北の国の紅い蜘蛛26
翌朝
梅岩と百重は北の国にいた。
「さすがに、寒いな…」
飛行機を降りると、一面の雪景色だった。車道を除き、あらゆるものが雪に埋め尽くされている。
梅岩は上着五枚重ねなのに、空港から出るなり震えてしまった。実は海外に出るのは初めての梅岩に、これは堪えた。
予約していた通訳兼ガイドを待つ間に、風邪をひきそうだ。
しかし百重を見ると、毛糸の帽子とパーカー一枚で平気な顔をして周りを眺めている。
余程寒さに強いのだろうか。それとも…
「よく寒くないな。それも瞳術か?」
梅岩は聞いてみた。
「それは答える必要のある質問ですか?」
百重は聞き返してきた。
「いやなら、いい」
梅岩は追及する代わりに、トランクからオーバーを出した。
「だが、寒くなくても着ろ。みんな怪しんでるぞ。常人のふりをするのも、人化のうちだ」
確かに現地人たちは百重を訝しげに見ていた。
小男は渋々ながらサイズの合わないオーバーを羽織ると
「…重いんですが」
と、不平をもらした。
すでに百重には、封印の甕を載せた台車を牽かせていた。本人の言うとおり、華奢な体格に大きな荷物は不釣り合いに映った。
「意外と、基礎体力は人並みなのか?」
梅岩は少しだけ気が引けてきたので、台車の取っ手を掴もうとした。
「いいえ。かまいませんが…」
百重は意地になったように、台車の取っ手を離さない。
(意外と、かわいい奴かもしれないな…)
梅岩が微笑むのが合図であるかのように、通訳兼ガイドの運転するワゴンが迎えに来た。
ワゴンは凍結した車道を滑り、標識に軽くぶつかって止まった。
退屈しない旅になりそうだ、と梅岩はおもった。




