北の国の紅い蜘蛛39
長麿の願いは無茶苦茶なものだった。
どんな経緯でそんな羽目に陥ったのか、見当もつかない。憑かれたのではなく、寄生されているというのか?そんなこと前例が無い。対処方法からして古来より記録すらない。
(不可能に決まってるじゃないか……)
可哀想だが、少年の救出は絶望的だ。瘴気を祓ったとしても、彼の肉体そのものが邪鬼なのだ。これ以上の罪を犯さないよう、滅してやることしか出来ない。
梅岩は石礫に符を巻いた。同じものを三つ作った。
(オレ…なにしてるんだ?)
精神は既に諦めていた。少年を滅してやることしか出来ない。縛妖陣は意味がない。少年を封じて帝家に持ち帰ることが無意味になったからだ。
にも関わらず、体は縛妖陣の準備を始めていた。あの子供を生かして救う手立てはないというのに。梅岩の心は折れているのに、体は全く逆の決断を下していた。
(ダメかどうかは、やってみなければわからない)
戦況は再び膠着していた。
百重のワンサイドゲームだったのを、右手の剣が差を埋めた。
むしろ剣のほうが間合いがあるだけ、分があると言えた。
梅岩は百重の背後まで歩いて
「勝てそうか?」
と聞いた。
「正味なところ、厳しいです」
百重は正直に答えた。
(感謝の証だ。儂も、やれることをしよう)
長麿は梅岩のすぐそばまで這い寄っていた。足がめり込むことがないので、むしろ動きは速やかだ。
「梅岩、その蛇は?」
側頭部の眼だけ動かしながら、百重が聞いた。
「紀伊の長麿殿だ。味方だ」
梅岩は当たり前のように言い切った。
(重ね重ね、感謝する)
長麿は礼を厚くする代わりに、すぐさま行動をとった。




