Finale
◇◆◇◆◇冒険者の町ウエルズ・日暮れ◇◆◇◆◇
「だー! 終わった―! 俺すげぇがんばった、俺えらいっ!」
肩をぐるぐる回しながら自信をねぎらう。
「おうよ、おつかれよ。思ったよりも早く終わったな。茶でも飲むかよ?」
「いや、いいわ」
ちっちゃくてむさいおっちゃんのギルマスさんの申し出は断る。
いや、いい人だがね。
「それより祭りに早く行きてぇから行ってくるわ」
俺はそういうとギルドの執務室と言う監獄から飛び出した。
ようやくすべての書類地獄から脱した時にはすっかり黄昏ていた。とっくに祭りは始まっているらしく俺がまだ地獄の真っ只中に居たときから、外から聞こえる町人の楽しく騒ぎ出す声がひっきりなしに飛び込んでくるからたまらない。
うー、俺も早くいこう。
メインストリートに出ると露店がズラリと大広場の方まで続いていた。
「いよぅ、リックおつかれさん。楽しくやらせてもらってるぜ」
「ガハハ、お前のお陰で報酬金が早く出て助かったぜ」
討伐隊にいた冒険者の二人が酒の入った小さな酒瓶を掲げながら俺に手を振った。
「いよぅ、そりゃあなによりだ。それよりパルは見かけたか?」
「ん? ライガなら酒樽山ほど飲まされてるのを見たが。パルドレオはどうだったかな?」
「あぁ、大広場の隅の方でやたら繁盛してる出店があったぞ。パンの匂いさせてたからそれじゃないか?」
「それだっ! サンキューなっ」
俺は急いで大広場に向かった。
大広場の中央はファイアドレイクが占拠しており、その回りを取り囲むように町の料理人達がファイアドレイクを使った料理を作っていた。
ファイアドレイクももう半分くらいは骨だけになっていた。
キョロキョロ辺りを見渡す。俺はかなり焦っていた。
どこも盛況してはいるがさっき聞いたようなやたら繁盛と言うには少し弱い。
……まずい予感がする。
ふと客がだれもいない一角を見ると、そこの出店の中で満足そうな顔のパルが、椅子に座って肉を焼きながらカリンと話をしていた。
……あぁ、終わった。
俺はフラフラとパルの方に向かう。二人とも俺に気がついたらしく手を降る。
「ヤッホー、リックちんもおつかれにゃー」
「あ、リックさんだ」
俺も力なく手を振り返す。
「おっす……おつかれさん……。なぁパル、全部売れちまったか?」
俺の問いかけにパルはむんっと胸を張る。
「あったりまえにゃー、満員御礼っ! 売り切れ御免にゃっ!」
「だよなー」
パルの威勢のいい声にがっくり肩をおとしながらカリンに聞いた。
「カリンはパルの焼いたパン食べたか?」
「うん、食べたさ。美味しかったさぁ、パルさんの焼いたパンふわっふわっだったさ。
そのパンにファイアドレイクの尻尾肉を炙ったやつをシャキシャキのレタスと一緒に挟むんさ。それに尻尾肉を炙った時に出た肉汁で作ったソースをかけるとふわっふわっのパンに染み込んでさ。
それをひとかじりしたらもう、シャキッ、ジュワー、ウマーでさ……」
カリンがうっとりと頬っぺたに手を当てて味を思い出して反芻する。
うう、俺も食いたかった。
「リックちん。食べたかったにゃ?」
「あたりめぇだろぉ、パルの作るパンは俺の旅の楽しみのひとつなんだぜ。カリンの話きいてたら胃がきゅんきゅんし出すし。今夜は腹が夜泣きしそうだ」
パルは食の道、中でもパンの道を極めるべくインスピレーションを得るために冒険者をしているようなもんだ。だからパルが作るパンは美味いんだが、インスピレーションが湧いたときか、こう言う祭りの時しか作らない。次はいつになるやら……
俺は取り返しのつかないことをしてしまった……
「フフーン、なかなか素直にゃ。ミーとていつもうまいうまいと言ってくれるお得意様を無下にするようなけちな職人はやってないにゃ。ちゃんとリックの分はあるにゃー」
「あ…… 本当ですか? パル様」
思わず様をつけて呼んでしまう。いつも俺をからかってばかりのパルが何て優しいんだ。
そう思ってると、パルは出店の台の下からパンを取り出すと、さっきまで焼いていた肉をナイフでスライスしてカリンが言ってたようにレタスと一緒にパンを挟む。最後はパルが小瓶を取り出すと、緑のペースト状のものに赤色の粒々が入った混ざったやつを塗って俺に渡した。
「あれ? アタイの時とは違うソースだね」
「これは試作品だからにゃ。ちょっとカリンが口にするにはちょっと大人の味にゃ」
「ふーん、なんにせよ美味そうだ。いただきまーすっと」
一口かじる。
うんうん、うまいな。肉の旨味がうまく閉じ込められた焼き加減に瑞々しいレタスのさわやかな歯ごたえ、パンの仄かな甘味が合わさって美味い。
「でも、これが何で大人の……」
そう言いかけたところで俺の口のなかに異変が起こる。
辛っ! からいっ! からーい!
うおおっ! 喉の奥から燃えあがるっ!
俺はパンを握りながらわたわたステップを踏む。
「はい水にゃ」
パルから出された水を喉をならして飲み干す。
ふぅ、大変な目に遭った。しかしなぜだ、またかぶりつきたくなる魔性の味だ。それに妙に体力が回復しているようだ。
そう思っている間にもう一度かぶりついて同じことを繰り返す。
「ファイアドレイクの肉を使ってるしにゃ、イメージは火竜にゃー。火の玉サンドとでも名付けますかにゃ」
パルがニヤニヤしながらそんなことを言ってくる。
でもこれは火の玉どころか火焔ブレスだって吐けそうだったよ。
「確かに辛かったが後引く味だな。このバランスがさすがと言いたい。でも、なにを使ったんだ?」
「ハシルバジルの葉をベースにしたにゃ」
「えっ? 薬草じゃねぇか?」
「チッチッチ、わかってにゃいにゃー、薬草だって立派なハーブにゃ。ハシルバジルの葉をあんまり食べないのは辛すぎるって言うのがあるにゃ。でもこの調合の妙により単体じゃ――」
パルがハーブについて語りだした。正直俺には半分もわからないから聞き流しながら手に持った残りを食べていると、大広場の少しはずれのほうから何やら騒がしくなる。
「てめぇ、ファイアドレイクのレバーはソテーが一番に決まってるだろ」
「はんっ、物のわかってないやつが何をいってやがる。とれたて新鮮なファイアドレイクのレバーはレバ刺しって相場が決まってんだよ」
「てめぇ、ぶっ飛ばしてそのへらず口に直接ソテーを流し込んでウメェって言わしてやろうかっ!」
「上等じゃねぇか、こっちこそ吠え面かくお前の口にレバ刺しぶちこんで舌鼓うたせてやんよっ!」
“いいぞぉ、やれやれぇ”
祭りといったら喧嘩だ。冒険者みたいな荒っぽい奴らが寄れば当然起こる。
しかしなんでも喧嘩の種になるもんだな。
俺はレバ刺し派を応援するぜ。
そう思いながら視線を戻す。
あれ? そう言えばなんでカリン一人なんだ?
「なぁカリン、フウリンさんはどうしたんだ?」
「ん? あっちの方で酒盛りしてるんださ」
そう言うカリンの指差す方を見る。なんか大広場の少し外れの芝生の上で大きな敷物をしいて、花見のように大勢の人が酒盛りしていた。
その集まりの中心に目をやると立て膝をしながら座るフウリンさんがいた。少しはだけていつもより多く覗く胸元が色っぽい。
そんなフウリンさんがちょいちょいと手招きすると一人の男がフウリンさんの横に座った。フウリンさんは男に浅く広い大きな空の盃を手渡すと、そのまま男の肩に腕を回して男に向かって何か語りかけている。
酒が入ってるからか、切れ長の目を少しだけトロンとさせた流し目で話しかけるから、色っぽさに拍車がかかる。遠目で見てもドキドキするのに、俺があそこにいたら盃が鼻血でひたひたになること請け合いだ。
相手の男もやたら興奮ぎみだ。
フウリンさんがつかの間話しかけた後で、男から離れて盃を手に取る。脇にいた人が二人の盃に酒を注ぐとグイッと一気に二人同時にあおった。
フウリンさんがふいぃと軽く息を吐きながら口元を拭うと隣の男は盃を上向きにあげる格好のままステーンと後ろに倒れた。
倒れた男は他の男衆に敷居の外に運ばれるとポイッと放り投げられる。そこは飲み潰れた男たちが積み重なるように山になっていた。
「カリン、あれはなにやってるんだ?」
「あれは恒例行事みたいなもんさ、町の男衆相手に勝負吹っ掛けてスケベ心をだしにああやってタダ酒を飲むんさ。
……母ちゃんが酒で負けるとこなんか見たことないのに、なんでみんな挑むんだろうさね」
カリンよ、登山家はなぜ山に挑むか……。
それはそこに山があるからだ。男衆も二つの霊峰を目を前にしたら挑まざるを得ないのだ。
呑み比べの前のあのからみだけでも十分な報酬な気もするしな。
しかし、夏草や兵どもが夢の跡って感じだな。
あれはフウリンさんが一人でやったのか。
……一騎当千だな。
なんかでっかい図体した猫耳つけた男も転がってるし、男もだらしねぇやら――
えっ!
「おいおい、ライガさんも転がってるじゃねぇか」
「……あぁ、そうさね」
カリンが好感度をがっつり下げたような声でそういう。
「どいつもこいつも男ってのはしょうがないさね。まぁ、父ちゃんもスケベだったさ」
カリンの諦めてるよと言わんばかり台詞に俺はカッカッカっと笑う。
ライガさんの場合は強いやつに挑みたいってのがあるから、一概にただのスケベとは言い切れないが黙ってよう。そっちのがおもしろそうだ。
「おや、リック隊長。書類地獄からは解放されたでありますか」
フウリンさんが一人、また一人と撃ち取っていく様を眺めながめていると背後から声をかけられた。
「隊長はやめてくれよ先生、もう討伐隊は解散したろ」
「ふふふ、からかっただけでありますよ。それにしても自分の教え子がここまで立派になるとは感無量でありますな」
先生は感慨深げに目をつむって頷く。
「よしてくれよ、今回はたまたまだ」
「いやいや、謙遜するなであります。――ところでその子は?」
先生はカリンの方に目を向けた。
「あぁ、お互いに紹介しとこう。この子はカリン。フウリンさんの子供だよ」
「おお、そう言えばフウリン殿の面影があるでありますな。目元なんかそっくりであります」
「んで、この人はアルタイルさんだ。俺達が冒険者として村の外に出たときに冒険者のイロハや連携の仕方を教えてくれた先生だ。二つ名は≪ほうき星≫だ」
「えっ! あの≪ほうき星≫なのかい?」
カリンが目を輝かせる。
「お? 自分の二つ名の事を知っているでありますか?」
「当然さっ、アタイも駆け出しだが冒険者さっ。それに母ちゃんと同じくらいに尊敬している人さねっ。思ったより小さいんだねっ、アタイとあんまり変わらないださっ。それにずいぶん若い人なんさねっ、若いのにすごいんださっ」
カリンは興奮ぎみに話す。別に先生は特別小さいわけではないんだがなぁ。フウリンさんと比べたら頭ひとつ分はゆうに違うけども。
「ははは、フウリン殿と比べたら大抵のものはチビになるであります。それに自分は三十五であります、そこまで若くはないでありますよ」
「えっ!」
リンは目をぱちくりさせる。見た目で思ってた年齢の倍を告げられるから大抵こうなる。
「えっ? 母ちゃんよりも七つも上なのかい。十は下に見えるのにっ!」
「自分はごくわずかでありますがエルフの血が混じってるでありますからな、若い期間が長いだけであります。カリンは今いくつでありますか?」
「アタイはいま九つさ」
「九つで冒険者でありますか。
うーん、うちの子も早いうちから冒険者にして鍛えるのもいいかもしれないでありますな」
「あれっ? 先生って子供いたのかっ?」
今度驚いたのは俺だ。俺達は三年に、先生が国に帰るからって別れたんだが、その前に一年ちょっと熱烈指導を受けながら一緒に旅してたし、とても子持ちとは思えなかったんだが。
「自分とて国に帰れば家がありますからな、旦那もいるでありますよ」
「にゃんとっ!」
パルがいつの間にか自分の世界から戻っていたらしい。
「そんにゃー、ノー」
パルががっくり地面に手をついてうなだれる。
パルは真っ白になった。
パルは密かに先生に憧れてたからな。憧れてたって言うか偶像崇拝というか、ちょっと難しいが。一緒に旅してたこともあったくせに≪ほうき星≫グッズを集めてたりする変な奴だ。
「む? パル、どうしたでありますか? 腹でも痛いんでありますか?」
「……あいつはそっとしておいてやってくれ。それよりいくつの子供がいるんだ?」
「十一の男の子との十の女の子であります」
「二人もっ! 結構大きいなっ! けど、俺達と旅してて子供の事はよかったのか?」
「うちの国では五つになった子供は訓練機関に一度預けられるでありますからな。子育てに関してはしばらく手が空くのでありますよ。まぁ、国を出てのは旦那と喧嘩したついでに、バカンスがてら家出してただけであります」
旅のきっかけが夫婦喧嘩とは驚いた。
「しかし、夫婦喧嘩でずいぶん長いこと家出したんだな」
「ん? まぁ、一月もしたら手紙を出してたでありますしな。家庭にお金をいれてるのは実のところ旦那よりも自分の方が断然多いでありますし。長くはなったでありますが、羽を伸ばさせてもらったでありますよ」
「あぁ、バカンスって言ってたな。あれ? でもよかったのか? 俺達と旅なんかしてて。いや、俺達はどれだけ感謝してもしきれないくらいありがたかったぜ? でも先生はせっかくのバカンスだってんならもっと他の所でゆっくりするつもりだったんじゃなかったのか?」
「ははは、貴君は変なとこで気を使うでありますな。あれで自分には十分バカンスでありましたよ」
そうか、あれでバカンスになってたのか。
いやまぁ、村を出たばっかの駆け出しの俺達に音に聞く≪ほうき星≫がレベルを合わせてくれてたんだから先生にとっては冒険にもなってなかったか。
「貴君らは面白かったしなにより磨きがいがありましたからな。あれは有意義でありました。それに……」
先生が言いかけて溜めると少しだけ頬を染めた。
「それになんだよ?」
「そのモフモフの耳をいっぱい触ることが出来たでありますからな。フフフ、魔性のさわり心地でありました。どんなバカンスよりも心安らぐってものであります」
「えっ!」
獣人の耳とかすごく好きなやつが多種族に少なからずいることは知ってはいたが……
そういえば戦闘とか依頼がうまくいったとき頭を撫でてやるとかいってよく撫でられてたな。
俺だってさすがに照れ臭かったんだが。
まぁ、見た目は美少女の先生だからなんだかんだで俺も断りきれずに撫でられてはいた。ふむ、まさか耳目当てだったとはな。頭を撫でるって言いながら耳ばっか撫でてたわけだ。
あれはくすぐったくてしょうがなかったなぁ。
「ふうん。でも、そんな耳なんか触って楽しいか? 結局これと一緒だぜ」
そういっておれは先生の左耳を右手でそっと包んでくすぐる。
「んッッ――!」
先生は頭を俺の手の方に少し傾けながら目をつむる。
なんか一瞬変な声が聞こえた気がしたが、俺は人差し指と中指で耳を挟んだり、薬指と小指で耳たぶの後ろを撫でたりしてみた。
「ははは、先生もくすぐったいか。俺もあの時はくすぐったくてしょうがなかったぜ」
「ッッ――!」
先生は唇を噛みしめて顔真っ赤にしながら声を殺して、体を少しふるふる振るわしたりする。
いつの間にか真っ白になっていたパルも食い入るように見ている。
……あれ? なんだか俺も結構楽しくなってきた気がしなくもないな。
そう思うと毛のないまるっこい耳もなかなか可愛らしく思える。
まぁでも、このへんにしといてやろう。あんまりやり過ぎても後が怖い。
「なっ? 耳なんか一緒だぜ?」
俺はパッと手を離した。
先生は瞳を潤ましながら焦点の合わないような表情でぽぉっと俺の方を見ている。
「……先生?」
俺が訝しげに先生に呼び掛けると、先生はハッとした顔をして正気に戻ったかと思うと、湯だったように顔を真っ赤にさせる。
「リ、リ、リック。そこで少し待つであります。いいでありますね? 絶対待ってるでありますよ? 絶対であります」
「ん? あ、あぁ。わかったよ」
先生はスタスタと足早にどこかに行きながら何度か振り返って念を押していった。
「いにゃー、いいもの見させてもらったにゃ。心の羊皮紙に微細に書き込んだにゃー」
なんだかパルがホコホコした笑顔になっている。
「しかし、あんな事するなんて勇気あるにゃー」
「なんか変なことだったか?」
「え? 本気で言ってるにゃ?」
パルは首をすくめてハァと大袈裟に息を吐く。
「初心もここまで来たら罪ですにゃー。まぁ、ミー今ので少しは失恋の痛みが癒えたのでいいがにゃー」
パルがそんな事を言ってると後ろからゆっくり影が近づくとパルの肩に顎をのせる。
「むはぁー、失恋だって?」
「ぬあっ、酒臭いにゃっ」
フウリンさんがパルに後ろからしなだれかかる。
「失恋は寂しいねぇ。アッシも相手がいなくなって寂しくてねぇ。パル君、寂しいもん同士今夜は慰め合わないかね?」
ちょっと奥さん。娘さんが見てるのに何て事を……
そう思いながらカリンの方を見るとすぐ視線に気がついたカリンもこっちを見る。
「大丈夫ださ。ありゃいつもの手さ」
「いつもの?」
俺が聞き返すとカリンは一度うなずいて視線を戻した。
どういうことだ?
「ふっ、わかったにゃ、ミーのテクニックでとろけさせてやるにゃ」
「テクニックなんかいいんだよ、それより今夜はガンガンいって欲しいんだねぇ」
フウリンさんがパルの背中にむにゅっと胸を押し付けて鼻血ワードを紡ぐ。
なぁ、カリン。これは本当に大丈夫なのか?
もう一度俺はカリンをみる。いたって冷静だ。
ねぇ、なんでそんな普通なの? 大人なの? カリンさんなの?
「ふっ、仕方がないにゃあ。じゃあガンガンいってミーが酔わせてやるにゃ」
パルはしまりのない顔でキメ顔を作ろうとする。
「よっし、やっぱ酒はガンガンいかなきゃだね」
「え?」
パルがキョトンとした顔をして宴会してた場所を一瞥すると顔を青ざめさせた。百人くらいはいた男衆が全員ノックダウンしていた。
バカなっ、超級がすでに町に侵略していたとは。
「いや、ちが……」
「男に二言はないね。さっ、ガンガン付き合ってもらおうねぇ」
なにか言いたげなパルの首にグイッと腕を回すとそのままズリズリ引き摺っていく。
「ちくしょー、今夜はトコトン飲んでやるにゃー」
「アッハッハ、その粋だねぇ」
そんな二人を見送る俺とカリン。
「うーん、今夜はいつもより多いんださ」
カリンはフウリンさんの蹂躙した跡地を見ながら兵どもの数を指折り数える。
「アタイそろそろ、介抱しにいってくるさね」
そういって駆けていった。
うーん、カリンは良い子だなぁ。でもフウリンさんの娘さんだし、これから豪快になっていくんだろうか。そのままでいてほしいなぁ。
そんな事を思うと声をかけられた。
「リック、待たせたでありますな」
「あぁ、先生遅かっ――」
俺は先生の声に振り返ると戦慄が走った。
俺はゆっくり問いかける。
「……なぁ先生」
「なんでありますか?」
「……どうして宙に浮いているんだ?」
「それは、貴君がどこにいてもすぐに見つけれるようにするためであります」
俺は宙に浮かぶ先生と対峙しながら、ジリジリと熊から逃げるように後ろに少しずつ下がる。
「どうしてそんなに羽根を大きく広げているんだ?」
「それは、貴君がどこに逃げてもすぐに追い付けるようにであります」
先生が羽根を大きく広げている。これは高速で空中を滑空する時のポーズだ。
「どうしてそんなに笑ってるんだ?」
「それは、貴君とのこの後の事を思うと、嬉しくって、楽しくってしょうがないからであります」
先生の顔は笑っている。口が耳まで避けそうなほど口角があがっている。なぜだろう、怖くて仕方がない。
「……どうしてランスを構えてるんだ?」
「それはでありますな、リック。
……お前をお仕置きするためだぁッッッッ!」
先生が俺に強襲してくる。
そんなっ、口調まで変わって!
言ってる場合じゃないっ! ヤバい、マジでヤバい。
あれには捕まってはいけない。
俺は全力で走って逃げる。
「さあっ、観念するであります」
「いや、まってくれ、話せばわか――」
「問答無用っ!」
町の中なのに先生はランスをブンブン振り回しては地面に穴を開ける。
「いや、先生。これくらったら死ぬっ!」
「安心するであります、峰打ちであります」
「穂先で突いて峰もくそもねぇだろっ!」
俺が大広場を逃げ回ってると野次馬どもが囃し立てる。
「あれ見ろよ、二つ名もちの喧嘩は派手だなぁ」
「おい、お前ら賭けようぜ。≪ほうき星≫が捕まえるか、≪青の雷鳴≫が逃げ切れるか」
「お、いいなぁ――」
誰だよ≪青の雷鳴≫って、今俺があげたいのは悲鳴だよ。
しかし埒があかない。
「先生っ、せめて理由を教えてくれっ」
「わからないでありますかっ! 人の耳をあれほどなぶり倒すなど、しかも自分を人の妻と知ってなおあの行為。言語道断っ! ハレンチの極みっ!」
「えぇっ? 先生なんか昔さんざん俺の耳触ってただろうがっ?」
「うるさいうるさいうるさーい。それに自分が一番頭にキテるのは、自分にあんな事をしたリックが一滴も鼻血を出してないことでありますっ!」
「えぇぇぇっ!」
なんじゃそりゃっ!
耳を触るくらいがなんだってんだよ。そんなのエロ絵巻にも載ってなかったぞ。心なしか楽しくなってたのは事実だが、まさかこれがそういうあれなのか?
ゆっくり考えてる場合でもないな。なんとかならねぇか……
「若く見えてもやっぱり自分はもう魅力が目減りしてるとでも言うでありますかっ」
「何言ってるんだよっ、今でも初めてあった時から変わらず十分かわいいから大丈夫だって」
「かわいい?」
「うん、かわいい」
先生が顔を真っ赤にさせて攻撃を止ませる。お? やっと落ち着いたか?
「ひ、人の妻に向かって、か、かわいいなどと睦言を公然とのたまうなど、ハレンチ オブ ハンレチ! 成敗してくれるっ!」
「どないせぇっちゅうんじゃーっ!」
先生の攻撃はさっきよりもっと熾烈を極める。ただ、狙いはさっきとは比べ物にならないほどに雑になってるからこの隙に逃げるしかないな。
俺は羽根を広げながらだと通りにくい、建物の隙間とかを縫って逃げた。
「ふぅ、そろそろいいかな?」
俺は先生を撒いてからしばらく息をを潜めていた。
先生もしばらくしたら落ち着くはずだからそこで何とかしよう。
そう思うと、メインストリートの方に戻っていった。
日は完全に落ちているが、メインストリートでは大広場に向かって等間隔で組まれた燃料に火が点っていた。それといつもある街灯とが合わさって結構明るい。
……。
「いよぅ、リック。ぼろもうけさせてもらったぜ、今度なんかおごってやるよ」
「いよぅ、おごってくれるのは嬉しいが、その今度の時に財布の風通しが良くなってたりするなよ。
逆に俺が奢らされちゃたまらん」
「だっはっは、違いねぇや」
……。
「いよぅ色男、美少女に空から追っかけ回されて嬉しいなぁ?」
「お? あれはなコツがあるんだ。よかったら教えてやろうか?」
「いんや、遠慮しとくわ。命が惜しい」
「カッカッカ、良い判断だ」
……。
「よっ、そこの青狼の兄さん。あんただろ? 討伐隊の隊長さんしてたのってよ」
「ん? そうだぜ?」
「こいつぁ、俺の売りもんだが、タダでやるから食ってくれ」
「ん、いい香りのする林檎だな。いいのか?」
「いいっていいって、あんな旨い肉振る舞ってもらってんだからよ。それに口直しに良いって結構売れてんだ。しけた礼だがとってくんな」
「サンキューなっ」
色んな冒険者や町人とすれ違いながらメインストリートをのんびり歩く。
なにか間違ってたら今日この時間は、まるで正反対の空気が町を包んでたんだろうから不思議なもんだ。
「リックたーいちょー」
遠くから聞こえる声に振り向くと声の主が駆け寄ってきた。
「いよぅ、サイネ」
「はぁ、こんばんわ。リック隊長やっと会えました」
サイネが少しだけ息を乱した息を整えると、俺に顔を向けてニコッと笑う。
「なんだよ、大袈裟だな。それに隊長はやめてくれよ。もう討伐隊は解散してるんだからさ」
「いえ、私にとってリック隊長はずっと私の隊長です。だって憧れのヒーローと一緒に戦うことができたんです」
「あっ、あこがれぇ?」
俺は頬の温度が上がるのを感じた。憧れられてたとかくすぐったくてしょうがない。年上の美人の女の人にそんなこと言われたらなおさらだ。
「同い年の冒険者の噂はいつでも私の胸をトキメかせてくれてたんですよ?」
あれっ、同い年だったのか。
確かに初めて会った時にはなかった柔らかい表情をみると年上感はないな。
こんなに表情豊かな子だったんだな。
「あーっ、今同い年なんだなって思いました?」
「んなっ! べ、別に思ってねぇよっ」
ヤッベェ? 俺ってそんなに心を読まれやすいのかな?
「いいえっ、その反応は思ってた証拠です」
「うぐっ、俺ってそんなに顔に出やすいかなぁ……」
「出やすいですね。って言いたい所ですけど、タネは別のところにあります」
「そうなのか?」
「リック隊長って同い年くらいにはいきなり呼び捨てですけど、ちょっと年上かなって思った人には基本さん付けでしょ? 見てたらすぐわかりました」
「あー、本当によく見てるな」
「私だって本当は憧れの人と会うときはもうちょっとちゃんとしたかったんですけどね……」
「あー……」
サイネの顔が曇り始めた。こういうときどうしたらいいんだろうな。俺は落ちつきなくソワソワする。
その様子に気がついたサイネがソワソワする俺に向かってニコッと笑顔を作る。
「えへ、ごめんなさい。こんなつもりはなかったんですよ。パーティーの事はまだまだ完全に吹っ切れた訳じゃないですけど、区切りみたいなのはついたんです」
「……そっか」
「リック隊長とリック隊長に集まるみんなのお陰です。仇をとることが出来たのも、プラナが助かったのもです」
「俺は楽しくやってただけだけどなぁ」
「それがいいんです。私の憧れの人は噂以上に素敵な人でした……」
近くで燃える薪のせいかサイネがぽぉっと頬を赤く染めて潤んだ瞳で俺を見上げてくる。
俺は両手で抱くようにサイネの肩に手をかける。
あれ? 俺は何をしているんだ?
そう思うや否や、サイネが両目を閉じ、ふっくらとした柔らかそうな唇が強調される。
俺はゆっくり引き寄せられ――
「おっ、いいぞ若者。がばっといってブチューだっ!」
「あらやだ若いっていいわねぇ」
「あれ、リックじゃねぇか。ガハハ、お前もついにエロ絵巻卒業かぁ?」
野次馬の声に俺とサイネがハッと我に返る。
いつの間にか二人の空間を作ってたが、ここはメインストリートのど真ん中だ。夜だが激しく燃料を燃やして明かりを放つところの近くでこんなことしてたら目立って当たり前だ。
てか、巻物屋の親父さん。よりによって今言ってんじゃねぇよっ!
「あっ! あは、あははは」
「わはははは」
俺たちは誤魔化すように笑いながら背を向き合わす。
さて、なんとか畳み掛けてエロ絵巻の事は無かったことにしないと。
「えー……。あれ、あれだ……あー」
どれだよっ!
畳み掛けないといけないのに、何を言っていいかわからない自分に、思わず心の中でセルフつっこみをいれる。
マジこういうときの俺Eランク。
「あっ! そう言えばっ」
サイネから話題を変えてくれるようだ。助かった。
いや、まだ油断はできないか。俺は気を引きしめる。
「知っていますか? リック隊長が報告書に終われてる間に吟遊詩人が来たんです」
「へぇ、祭りの匂いを嗅ぎ付けたのか。祭りにはぴったりだな、今日は誰の話を語ってんだろうな」
「それがなんとっ、リック隊長の話なんですよっ!」
「おっ、俺ぇっ!?」
なんで俺の話をしてるんだろう。普通、吟遊詩人が語る冒険者の話は二つ名持ちが定番かつ鉄板なんだが。
「俺なんてバカだのお調子者だので噂にはなったが、弾き語りになるような逸話はねぇと思うぞ?」
「今回の事があるじゃないですか。リック隊長が町にファイアドレイクの首を持っていってる間に、旅の吟遊詩人が私達のところに来たんですよ。そこで討伐隊のメンバーから話を聞き回ってお話を作ったみたいですっ。もちろん私もいっぱい話しましたよっ!」
サイネはエヘンと胸を張る。
「知らない内にそんなことがあったんだなぁ」
「さっきから向こうの酒場で弾き語りしてるんですよっ! そりゃあもう大盛況で酒場に入りきれなくての外から音を拾ってる人もいましたよっ!」
「うへっ、マジか」
「すごいですねっ! これでリック隊長も二つ名持ちですよっ!」
あっ、そうなるな。吟遊詩人が語るからみんな二つ名を知るわけだし。
そうなると気になるのはその名前だな。
「……あー、ちなみにお題は?」
「≪青の雷鳴≫です」
それか、それでさっき聞き慣れない二つ名が聞こえてきたわけだ。俺のことだったんだな。
≪青の雷鳴≫ねぇ、十四の時の腕の傷が疼きそうになるな。
「カッコいい歌なんですよ。せっかくですから聞きにいきますか?」
「いや、いいよ。自分の事聞かされるなんざ、照れ癖ぇやらこっ恥ずかしいやらだしな。大広場の方に仲間が揃ってんだ、サイネも一緒に行かねぇか?」
「あっ、行きますっ」
そういいながら俺たちは大広場へ向かった。
本当はパルは無事だろうかとか、先生の機嫌がなおってたらいいなとか思うところなんだが……
俺の思考は別のとこに飛んでいた。
サイネが近い。
サイネが出店を見たりして振り返ったりすると、焦げ茶色の髪が時々俺の腕をくすぐる。話すときにサイネの方を向くと吐息すら届かんばかりの位置でニコッとされる。
サイネのいい匂いがこれでもかと常に俺の鼻を満たす。
歩くとサイネの右の手の甲が俺の左の手の甲に触れまくる。
……手握っちゃおうかなぁ。
はっ! イカンっ、イカンぞっ。サイネは俺のこと憧れと言った。憧れと恋心は違うはずだっ。
違うよな?
違うのか?
よくわからなくなってきたが、こんないい子を軽はずみな事をして泣かせるような事はしてはいけない。
だからダメだっ!
「あ、あー、それにしてもなんで≪青の雷鳴≫なんだろうなぁ?」
俺は頭の後ろに手を組んでなんとか誤魔化しながら言う。
「あっ――」
サイネが一瞬だけ寂しげな声を漏らした気がしたが、俺は振り切って続けた。
「青ってのは俺が青狼族ってところからだろうな。でも、≪雷鳴≫って俺の足の事を言ってるのかな?それだと≪閃光≫とか≪稲妻≫とかのがしっくりきそうなもんだがなぁ」
俺は左腕だけ下ろし右腕で頭をガシガシかきながら首をかしげる。
とはいっても俺は足には自信があるが自分で閃光とか稲妻とか言うのはかなり照れ臭いんだがな。
「それはですね、吟遊詩人が歌うにはこうです。
――その青き狼、その足をもって閃光の如く走るとき。その後には咆哮が地を揺るがす。その青き狼、咆哮が空を引き裂き轟けば、率いる群れは雷撃と化し、神速にて敵を打ち砕く。青き狼の神鳴りのごとき咆哮、まさしく雷鳴なり――
って事なんですよっ!カッコいいですっ」
うーん、でもそれって――
「簡単に言うと声がデカイってことか……」
なんとなく、俺はちょっと複雑な気分になった。
いや、声のでかさも自信があるんだ。あるけど、声由来の二つ名って意外すぎて困る。
「私、リック隊長の声すごく好きなんです。討伐隊の時の戦場を貫くような声も、今のように優しく話してくれる声もどっちもです。だから、私の好きなもののうちの一つが二つ名になってみんなに知られるなんて素敵なことだなって思ってるんです」
「んー、まぁ確かに声のでかさも俺のうちだし、それがいいって言ってくれる人がいるならまぁいいか」
なんとなく釈然としないが付いたものはしょうがない。二つ名は周りの言う人間次第だしな。
「……もうひとつの声は、できれば私だけのものにしたいんだけどなぁ……」
俺がいろいろ考えてる間にサイネがボソッとなんか言った気がした。
「……ん? あっ、悪ぃ。ちょっと聞いてなかった。なんか言ったか?」
「いやっ、なんでもないですよっ!」
サイネがなんだか慌てたように首と手をブンブン横に振って否定する。
何をそんなに慌ててるんだろう。
まぁ、藪をつついて蛇をだすのもなんだしな。
そうこうしているうちに中央にファイアドレイクの骨が山に積まれてる大広場に着いた。
「あー、みんなとっくに出来上がってるな」
さっきまではみんな食べる事に夢中だったんだが、今はどこ見ても飲んでるやつか、歌ってるやつか、踊ってるやつしかいない。さっき喧嘩してるやつらも、顔はパンダになってるがもう肩組んで笑いあってる。
とりあえずパルは息をしているかな?
俺はフウリンさんが無双している宴会場を見た。
カリンはまだ目を回してるライガさんの介抱をしながら先生と楽しげに話していた。
この分だと先生は大丈夫だろう。それにしてもカリンは本当にライガさんが好きなんだなぁ。
カリンは目を回してるライガさんの頭を時々撫でるとにへっと顔を綻ばしていた。
あっと、パルはどうなったんだっと――っ!
「パ、パルッ!」
俺は思わず声を出して駆け寄る。
パルは……、パルはまだ戦っていたのだっ!
「にゃー、リックちんにゃー」
俺に気がついたパルは手に持つ盃をグイッと煽ると、俺の方を見て少し笑ったかと思うとそのまま後ろに倒れた。
「パルッ!」
俺は倒れるパルの前で膝をつき上半身を抱き起こす。
「パル、おいっ、しっかりしろっ。しっかりするんだパルドレオッ」
俺がパルに問いかけるとパルは力なく返事する。
「へ、へへ。ミーはどうやらここまでの……よう、にゃ。ミー程度じゃ、まるで相手にならなかった……にゃぁ」
「何をいってるんだっ。パルはよく戦っただろうっ!」
「戦った……か。ミーは戦士として戦えてた……かにゃあ?」
「今まで一歩も引かずに居たんだろっ! パル以上の戦士を俺は知らないっ!」
「ふっ、……でもここまでにゃ。後は……任せた……にゃ……ガクッ」
パルは最後の力で俺の前に差し出した手を俺が握る。その瞬間にパルの力が失せるのを感じる。
「パルゥゥゥゥッ!」
力の失せたパルの手をそっと下ろした。
「パルっ、お前の敵はとるからなっ」
「へぇ、楽しみだぁねぇ。ってかパル君、今自分でガクッていわなかったかね?」
俺は返事のあった方へゆっくり振り向く。
気合いをいれろっ! 相手は超級魔竜ウワバミだっ!。
俺はキッと見据える。
……そして、ペタンと耳を前に倒す。
「ごめんっ、やっぱ無理っ!」
俺は全面降伏しようとしたところでウワバミのトグロに巻かれた。
「や、やめろぉっ! 俺、酒はまだあんまり慣れてないんだっ!」
「酒は飲んでなれるもんだね。さぁ、アッシが呑み方ってやつを教えてやるね」
そう言うとフウリンさんに後ろから抱きつかれながら盃を持たされる。
俺の首がやわらかい二つの何かに挟まれてる。
ふっ、その攻撃はすでに見切っている。
俺はさっと空いてる手でティッシュを出すと左右の鼻に手際よく詰める。
そのやわらかい何かによる攻撃方法は既にパルの時に見せてもらっていたからな、対策はばっちりだ。
「はぁはぁ……、あっ! フウリンさんダメですよっ! そんなのっ」
俺に置いていかれた形になっていたサイネは、息を乱しながら駆け寄るとフウリンをとがめた。
助かる。俺には謎の理力によって、この首や肩に当たる脅威をはねのけることはできないのだ。でもこれで、ティッシュの必要は無いだろう。
「ずるいですっ! 私だってっ!」
「えっ?」
サイネは俺の横に座るとそのまま正面に抱きついてきた。
とんだ伏兵だ。
大きくもなく小さくもないバランスのよいやわらかい何かが俺に向かって押し潰される。
「おやまぁ、いいもんだね、若いってのは。あっはっは」
フウリンさんはそういうが俺はいってる場合ではなかった。
「もう、限界……」
そう言うと俺は詰めてたティッシュをも押し飛ばす鼻血の噴水を飛ばす。
「きゃっ? えっ、リック隊長っ!」
叫ぶサイネの声をBGMに俺はゆっくり視界をブラックアウトさせながら大広場を覗いた。
そこにいた誰もが笑い笑わせ笑いあい、老若男女が肩を組んで本当に楽しそうな笑顔を満開にさせて過ごしている。
≪青の雷鳴≫はそんな顔を守ることが出来たからついた二つ名か……
そう思うと悪くねぇ。
俺はゆっくり意識をとぎらせながらそう思った。
俺の名はリック。青狼族の冒険者で≪青の雷鳴≫と二つ名で呼ばれることもある。
意味は“声がデカイ”だ。
この話の本編ラストです。
番外編をこの後に入れるつもりですが
一応この話はこれでおしまいです。