魔王
◇◆◇◆◇巣穴の外の平原◇◆◇◆◇
「くぁぁぁ、シャバの空気がうめぇぇぇぇ」
巣入り口を塞ぐほど覆い繁った草むら。その背の高めな草やぶを掻き分けて町に向かう道に出た。
俺は昇り始めの太陽を見ながら大きく延びをすると、思わずそんな第一声を発した。
うーん、二日ぶりの太陽がまぶしいぜぇ。
「お勤めご苦労だったにゃ。もう戻ってくるんじゃにゃーぞ」
「お世話になりゃっしたっ! って、ちげーよっ」
「ふん、ホームタウンに戻るまでが冒険だ。気を抜きすぎるなよ」
俺とパルがふざけてるとライガさんの厳しいお言葉を受けた。
まぁ、ライガさんもクックックと笑ってるけどな。
しかし、強敵と戦った後にあれだけ帝王乳も採取できたしテンションが上がるのも仕方がないってもんだ。
「それにしても魔人のくせに今日のは結構強かったな」
俺はぼやいた。何回か牙象頭とは戦ったことがあったんだ。牙象頭は魔人の中でも結構強いが今日のはもうひと味キレが違ったな。
「あぁ、女王の間の隅に魔獣の骨が転がっていたぞ」
「にゃるほどー、修羅場を抜けた猛者だったんにゃー」
ライガさんの情報に俺もふんふんと頷く。
魔人は魔獣、魔竜ほど本来は強くはない。魔人が本当にヤバいのは統率力だ。
魔人は他の人形魔物を率いて人の住む村とかに一斉に攻めてくることがあるくらいだ。その要領で他の巣も攻めとったんだろう。
「それにしてもライガさん。よく最後の時、牙象頭と組み合おうと思ったな?」
いくら魔人でも牙象頭と力比べは本来は自殺行為だ。
デカイ体のライガさんよりさらに一・五倍近くはあるやつだ。人が持つと両手剣になる武器を片手でぶんぶん、しかも二刀流にして振り回してるところからも、そのすごさはよくわかる。
「ふん、我も西魔術だけでは運動不足になると思ってな」
“えー”
俺もパルも。呆気にとられた。
ライガさんは数多い冒険者の中でも単独では圧倒的な攻撃力を持っている。魔力でももちろんのこと、その巨体と膂力を生かした格闘術も凄まじい。
凄まじいんだが、普段格闘術で戦うときでも自分より体格のデカイ奴に正面から向かうことはない。
だから今回は、よりによって正面からひねりあげるとは思わなかった。
「まぁ、実のところはあれ以上西魔術を連続で使うと腰が抜けそうだったのでな。あれも弱ってはいたし、一瞬でも動きを止めれば汝らなら仕留めれると思ったまでよ」
うーん、それも一理あるかな。そう思うとライガさんが続けた。
「だがそれも、我が強過ぎるゆえに取れた策だがな」
「ははっ、違いねぇ」
ライガさんは自分で言って恥ずかしいらしく、自分でいいながらそっぽ向く。
こうは言ったりするもののライガさんは別に驕ったりしてるわけじゃない。確かに俺達の中でも火力担当だが、その力を持ってサポートに回ることもできる人だ。
「それにしてもさ、帝王乳ってどんな味するんだろうな? 一回舐めてみようかな」
帝王乳は高級食材だ。その味は天にも昇ると言われている。四十グラムで二月くらいは暮らせる値段で引き取られるほどだ。まったく、どれほどの味なんだろうな。
「……やめておけ」
ライガさんの声で帝王乳の味の想像に耽ってた俺は現実に引き戻される。
「いやいや、もちろんの俺の取り分だけだぜ? 俺の貯金はもうかなりあるし、今回分くらいはなくても大丈夫だぜ?」
俺の言葉に、違うんだと言うようにライガさんは首をゆっくり横に降る。
冒険者たるもの消耗品の補充や装備の新調、収穫がなかったときの備えがあるからいくら金を稼いでも足りない。
とはいえ、俺もかなり帝王乳を採取してきたし、ある目的の為になるべく無駄遣いはしないでいたんだ。
だから貯金は結構貯まってはいる。
目的があるとは言っても別段、急いで貯めなければならないわけでもないんだ。だから一回分くらい構わないだろうと俺は思ったんだが。
「いやー、ホントにやめといたほうがいいにゃー。リックちんの大事な貯金がスッテンテンになる可能性もあるにゃー」
パルが聞き捨てならないことを言う。
「ん? どうことだ?」
「あれ? リックちん本当に知らにゃいんだな?」
本当になんのことを言ってるんだ。
俺にはまったくわからない。一回収入がないくらいで貯金が全部無くなるなんておかしな話だ。
「ふむ、リック。帝王乳の別名は知ってるな?」
「エンペラーローヤルゼリーだろ?」
「……魔物が食べるとどうなるか知っているな?」
「もちろんだ。獣型は魔獣に、竜型は魔竜に、人型は魔人にって感じに上位魔物になる」
「では、普通の人が食べるとどうなる?」
「え? 天にも昇る味を味わうだけじゃないのか?」
「それは違う。天にも昇る味ってのは本当らしい。だが、それだけじゃない。……実は人も場合によっては魔人になる」
「なっ!」
なんだよそれ。
……かなりヤベエじゃねぇかっ!
でも、魔物から上位魔物になったやつらは元の形と姿が大きく変わるのがほとんだ。
それなら普通の人が魔人になっても、腕が四本になったりとかかなり変形するはずなんだ。
もしそれが本当だってのなら、そんなの一回も見かけてないのはなぜなんだっ!
「なっ、なんでそんなヤベェのが普通に取引されてるんだっ! それに魔人になったらかなり体が変化するはずだろっ!」
帝国あたりが秘密裏に魔人を地下で量産して、軍事力増強を図ってるとでも言うのか?
これはきな臭いってレベルの話じゃねぇっ――
「――あははは、ライガちんあんまりリックちんをからかいすぎたらダメにゃー」
パルが俺の肩をバシバシ叩きながらライガさんを諌める。
……なんなんだよ、ほんとに。
「フハハ、そうだな。だがパルよ、我の見立てではリックくらいになるとまさしく魔人になりかねんと思うがな」
ライガさんも笑いながら俺の肩をバシバシ叩く。
いてっいてっ
こっちは真面目に痛い。
「確かににゃー、ある意味そうだにゃー」
「なんなんだっ! ほんとはどうなるんだよっ?!」
くそっ、二人してもったいぶりやがる。
「帝王乳はにゃー、エンペラーローヤルゼリーとも呼ばれるにゃー。でももうひとつあるにゃ?」
「え? いや? ……ないだろ?」
「リックも聞いたことあるはずにゃー。≪エロゼリー≫って呼ばれてるのを」
確かに聞いたことはある。
……だがそれは。
「エンペラーローヤルゼリーを略しただけじゃないのか?」
「うんにゃ、これが一番真実の姿を表した名前にゃー。
帝王乳はにゃー……」
俺はごくりとパルの言葉を待つ。
「精力剤にゃッ!」
バカな!
俺はポカンと口を開ける。
「それも、とびっきりにゃー」
――こんな話があるにゃ。
七十歳に近いある人間族の貴族がいたにゃ。
貴族は歳のせいかすっかり夜の方は自信をなくしてたにゃ。
年老いた貴族の楽しみは食事くらいになったにゃー。
ところがある日、二百グラムの帝王乳を手にいれたにゃ。
貴族はグルメで通ってたが帝王乳だけは食べたことがにゃかったんだにゃ。
貴族ぺろっと一口食べたにゃ。
貴族はその時二つ感じるものがあったんだにゃー。
ひとつは天にも昇る味。
もうひとつは枯れきった思っていた井戸の復活の予感にゃー。
気をよくした貴族は二百グラム全部いっぺんに食べてしまったにゃ。
……それからあとはもう大変にゃー。
なんとっ、屋敷に仕えてた全ての女中の足腰を、一週間のうちに全員立たなくさせるほどの猛りっぷりだったそうにゃ。
おお、怖いにゃぁ――。
「なっ!」
俺は思わぬ結末に鼻血を流してしまう。
まさしく魔人。
しかも、エロ魔人とはな……
実は俺には二人には内緒にしている趣味がある。
それはエロ絵巻を集めることだ。
その中でも最近のお気に入りかつイチオシとも言えるものにシチュエーションがそっくりだった。
なんてことはない、ノンフィクションだったとはな。
だから俺がパルの話に思わずエロ絵巻を思い出しながら、想像力を膨らましてしまう。
それによって鼻血を出してしまうのはしょうがないことだ。
俺はティッシュを出して鼻に詰める。
「あはははは、純情のリックちんには刺激が強すぎたかにゃー。でもこの話は本当にゃー。
これが元でとある国の王様は、帝王乳の摂取は一日三グラムまでと定めたんだにゃー。貴族がみんなこうなると国政が動かにゃいからにゃー」
その定めは聞いたことがあったな……。
最初聞いたときはなんじゃそりゃって思ったが、まさかそんな理由があったんだな。
「そういうことだ。老人でそうなるんだ。若さと体力のありあまるリックだと少量でもまずいだろうな。
ましてや、間違ってわけ前分を全部食べたとしたら。
うぬも魔人――いや、魔王といっても差し支えないものになるだろう。
……そうなればリックの秘蔵のエロ絵巻程度では収まるまい」
まったくライガさんの言う通りだ……
俺も同じようになればとても皆に秘密にしているエロ絵巻では……
って、おいっ!
「なぜだっ! なぜ俺の秘密を知っているっ!」
「そういう変な情報は大概な――」
ライガさんは視線をパルに流す。パルはニヤニヤしながら耳に手を添えてピコピコ動かす。
「ミーの耳は高性能にゃ。いろんな情報が入ってくるにゃー」
「……堪忍してください」
俺はがっくりうなだれた。
「さぁて、そんなミーがまた最新情報を入手したにゃ」
パルがそんなことを言うが、不思議とさっきまでのふざけた雰囲気はない。
パルの顔を見てからその視線の先を追いかけてみた……
--俺たちがホームタウンにしている町から煙が上がっている?
いや、あれは狼煙だ。
「ギルドの緊急招集か」
ライガさんの言うとおりあれは冒険者ギルドからの緊急招集の合図だ。
あれがあれば冒険者はすぐに駆けつける。すぐに情報がほしい時とか緊急依頼を出したい時とかにギルドが出す合図だ。
もちろん、あんなのは普通は滅多なことでは出さない。
「かなりまずい事が起こってるってことか……、急いで戻ろう」
俺たちは町に急いだ。