする。しかし、彼女はすぐに良い方向へと思い直した。彼の探している財布はこの中に存在しないのは事実だ。信じないのであれば、ロッカーの中を手探りさせればいい。


「……妙なのは認めるっすけど、種藤先輩のロッカーの中に財布はないっすよ」

「うーん。そっかー……じゃあ本人が持ち歩いているのかな。いじめっ子に献上する予定なら、そっちの方が自然だよね。せめて、あの中の定期と保険証だけは返してほしいなぁ。できれば中に入ってたなけなしの三千円も」

「……っ」


 ――コイツは。コイツってヤツは人畜無害そうな顔でいけしゃあしゃあと。

 このままだと種藤のボディチェックをやらせろと言いかねない勢いだ。


「……御手前の脳内で構築されている、種藤先輩のプロファイルを当ててみましょうか」

「ん。うん」


特に断る理由のない流奈は頷いた。


「ハンカチ、ポケットティッシュ、財布に各種教材と筆記用具。女子陸上部の部室にこれらのアイテムを置いたのは何故か。一番しっくりくる答えは『盗み隠されるのを防止するため』。ええ、まあ。そこら辺は認めるっすよ。中々大したものっす」


 彼の推理上の種藤は、何者かによってイジメを受け、靴を隠された。多少なりともそれでダメージを受けた彼女は自分の所有物を、ほぼ生徒なら誰でも入れる教室に隠したり、直接的に奪われる危険性を孕んだ持ち歩きをしたり、ということを極端に嫌がった。

 ハンカチや財布はともかく、ポケットティッシュまでそんな理由で隠そうと思ったのだとしたら、彼女の精神は比曽の知らないところでとてつもなく摩耗していたことになる。

 では一体どこに隠せばいいか。簡単だ。いじめっ子にとって入るのが億劫な場所に隠せばいい。女子トイレや女子部室など、女子と名の付く場所に入りたがらないのが男子の心理だ。この仮説を立てるなら必然的に、いじめっ子は男子であることは確定する。

 ただ、これらの仮説はあくまでも仮説。自分たちが勝手に予測しているに過ぎない。


「裏付けが増えて嬉しいのはわかるっすけど、これじゃあただの状況証拠じゃないっすか。しかも違法捜査も甚だしいし。追及したり尋問したりは決定的な証拠ってヤツがないと厳しいっすよ。ポケットの中身を見せてくれって言っても、どうして? の一言で轟沈っす」

「決定的な証拠の心当たりなら一つ」


 苦々しげな顔をしている比曽に、流奈は人差し指を立てて言う。


「靴だ。彼女の靴の裏を調べればいい」

「……何だ。そんなこと」


 肩透かしを食らう。彼女の靴の裏に付着しているであろう汚れと、彼の眼鏡に付いた足跡の汚れの色を比べればいいと。レンズにくっきり汚れが残るくらいだ。確かに決定的な証拠になるだろう。

 比べられれば。


「無駄っすよ。だって、生徒会長の歩いた跡に、それっぽい汚れなんて一つも付いていなかったっすもん。今思えば、さっきの自分の上履きがどうたらって質問は遠回しに、アタシに御手前の周りの床の汚れを確認させるための質問だったんすよね?」

「げっ。バレた」


 ここでようやく、流奈の顔から余裕が消える。やっぱり彼は自分と同い年なのだと確認できて、少し気分がよくなる。


「残念! 綺麗なモンだったよ。先輩の靴の裏に目立った汚れはないと断言できるっす」

「拭けばいいんじゃないかな。学校なんだから、玄関口にマットレスとかあるでしょ。それが無理なら雑巾とか」

「あっはは! やっぱり盲目の探偵なんてそんなものっすね!」

「……む」


 嘲笑を受けた流奈は一気に不機嫌になる。間違っているのなら、その点をさっさと説明しろと言わんばかりだ。お望み通りに、と比曽は自信満々に告げる。


「マットレスはこの前、保護者会の寄付で新しく買われることに決まったんすよ。それが今日来る予定だから、春休み前の大掃除で古い方のマットレスは撤去されたんすけど。どうやら発送が遅れているようっすねぇ。この学園にマットレスの類は一切無い! と、これまた断言するっす」

「え。嘘。じゃあ雑巾は……」


 戸惑って次の可能性に縋ろうとする流奈を、比曽は嬉々として妨害する。


「掃除のときになったら職員室に行って、そこから教員に雑巾を人数分借りて、掃除が終わったら担当教諭に掃除した場所をチェックしてもらい、最後に洗って綺麗にした雑巾を職員室に返却する。これがこの学園における掃除のルールなんすよ。箒や塵取り以外のあらゆる用具は職員室で集中管理っす」

「……ま、マイ雑巾とかは?」

「徳川家康も爆笑間違いなしっすね」


――それは埋蔵金のことを言っているのかな?

流奈がそう訊く前に言葉を継がれた。


「あのね。ポケティまで奪われるのを懸念して女子陸上部の部室に隠すような、擦り切れた精神状態ってプロファイリングを信用するなら、そんなものを常備すると思う? あ、ちなみにこの場に雑巾は発見できないっす」

「……ううっ!!」


 のけぞって何も言えなくなった流奈を見て、比曽は勝利を確信し、掛け声もなくガッツポーズする。その様が見えていたわけではないだろうが、直後に流奈の背筋から自信や覇気といったものが抜けていくのがわかった。


 小生意気な同級生が俯いて落ち込んでいる様を見ると、やっぱり笑いが堪えきれなくなる。加虐心もツンツン刺激されるので、わざと大声をあげて笑うことにした。


「あーっはっはっは!! いやー、よかったっす! すず……種藤先輩!! アタシ、あなたの名誉を守り切りましたよ!!」

「……ん。待てよ。まだ可能性はある」

「はあっ!?」


早すぎる復活。勝利に酔いしれていた比曽は、声を荒げて流奈に噛みつく。


「あー、もー! いい加減にしなって感じっす!! まだ何か? 学校内の水道を使ったって頓珍漢な推理を披露するつもりだったのなら、そろそろアッパーカットしてその舌をぶち切るっすよ! 直接的に水で洗い流したりなんかした日には、それはそれでバレるんだから! 歩いた跡が水浸し、ないし足跡が汚れじゃなくて水に変わるだけっす!」

「いや。良く考えたらさ。まだあの可能性が残ってたなって」

「?」

「入ってなかったんだよね?」

「何が?」

「――――」

「――――!!」


たった一個の単語。それが放たれた瞬間、比曽の腕から足から、力が抜ける。


――――――――――――――――――


 入学式が終わった。

 各々の教室での点呼と、先生の自己紹介も終わり、学校の廊下は帰宅途中の生徒で溢れかえっている。学校内のスピーカーからは、入学式のあとに行われる保護者説明会の案内が延々と流れ続けていた。

 もちろん生徒たちには直接関係のない事柄なので、全員聞き流していたが。

 入学式早々仲良くなっているグループはほとんどが女子だが、たまに男子のグループもチラホラ見える。女子のグループは積極的に新入生に話しかける中学からの進級生との混合グループであるのに対し、男子のグループは中等部からの進級生のみか、受験戦争以前の時代からつるんでいる親友同士の新入生のみかの単色グループばかりだった。


「……ねえ知ってる? 保護者席にあの恋島探偵がいたんだって」

「え。マジ? 何かの見間違えじゃあ……」

「あんな長髪を見間違える人間がどこにいるのよ」


 女子グループの中で繰り広げられる話は、大体が『恋島留乃に似ている誰かが入学式に来ていた』ということだった。彼女は男性人気よりも女性人気の方が高い。男子グループの中にもチラホラ、そのことを話している者もいる。

 ではそうでない人間はどんな話をしているのかというと、これは進級生ではなく新入生が中心となったグループの、大分お下劣な与太話だった。


「な、なあ見た? この学園の生徒会長すっげー美人」

「パネェ!」

「いいよなぁ。いくら払えば話しかけてもらえるかな」

「パネェ!!」

「い、いや。話しかけるくらいなら俺にだって余裕かな。うふふ」

「身の程をわきまえよ」

「えっ」


 それに耳を傾けていた女子は『男子ってバカよねー』と彼らのことを侮蔑の視線で見る。共学では非常にありふれた光景だ。

 しかし、これまたありがちな光景だが、彼らは身の回りや足元なんか碌に見やしない。彼女らのひそひそ話を馬耳東風と受け流し、今最もホットな生徒会長の姿を、穴が開くほどに見つめている。

 当の彼女は、まるでドレスを着た王女のように悠然且つゆっくりすぎない速さで廊下を歩いている。視線には慣れっこなのか、あるいは自分が人目を惹く容姿をしていることにまったく気付いていないのか、といった体だった。

 しばらく歩くと喧騒は遠ざかり、渡り廊下に出る。温かい風に混じって、桜の花弁が舞うのが見て取れた。

 種藤は、はたと立ち止まる。桜を見るためではなく、目の前に見知った顔がいるからだ。


「リカ。どうして入学式のときにいなかったの? 何故か流奈くんも消えてるし」

「……」


 当のリカ――比曽(ひそ)アリカ――は口をつぐんでいる。

 彼女との付き合いは長いが、初めて会ったときも、比曽はこんなふうに口を真一文字に結んで、不機嫌そうな顔をしている少女だった。それは種藤の生徒会役員、という立場を疎ましく思っていたからなのだが、今の比曽と種藤は親友と言ってもいい間柄になっている。

 なのに。


「……あら? だんまり?」

「……悪いけど、質問に答えるのは御手前の方っすよ。スズ姉さん」

「え?」


 比曽が抱えている感情は、敵意? 疑念? それとも憤怒なのか。あるいはそれ全部がないまぜになった感情なのか。比曽が浮かべているのは、向けられて気持ちのいい表情ではなかった。


「流奈っちから聞いたんすけど、彼、ここに来る前に泥棒にあったらしいんすよ」

「へえ。世の中物騒になったものですね」

「で。その泥棒。実はこの学園にいる誰からしいんすよね」

「!」


 種藤の眉が一瞬だけ反応したのを、長い間一緒にいた比曽は見逃さない。


「……根拠は何なのでしょう? 風説の流布は立派な法律違反だから、勝手な憶測ならそれとなく注意してあげないといけませんね」

「靴跡」

「ッ!!」


 思い当たる節はあった。だが、まさか指摘されるとは思わなかった。彼女がそんな反応を示したように、比曽には見えた。


「そのときに泥棒に眼鏡を踏み壊されたらしいんすけど、その靴跡っていうのが、この学園の指定上履きのそれだったんすって。まあどこまで本当か疑わしいものっすけど」

「……そうですね」

「で。スズ姉さん。こっからが本題ですけど」


 すう、と息を継いで、言い放つ。


「服の下に着こんでいるもの、ちょっと見せてくれないっすか?」

「……何、ですって」

「聴こえなかったんすかね」


 参ったな、と頭を掻き、一拍置いてから言い直す。


「服の下に着こんでいる『汚れ塗れの体育着』、さっさと見せろって言ってるんだよッ!!」

「……!?」

「考えてみれば、それはそうでしょ。誰だってわかることだ。ほとんどの女子は制服で走りたがらない」


 何故ならスカートを履いているのだから。

 切羽詰まった状態ならともかく、準備期間があるのなら、誰だって体育着を使うことを思いつく。そして、体操服なら制服の中に着こむことができる。しかも運動部なら、制服の中に着こんでいても誰も違和感を抱かない。さらに、制服はともかく体育着なら汚れていても尚更違和感がない。


「……直接肌に触れているものなら、安心できるんすかね。基準がよくわからないけど」


 ため息を吐いた比曽は、種藤と目を合わせる。それだけなのに、種藤は酷く怯えていた。こちらが一歩踏み出せば、あちらは一歩後ずさってしまうだろう。


「雑巾を持っていないのなら体育着で上履きの足の裏を綺麗にしたってことにしかならない」

「な、何を言っているのか」

「わからない? へえ。そう。じゃあ種藤先輩の体操着、見せてくれないっすかね」

「あ、あれは陸上部のロッカーにあるから」

「なかったっすよ」

「……え」


 種藤がしたのは、そんなはずはない、という困惑の反応ではない。

 『何であなたがそのことを知っているの?』という驚愕の反応だった。


「犯人はいじめられっ子だ。きっと財布をすったのもいじめっ子の指揮だった。ターゲットに選んだのは小柄で弱弱しそうな流奈っち。後ろから突き飛ばして財布をすり、眼鏡を踏み砕いて逃走。その後、自分の靴の裏の汚れを体育着で落とし、女子陸上部部室で制服を着こみ、何食わぬ顔で学園に戻った。何か間違ってるっすかねぇ。間違いがあったら教えてもらいたいもんっす」

「……」


 しばらく強張った表情をしていた種藤は、比曽の披露する推理を聞いている内に緊張を解いていく。

 最終的に憑き物が落ちたような顔になると、誤魔化すのもバカバカしいとばかりにポケットの中をまさぐった。


「知ってるかしら。人のポケットの中から何かを盗るのは、とっても簡単なんですって。コツは手の全部をポケットにねじ込まないこと。軽いものを盗るのなら、人差し指と中指をピンセットのように使って、ゆっくり抜き取るんですって」

「……」

「だから。私、ポケットの中に何かを入れるのはやめたんですの。アイツらが……アイツらが、そう言って私のものを得意気にどんどん盗って行ってしまうから」


 その語気に怒りはない。既に抵抗するための牙を抜かれた、情けない女の子が目の前にいた。


「……でも、私のものでないのなら。ポケットに入れてもいいのです。だって私のものじゃないんだから」


 ポケットから取り出され、種藤の手の中にあるのは、彼女には似つかわしくない、百均で売っているような安っぽいチャック口の財布だった。


「いるのでしょう? 流奈くん」

「いるよ」


 種藤の進行方向の、渡り廊下の角から声がする。感情による抑揚のないまっさらな声だった。


「……リカ。あなたとの付き合いはもう二年にもなります。今の推理があなたのものでないことくらい、わかるんですよ?」

「そっすか。興味ないっすけどね」


 心底落胆している比曽を見て、少し心が痛む。だがそれより種藤には気になることがあった。渡り廊下の先にいる流奈に訊く。


「いつから私が怪しいと?」

「最初。比曽さんの隣に座らせられたとき」

「……そんな前から?」

「あのさ。この学校って中高一貫校なんだ。入学式で入ってくるのが必ずしも高校生だとは限らないんだよ」

「……ああ、ああ……あはは……そうですね。失敗しました」


 流奈は高校生にしては小柄だ。そして、手を引かれている間、流奈は自分が高校生だと名乗った覚えはない。


「やたら視線を感じたのも、よく考えたら当たり前だなぁ。何人かがこう思ってたんでしょ。『何で中学生が高校生席に座っているんだ? もしかしてコイツも高校生なのか?』みたいな」


 組み分けはまだ発表されていないから、入学式における高校生の席順および中学生の席順は特に制限はない。ただし、ほとんどというだけで、実際のところは一つだけ制限があるはずだ。先生だって分けられるところは分けておきたいだろう。


「普通に考えれば、あのときの入学式は中学生席と高校生席でわかれていたと思うんだ。で、生徒会長が僕を案内したのは高校生の比曽さんの隣。これって僕が高校生だと知っていなければおかしいよ。仮に入学式の席順に中学生と高校生の区切りがなかったとしても」

「高校生のアタシの傍に座らせるのは不自然……か」


なるほど、と比曽は頷く。


「僕の素性を知る方法の中で、心当たりがあるのはたった一つだけ。財布だよ。あの中にあった身分証のどれかだ」

「保険証です。珍しい苗字で、しかも聞き覚えのあるモノでしたから、うっかり二度見してしまったんですよ。まさかそれで墓穴を掘ることになるとは……」


 自嘲気味に種藤は笑う。たったの数時間たらずでここまで自分を追い詰めた相手の正体の心当たりに、得心がいった。


「……あなた、やっぱり」

「それ以上、キミの話を聞くつもりはないよ」


渡り廊下の先。道の角から流奈は姿を現す。


「……その財布は返してもらう、と、言いたいところだけどさ。僕って博愛主義者なんだ」

「?」

「持っていきなよ。財布(それ)

「!!」

「へっ」


 間抜けな声を出したのは比曽だけだ。種藤は眼を点にしている。


「……行けば? キミを待っている人がいるんでしょう?」

「……」


 何を考えているのかわからないが、持って行けというものを遠慮する道理はない。というより、その選択肢はあっても元より選べない。種藤は追い詰められている。得体の知れない提案だが、飲まないわけにはいかない。


「……ッ!」


 嫌な予感がするのは確かだったが、種藤はそのまま笑顔の流奈をすり抜けて、どこかへと歩き去ってしまった。


「……何をするつもりっすか?」


 比曽が訊くと、流奈は笑顔から無表情になった。


「駄目押し」

「……」


 実は比曽は、流奈が何をしようとしているのかを漠然と知っている。あくまで漠然と、大筋だけだが。


「さて。真犯人との面通しの準備。始めようよ」

「はいはい」


比曽は裾を引っ張られ、流奈は裾を引っ張って、その場を後にした。

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