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エピローグ

極寒の地で、一人の老人が雪道を歩いていた。

真昼にも関わらず、この国の雲は暗い。湿った冷気が頬に染みたが、老人の顔は爽やかな笑顔で火照っていた。


外交官マルコヴィッチ。彼は朗報をたずさえていた。

隣国の不始末で被せられた厄介事がようやっと片付いたと、知らせが届いたのだ。


この男には二つの顔がある。

一つは政府に勤める外交官。もう一つは、正教会のエクソシスト。

しかしこの二方面へは電話連絡のみで済まし、自らは職務とは関係のないところに足を運んでいた。


そこは孤児院だった。

心に病を抱えた親無き子たちの集う場所だった。

今回の災難で唯一の生き残りが、数百人の命を奪ったあの恐るべき事件でたった一人だけ生き残った子供が、孤児院にいた。

その子供に、マルコヴィッチは会いに来たのだ。


薄暗く寒い、まるで取り調べ室のような面会室が少年を待つマルコヴィッチを苛立たせた。

二対のパイプ椅子と、事務机と灯油ストーブ。すべからくかの国からのお下がり品だ。今回の事件も、かの国から持ち込まれたものであることを思い出すと腹が立った。

あんな国にすり寄らないと、小さな施設は備品すら揃えられない祖国の貧しさが情けなかった。



面会した少年は、暗い顔で俯いていた。

前に見かけたときと同じだった。今にも衰弱死しそうな、そんな危うさを哀れに思い、根が親切な老人は少年に希望を与えたくなったのだ。


「クリス坊や、例の悪魔は倒されたよ」


悪魔が倒れても、村人は生き返らない。彼の家族や友人は、永遠に帰って来ない。

ただ、少年が怯えずに生きていって欲しかった。他にマルコヴィッチに出来そうなことが見つからなかった。


少年の表情に笑顔が戻った。輝くような満面の笑みだった。

マルコヴィッチも笑顔を返した。わざわざ足を運んだことが、決して無駄ではなかったと思えた。

ほんの一瞬だが、そう思えた。


「本当に?本当に?」

天使のような笑顔に、痩せ枯れた老人は何度も何度も頷いた。今日この日にクリス坊やに会えたことを神に感謝した。

しかし老人の救いはあっと言う間に消えてなくなった。


「あいつはどう死んだの?苦しんで死んだ?

みんなの分も、パーパやマーマの分も、トーニャの分も目一杯苦しんで死んだの?

あっという間に死んだんじゃなくて、長い間、生まれてきたのを後悔するくらい苦しんで苦しんで苦しんで苦しんで苦しんで苦しんで苦しんで苦しんで死んだんだよね?

そうじゃなきゃ嘘だよね?」



クリス坊やは嬉しそうにマルコヴィッチを質問責めにした。

老人には何も言うことが出来なかった。


窓の外は強烈な吹雪になろうとしていた。




北の国の紅い蜘蛛


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