北の国の赤い蜘蛛48
「むっ…近い…近いぞ…」
住職の経を詠む声と、数珠を摺り合わせる音が聞こえた。
音は次第に近付いてきた。少年は恐怖に震えた。音が近付くということは、恐ろしいものが潜伏している所が近いということを意味していた。
そばにいた若い僧侶の手を握ると、三つ四つ年上の僧侶も握り返した。怖いのは皆同じだ、と思うと少しだけ気持ちが楽になった。
少年たちの待機していた部屋の前に、音は止まった。
少年は恐怖のあまり歯の根が合わなくなった。
襖が開き、眉間に皺を寄せた住職の顔が目に入った。
邪鬼はここにいるというのか?少年と同じ部屋に?
見渡す限り、部屋には年の若めの小僧たちしかいない。邪鬼は天井裏や床下にでも潜んでいるというのだろうか?
もしくは、敵は全国有数の強力な結界を誇るこの寺に侵入するほどの怪物だ。霊感の強い少年ですら見ることも感じることも出来なくても、不思議ではない。身を隠すまでもなく、少年たちの間をフラフラしているのかもしれない…
「いたぞっ!」
住職が怒声をあげた。
住職は少年のほうを指差していた。
少年は自分の背後に危険なものがいるのかと思い、反射的に体をどけた。
しかし、住職の指先は少年を追っていた。
「……えっ?」
少年は信じられなかった。
タチの悪い冗談としか思えなかった。
「小僧に憑いたか、小僧に化けたか?
いやいや、憑いただけでは抜けられん。そんなチャチな結界ではないからな。
貴様、どうやって秘密を知った?上手く人に化ければ抜けられると、誰に教わった?」




