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北の国の紅い蜘蛛42
しばらく、少年は無事に山を駆け下りていた。
草木を蹴り散らし藪を突き抜け、歓喜とともに山肌を走った。
あの縄は意地悪な僧侶たちが自分を逃がさないためにつくった、卑劣な嘘だったとさえおもった。
背後から声が追いかけて来るまでは。
「うまそうだ」
「こどもだ」
「力のある子だ」
「ごちそうだ」
最初は声だけだった。
しかし少年はただの子供ではなかった。邪なものを感じることも出来る子だった。
後ろにいるものが、いまだかつて遭遇したことの無い危険なものであることも、わかる子供だった。
僧侶たちは嘘吐きではなかった。
子供の扱いが破滅的にダメな人ばかりが揃っていたが、少なくともあの結界によって少年は確実に守られていたのだ。
寺にさえ居れば命だけは保障されていたのに、少年は自らわざわざ危険な所に出向いてしまったのだ。
子供の足で懸命に駆け下りたが、人外のものの足には難なく追いつかれてしまった。
目の前を塞いだのは二匹の猿だった。
勿論、ただの猿ではない。
二匹とも体が大人よりも大きく、言葉を操った。
「逃がすかよ、逃がさねえよ」
「腕をもらおか足をもらおか」




