北の国の紅い蜘蛛34
絡蔓!
梅岩は得意とする術式で、獣の足を止めようと試みた。
本来なら、ただの雑草が蔓に化け、敵の足を絡み取るはずだった。だが、草は雪面から顔を覗かせるだけで精一杯で、獣の足に触ることさえ出来なかった。
信仰するものが居なければ、この有り様か!
梅岩は絶望にかられた。
腰を落としたところに、再び蜘蛛の足が伸びてきた。あわやというところで、百重が駆けつけ手の甲で受け止めた。
「危ない、下がって!」
梅岩は驚愕した。鉈のように鋭い刃を、いとも簡単に受けるとは。
百重はこの寒空の下、梅岩から借りたオーバーもパーカーも脱ぎ捨てて、あろうことか上半身を剥き出しにした。寒さに強い、などというレベルではない。気が違っているとしか思えない。
だがそれは正しい選択だった。百重の全身は鈍い緑色の光で覆われていた。光がバリアの役目を果たして刃を受けた。
光の発生源は、眼だった。体全身に数え切れないほどの眼が開いていた。むしろ体全身が眼で覆われていたと言って良い。服など着ていても、切り裂かれて台無しにされるだけだった。
(これが『百眼』の正体か…)
丸坊主の頭までが眼で覆われているのだから、禍々しいのを通り越してシュールな容貌をしている。
百重は蜘蛛の足による斬撃に幾度も晒されたが、緑色の光に遮られて刃は肉に届かない。
なるほど、雪国の寒さなど通さないはずだ。自ら『攻防を備える』と豪語する以上に、百重の瞳術による防御は鉄壁の一言に尽きる出来だった。




