限りなく幻影に近くありえないほど現実感の失せたプロローグ
自分の記憶の最初。
誰にだってある優しい過去を、それなりに仲良くなった人に対して、彼女は毎回聞いていた。
母親に手を引かれていく記憶。
産まれてきた自分の妹、弟に、はじめて触れたときの記憶。
美しい景色の記憶。
何度も何度も何度も聞いている内、彼女は自分の最初の記憶が普通ではないことを悟った。
路地裏。ゴミ捨て場。動かない体。ぼやける視界。
後で聞いた話だと、そのとき彼女は傷と痣だらけだったらしい。
そのときはどれが痛みで、どれが快楽なのかも判別が付かなかったものだから、本人はまったく覚えていないけど。
そのときに、彼女が感じていたのは激しい嫌悪感。
憎い、と言葉として思っていたわけじゃない。ただ、見えるもの匂うもの、その他感じるもの全てがやたらと嫌なふうに感じられた。
青空が嫌だ。匂いも嫌だ。首以外はまともに動かない自分の体も嫌だ。
というか、自分がこうやって意識を持っていて、脳が活動をしているこの状況が嫌で嫌で仕方ない。
言葉や文章でそう思えていなくとも、彼女の思考回路は概ねそんな感じ。
要は『産まれてきてしまったこと』に対して、どうしようもなく嫌なものを感じていた。
そんな彼女の傍に立つ何かがいる。
時代錯誤なファンタジー映画に出てくるような、古風なフードを深く被り、薄気味悪く笑う誰か。
後々に彼女の敵になる存在の一派の一人、というより一匹だった。
「いい感情だ……ここまで黒い人間を俺は見たことがない」
何か言っていた。が、嫌だったのでまともに聞いてない。
「お前に種を埋め込めば、それなりに、この世界に災禍を振りまけそうだな……喜べ。お前の心を使ってやる」
触られるのも嫌だったが、首から下が何故か動かない。叫び声もあげられない、というよりあげるという選択肢も思いつかないくらい、彼女の精神は幼かった。
「……!!」
ただ、涙が出た。ただでさえ顔がボコボコになってて、目がぼんやりとしか見えなかったのに、涙のせいでさらに視界が歪んでしまう。
そんなときだった。薄気味悪いフードの敵が、車に跳ね飛ばされたように、不自然に吹っ飛んだのは。
「おうおうおう……人様のナワバリで何してんだ、この薄らハゲ」
足音が近づいてくる。それも何人も。
しかし、彼女の耳に残った足音は、その中で一つだけだった。
やたらと自信満々で、歩幅も大きく、自分がこの世界に存在していることに対して何の疑問も持っていないような足音だった。
「ぐっ……がっ!?」
「日本語で喋れ、タコ」
その足音は地面を楽器のように響かせて、一気にフードの敵に詰め寄り、その顎をアッパーカットで叩きあげた。
「お、ごお!?」
「シャハハハハッ!! リーダー! 相っっっ変わらずトンでるねぇ!! 今ので舌が千切れ飛んだんじゃねぇのゥ?」
リーダーと呼ばれた人物は、自分より六歳くらい年上の女だ。今の品のない声をあげた人物になど目もくれず、彼女の目はリーダーに釘づけになった。
「きっ……貴様は……!?」
フードから覗ける目が、驚愕一色に染まっている。しかし、リーダーはそんな彼に一瞥もくれず、地面に落ちていたそれを拾い上げる。
「『魔法少女』だ。珍しくも何ともないだろ?」
ガンッ!!
そして、拾い上げた鉄パイプで、思いっきり敵の頭蓋を叩き割ってしまった。