北の国の赤い蜘蛛64
「それで、だ。とりあえずの邪気は祓えたが、君の肉体が邪鬼によって構成さるていることには変わりない。これから君は、自らの力で邪鬼の意志を抑える術を身につけなければならない。
大変なリハビリになるだろう。なにせ、体が邪鬼でできた人間なんて、前例が無い。手探りでやりかたを模索していくことから始めなきゃいけない。ところで……」
梅岩は元々饒舌なほうではあるが、この日はいつも以上に喋りたくて仕方がない。
「君の下の名前を教えてくれ。スドウだけじゃ、これから何かと不都合だ」
少年はそっぽを向いたまま。
「知らない」
と言った。
「自分の名前だ。知らないってことはないだろ……」
梅岩は苦笑した後、
「そうか…わからないか…すまん」
思うことあって、謝るしかなかった。
この子は、自分の顔すら覚えていないのだ。青麗から貰った写真にあるスドウ少年の顔と、横たわっている少年の顔はまるで別人だ。
間違いなく、あの猿に喰われたとき少年は一度死んだのだ。
「…新しい名前をつけてやろう。どんなのが希望だ?」
梅岩は無口な少年に話を振ったが、返事がない。
「なんだ、また寝てしまったか。…あんまり寝てばかりだと、三年寝太郎にするぞ」
梅岩はクスリと笑った後、結界の安定を確認した。
梅岩が去った部屋で、つぶったままの少年の眼から一筋の涙が零れて落ちた。




