北の国の紅い蜘蛛
氷の国に住むクリストフ少年は信心深い子供だった。
今どきこんな子供はいない、と珍しがられるほどだった。日曜日は殆ど毎週のように教会に足を運んだ。
少年の住む所は雪が多く、教会への道はあまり楽なものではなかった。それでもクリストフは両親に危険だときつく止められない限りは、あしげく通った。
教会に行くと周りには、お爺さんお婆さんばかりだ。
少年が席に座ると、大抵は隣に座っている大人がプラチナブロンドの頭を撫でて、クリス坊やは信心深い良い子だ、と褒めてくれる。
大人し過ぎて子供の世界で目立つことのできないクリス少年には、教会こそが彼の居場所だったのだ。
ある日曜日、クリスはその朝も同じように教会にいた。いつもと同じように席に座ると、いつもと同じように隣に腰掛けたお婆さんが頭を撫でてくれた。
その日がいつもと違ったのは、お祈りの最中にもう一人の子供が入ってきたことだ。
クリスは席の背もたれの上から覗いた。子供は深いフードを被っていて、顔が見えなかった。雪の積もった上着は鮮やかな紅色だったので、クリスは女の子だろうとおもった。ちょうど近所の幼なじみのトーニャが、色違いのクリーム色の上着を持っていた。
お婆さんを放置して、中央通路側の席を残して隣に座った。いつになくオマセな気分になったクリスは、隣の席に来てくれたらいいのに、と神に祈った。
ところが小さな珍客は中央通路の途中で止まったまま、座ろうとしない。
クリスは不思議に思い、端の席を越えて背もたれの横から身を乗り出して、珍客の様子をそっと覗いた。
子供はトーニャと色違いの上着のボタンを外していた。クリスはますす訝しんだ。暖房がろくに効いていない教会で上着を脱ぐなんて、寒くて仕方がないはずなのに。
紅い上着に積もった雪を払いもせず、子供は上着の前を開けた。
上着の中にあったものを見て、クリスは言葉を失った。
そこには、昆虫の腹に似たものがあった。
四対の蟲の脚のようなものが、はだけた上着の下に蠢いていた。
クリスの顔に、液体が飛んできた。
ぬめりつく感触に仰天したクリスは、反射的に掌で顔を拭った。そして反射的に、気持ち悪い液体の正体を眼で確かめた。
それは血だった。
いましがた飛び散ったばかりの鮮血だった。
クリスは背後で何かが倒れ落ちる気配を感じて振り向いた。
お婆さんの首から上がなくなっていた。
周りを見渡すと、席についていた大人たち全員の首がなかった。
一番前で祈りの言葉を捧げていた神父様は、上半身がまるごとなかった。
トーニャと色違いの服を着た何かは、腹から生えた脚を伸ばして教会じゅうの大人たちを一瞬にして切断したのだ。蜘蛛に似た脚を伸ばして、教会の全てを血で汚したのだ。
たった一人、椅子の背もたれに隠れていた小さなクリスだけが、見逃された。
あれはトーニャの服だ。
トーニャから奪った服だ。
クリーム色だったのが紅色に変わっている理由が、クリスにはわかった。
少年は生来の鈍さのお蔭で一命を取り留めた。
大声で悲鳴をあげたとき、トーニャの服と命を盗んだ犯人はとうに教会から去って、雪の町で狩りの続きに興じていた。