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北の国の紅い蜘蛛36
(なるほどな…)
梅岩は思い出した。百重の言った『私の拳術は貴方の柔術に通じないでしょう』という言葉を。
百重は体の軽いなりの拳しか繰り出せない。役に立つ日もくるだろうかと覚えた程度の柔術にすら謙遜する破壊力だが、実戦において致命的欠陥にはなり得ない。
百重の拳は倒すための拳ではないからだ。力を奪う、当てるための拳なのだから。
勝負の行き先は見えた、と梅岩は思った。もう少し撃ち合いが続けば、ほどなく蜘蛛は百重の拳に屈して雪に埋もれるだろう。そこで梅岩の縛妖陣で止めを刺し、甕に封じることが出来る……
しかし勝負を決めるのはまだ早かった。
調子に乗って間合いを詰めた百重の腕から出血した。
驚き戸惑う百重の目の前に、防御を破ったものの正体が明かされた。蜘蛛の使っていなかった右腕の、肘から先が曲刀に似た肉の剣に化けていた。
蜘蛛は隠し玉を備えていたのだ。八本足の鉈より鋭利な、右腕の剣。それさえも百重の瞳術の鎧をどうにか切り裂いて、浅い傷をつけるだけで精一杯だった。しかし、決まったと思われた勝負を覆すのには充分だった。




