みしるし
◇◆◇◆◇冒険者の町ウエルズ・昼◇◆◇◆◇
「おい、あれ、討伐隊の荷馬車じゃないか?」
「わっ、本当だわっ。
っていうかあの大きい荷馬車に乗っかってるのって魔竜の首? あんなに大きかったの」
「みんなー、討伐は成功だー。俺達の英雄の帰還だぞー」
俺達は町の門をくぐるなり町人達に囲まれた。
“わぁぁぁぁぁ”
町人達が殺到してきて口々になんか言ってくる。
みんな興奮しすぎて言葉になってないし、同時にしゃべりだすしで何話してるか半分以上わかんねぇ。
が、みんなの喜んでくれる顔を見ると言葉の意味なんて要らねぇ気もする。
俺も荷馬車の連中も自然とニカッと返した。
「母ちゃーん」
カリンが町人の間をかき分けて出てきた。
「カリンっ!」
フウリンさんも荷馬車から飛び降りると両腕を広げて駆け寄るカリンを受け止めた。
「母ちゃんおかえり」
「カリン、ただいまだねっ」
親子の再開をさっきまでうるさかった町人も温かく見守る。
あー、なんかいいよなこういうの。
この町に住み着いている冒険者も多いから、カリン以外にもこうやって待っている人が居るだろう。
負傷者ゼロとはいかなかったが死者はなしだし大円満だ。
あっ、そういえばカリン髪がショートになっている。御守りのために思いきって切ったもんな。
ロングも良かったが今の活発さが強調されるショートもよく似合っている。
「リック、よく戻ったな」
俺はそう目を細めながら、親子の美しい再開を眺めていたところに、むさくてちっさいおっちゃんが話しかけてきた。
いや、ギルマスさんはいい人だがね。
「その魔竜の首よ。確かに超級のファイアドレイクを討伐したようだな。両手をあげて喜びたいところだがよ……」
ギルマスさん少し顔を伏せてが妙に言葉をためる。
いや、そんな表情するシーンじゃないぜ?
「だが、どうしたんだ?」
「皆、命を削って魔竜を止めたようだな。いや、リックよ。お前を責めている訳ではない……。
もとより寡兵で当たった討伐だ。討伐できたこと事態が偉業だ。
それに健気に町人たちに笑顔を返すがよ、実のところお前とて辛かろうよ。ライガにパルドレオ……亡くすにはあまりに惜しいものたちだったものな」
「はっ?」
なんのことだ?
俺はギルマスさんの言うことが全く飲み込めない。
さっきまで喜びまくってた町人達も水をぶっかけられたように沈んで「そうか、あいつら逝っちまったか」っとか言ってる。
「うちの人は……、うちのケニィは最後まで立派に戦いましたか?……
リックさん良ければリックさんの見たうちの人の事を……。ケニィの最後の言葉を聞かせてもらえませんか?」
ギルマスさんの後ろにいた二十代の女の人が、目に涙を浮かべて俺に詰め寄ると、必死に声を絞り出す。
ケニィ? 騎兵班で点呼を任せたケーニッヒさんのことか?
うーん、俺の見た最後って言うとあれだな。
ファイアドレイクが自分の火で焼けた部分がえらい香ばしい匂いするから、ケーニッヒさんのやつは縦横に傷跡のある厳ついひげ面のくせに、ヨダレをだらだらたらしながら。
「お、おいもう俺たまんねぇよ。な? な? いいだろ? 先っちょだけでいいからさ」とかいいながらファイアドレイクに直接かぶりつきそうになってたのが俺の見た最後だな。
うん、ケーニッヒさんはすこぶる元気だぜ。
でも、このセリフを人の奥さんの前で言うのは、このファイアドレイクよりも大きい肝を持ってないとだめだ。俺にはちょっとお断りだな。
しかし、ケーニッヒさん随分若くて可愛らしい奥さんもらってたんだな。
今度嫌がらせしよう、そうしよう。
それはいいとして、これはどうなってんだ?
俺はフウリンさんの方に顔を向ける。
「え? ライガさん死んじゃった? アタイの御守りなんかじゃやっぱり……」
カリンもそんなこと言い出しながら今にも泣きそうになっている。
あっ、そうか。
誤解の原因に気がついた俺はカリンの近くによって大袈裟に肩をすくめて見せた。
「おいおい、誤解するな。あのライガさんだぞ?
こんなファイアドレイクだろうが四つに組んでもねじ伏せちまいそうなのに、あの人は殺したって死にゃしねぇよ」
カリンの顔がパアッと明るくなると俺の服の裾を掴んでぐいぐい引っ張る。
「ほんとさね? 本当に生きてるんさね?」
「あったりまえだっ。
カリンの御守りがよく効いたみたいでな、ライガさんどころか誰一人死んじゃいねぇよ」
「なにっ? リック、まことかよっ?」
ギルマスさんも町人もざわつき出す。
「帰ってきたのが俺と荷馬車の班の一部だけだから勘違いしてるんだろうが、ここに来たのはとりあえず討伐したぞ、って言うのを見せるために首だけ持ってくるための班だ」
「なんとっ!」
「まぁ、冒険者カードで戦闘記録見せたらギルマスさんはすぐわかるだろうがな。
やっぱ町人の皆には分かりやすく首持ってきた方がいいだろ?
だから荷馬車を動かしてた班と俺だけできたんだよ」
“……。”
ギルマスさんも町人も呆気にとられたようで、言葉を失っている。
「で、では他のものたちはどうしたよ?」
「ファイアドレイクの解体してるよ。それと獣がきたら追い払う番とだな。
言ったろ?
今夜の祭りで振る舞うってよ。
……あれ? 祭りの準備ちゃんとしてたよな?」
俺の問いかけにやっと町人が動き出した。
「あ、あったりめぇだっての。こちとら祭り用の酒を前にしてよ、ファイアドレイクより首を長くして待ってたっての。
俺の酒だってな、待ちすぎて危うく酢になっちまうとこだったっての」
「おめぇんとこの酒どんなけせっかちなんだよっ!
まっ、そんなわけでよ。俺達のだけじゃ運びきれねぇ。皆も町まで肉運ぶの手伝ってくんねぇか?」
俺は軽くつっこんでから町人にお願いした。
「よしきたっ、まかせとけぇ!」
「うちからも馬車をだすぞ」
「俺もだっ」
町人の皆が我先にといわんばかりに駆け出していった。
これこれ、やっぱこの町にはこの活気だよな。
「んじゃ、俺も町の人警護しながら戻るかっ」
そう言いながらまた俺は門の方に翻る。
「いや、ダメだ」
ギルマスさんが俺を背中から声をかけて引き留める。
「ん? なんだよ?」
「お前は隊長なんだから今回の討伐の報告書を書かんといかん。ログじゃ倒したのは分かっても内容がわからんからな」
「うげっ」
「それに今回くらいになると国中のえらい人が押し掛けてくるかもしれんしな。
報告書があればそれを見てくれってあしらうことも出来るが、無かったらお前が直接対応することになるぞ?
これは、お前のためでもある。よかったな、お前の大好きな書類を山ほど作らんといかんぞ」
「好きじゃねぇっての! 冒険者してんだからそんなの得意なわけねぇだろっ!」
まぁ確かに作らねぇとめんどくさそうだな。
直接対応するとだいたい騎士団に入らねぇかとか、貴族の私兵に入らねぇかとか、って話が一緒についてくるしな。
土産とかいってなんか持たせようともするし、受け取ったら絶対めんどくせぇし、受け取らなかったら向こうにもメンツがあるとか言ってなんかややこしい。
「なぁ、ギルマスさん祭りが終わってからじゃだめか?」
でもまぁ、女王都から向かって来てる騎士団がそのまま来ても明日の夕方から明後日朝くらいかな? ある種この町は自治区みたいなもんだから、一番近くの領地から貴族が来ても、三日はかかるから祭りを楽しんで明日の朝から取りかかっても間に合うはず。
「リックよ、大規模討伐は成否の確認だけじゃなくて報告書がないと報酬を落とすことができんのは知ってるだろう? 祭りとなれば出店も沢山でるだろう。でも、大概の冒険者はあんまり貯金のないやつも多いわけだが……」
……確かに冒険者は金がかかるからな。折角超級討伐して酒も飲めずに肉ばっか食ってる隊員を見つけてしまったら涙がちょちょぎれるかもしれん。
「そうだねぇ、アッシも蓄えがあんまりなくてね。報酬金があればカリンを思いっきり楽しませてあげれるねぇ」
フウリンさんがカリンの頭を撫でながら言う。
カリンの事まで引き合いに出されたら叶わねぇや。
「わかった、わかったよ、やるよ。今すぐやりますよ」
「よし、そのいきだ。確か超級討伐は書類百枚分くらいあるが、急げば大丈夫だな」
「なっ! 百枚っ! ……よっしゃっ。気合い入れて祭りのあとでだ――」
そろっと逃げようとすると俺の襟首をぐいっと引っ張られた。
「やるといっんだ、男に二言はないだろう。さぁ今すぐ行くぞ」
「終わったら肩くらい揉んでやるね」
「リックさんがんばってさっ」
「うへぇ」
百枚の書類を想像してうなだれる俺は、フウリンさん親子に見送られながらそのままギルマスさんにズリズリ引き摺られて行った。
次は日曜にたぶん更新します。
次の更新と同時に、題名を「ある世界の≪青の雷鳴≫」に改題します。