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北の国の赤い蜘蛛55
とあれ、今の状況が結果的に勝利したのと変わらないのは、今日の戦いが特殊なものだったからだ。少年の願いは明らかだった。
『動けないうちに殺してくれ』
少年は勝負に勝ちながらも、その勝利を意図的に放棄したのだった。
「梅岩、どうしました?
ここから先、どうしたらいい?」
呆然としたままの梅岩に、百重は苛立っている。
梅岩は決めた。この不戦勝は、良いように使わせてもらうことを。
「甕を近くに持って来てくれ…」
梅岩がそう指示すると、百重は雪に埋もれかけた甕と台車を引いて持ってきた。
「有り難う。下がっていてくれ…」
梅岩が祝詞を唱えると、少年と長麿を包んでいた光は輝きを増した。少年と蛇の体が宙に浮き、甕の入り口が光を吸い始め、やがて少年と蛇も一緒に甕の中に消えた。
梅岩は重い体を引きずりながら蓋を閉め、何枚もの札で隙間を塞いだ。
携帯電話で通訳兼ガイドを呼び戻し、倒れそうになりながら百重に一言
「帰ろう」
と言った。
こうして
勝負に負けて相撲に勝った北の旅は、終わりを告げた。




