北の国の赤い蜘蛛65
長い長い一日を終えた梅岩は仮眠を取りに行く途中、縁側で母親と出くわした。
両の腕のない皺だらけの母親は、二人の侍女を先に行くよう促した。
「昨日は大変だったわね」
やんちゃ坊主の梅岩だが、この母親にだけは弱い。照れくさそうに、ぽりぽりと頭を掻いた。
「正直なところ、自信がありません」
母親は優しい笑顔で「何が?」と聞いた。
「あの子は、夥しい程の罪の無い人々から命を奪いました。そして罪に耐えかね、死を望んでいました。
オレは、あの子から死を奪いました。戦力が欲しいから、オレが殺したくないから、ただそれだけの理由で。
あの子に偽善者と呼ばれました。それは、間違っていないとオレ自身さえ思うのです」
梅岩は過ちを犯してしまっている危険を恐れていた。少年を助けたことは果たして正しかったのだろうか、自信がなかった。
「そうね。それは、可哀想なことをしてしまったわね」
てっきり罪悪感を払拭してくれるものと期待していた梅岩のそばを、母親は通り過ぎた。そして、振り向いて言葉を返した。
「沢山の命を奪った、それがあの子の罪。あの子に贖罪を背負わせた、それが貴方の罪ね。
あの子が奪ってしまった命を購えるほどの命を救うようでないと。たくさんの、たくさんの人を救わないと、二人の罪は償うことはできないわね」
放った言葉に反して、母親の声は優しい。
「…大変なものを背負ってしまったようです」
梅岩は何故かニカッと笑った。どうして笑ったのか、梅岩本人さえ知らない。




