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ある世界の≪青の雷鳴≫  作者: 野生の南瓜
ボーナストラック
12/13

パルドレオ その三

「そろそろ擬似血液を切りますわね」


 クロエさんがそう言いながらゆっくり手を離す。


「うっ」


 プラナスは眉間にシワを寄せて小さく呻く。

 擬似血液を切ったすぐは喪失感があって少し辛い。


「容態は安定してきましたし、しばらく寝てたらまた動けるようになりますわ」

「ありがとうございますっ」

「あっ……ありがとう」


 サイネさんとプラナスはクロエさんに礼を言う。

 プラナスは少しして喪失感が和らぐと、視線をサイネさんに向けた。


「……討伐隊長のリックって、いつもサイ姉が噂を集めてはキャーキャー言ってたリックさん?」

「えっ? やだっ、プラナっ! そ、そうだけど。こんなところで言わないでっ!」


 サイネさんはあたふたと狼狽する。


「あはは、うちのリックは人気ものですにゃー。そしたらサイネちん、実際に会って話してどうでしたかにゃ?」

「えっ、サイ姉ってば話までしたんだっ!」

「ええ、そうよっ。あの意志の強い目、それでいてどこか優しげな声。くるくる変わる表情。ふわふわの耳に尻尾。

 全てが、噂を聞いて想像していた以上にステキでした。それに不思議な魅力もあるし、あの人なら……。キャー、もう、やだっ!」

「おふっ」


 サイネさんが頬に手を当てて顔をいやんいやんと振る。そして、なぜか背中をバチンと叩かれる。


「はっ! ご、ごめんなさいっ」

「あはは、いいよいいよ。しかしまぁ、サイネちんみたいな美人に好かれたらあいつも喜びますにゃー」

「サイ姉はしゃぎすぎだよ。でも、そんなにだったんだねぇ……。

 ……はぁ、もっと喋りたいけど眠くなってきたなぁー」


 プラナスの目が少しトロンとしている。

 擬似血液を切って一気に疲労感も襲ってきているだろう。


「擬似血液で一時的に活力がみなぎっていただけだからにゃー。今は安静に寝るのが一番ですにゃ」

「そっかぁ……。

 あっ、そう言えばパルドレオさんってば、アタシの言ったことにダメな点が三つあるって言って三つ以上言ってた気がするなぁ」

「ふふん、ボーナストラックですにゃ」

「あはっ、なにそれー。

 ……あぁ、もうダメだ。

 ――ねぇ、パルドレオさん。また会いに来てくれるかなぁ?」

「君が良い子にしてたら特製のパンでも作ってまた来ますにゃ」


 プラナスはもう辛うじて目を開けているような状態でそういう。

 魔竜しだいではどうなるかわからないのに、こんな約束をしてしまうなんて。リックちんじゃあるまいし。

 そう思いながらも、これはこれでいいのかもしれないとも思った。

 魔竜をなんとかしたらいいだけなんだから。


「やったっ。……最後に一つお願い言っていい?」

「なんですかにゃ?」

「プラナって呼んで。あと頭を撫でて欲しいの」

「それ二つあるにゃ」

「へへっ、ボーナストラックっ」

「おっと、これは一本とられましたにゃ」


 プラナが無邪気な笑顔を前に少しだけ肩をすくめた。

 それから、プラナの絹のようにキメの細かい焦げ茶色の髪を撫でると、プラナはゆっくり目を閉じる。


「これでいいかにゃ? プラナ」

「うん、優しい手。ありがとうパルドレオさん……。おやすみなさい」

「おやすみ。プラナ」



 しばらくして治癒室にリリーを残して部屋の外にでる。


「パルさん、みなさん。本当に……、本当にありがとうございましたっ!」


 サイネさんが改めて深々と頭を下げる。


「気になさらないで、それより本当に助かって良かったですわ」

「……私達は私達の仕事をしただけだ。礼ならパルドレオ君に言ってくれ。

 ……ハシルバジルの葉も提供してくれたんだからな」


 ロジーナさんはそう言いながらこっちに視線を流す。

 ハシルバジルの葉の事は言わなくても良いと思ったが、なんとなくロジーナさんがちょっとだけ意地悪な気がする。


「えっ! パルさんそんな貴重なものまでっ! お、お金もほとんどないのにどうお礼をしたらいいか……」


 やっぱりサイネさんが慌て出す。

 ハシルバジルの葉は使用用途が広くて、使い方次第であらゆる効果のある万能な薬草だ。

 これは、非常に見つけにくい上に収穫方法が特殊だから市場では高く取引される。


 ただ、自分とうちのリックはこれの収穫が得意で結構在庫がある。

 整理したいくらいだけど、市場のなんとかかんとかで、下手な事すると貴族やらなんやらに睨まれてめんどくさい。

 だからちょっぴり持て余してたくらいだ。


 うちのパーティ最近怪我しないし。


「あー、気にしないで。冒険者は助け合いが基本にゃ。

 困ってる誰かを助けるとまわりまわって自分が困った時に助けてくれるにゃ。冒険者の手引き三ページの五行目にも書いてあることにゃ」

「えっと……、でも……」


 サイネさんが視線を斜め下にして悩みだす。律儀な子なんだろう。


「うーん、困ったにゃぁ。

 あっ、じゃあ、サイネちんは料理が得意かにゃ?」

「え、あ、はい。実家は宿屋でしたので、結構できるんです。プラナはからっきしでしたけど。でもそれが?」


 結構自信があるようだ。

 サイネさんは両腕を軽く曲げてちょこっとだけガッツポーズのようなものを見せるが、直後に首をかしげた。


「お、宿屋の娘さんなら期待大にゃ。

 ミーの冒険の目的はいろんな地方の料理の味を覚えて、自分のパン作りに生かすことにゃ。

 だから、今度プラナにパン持ってお見舞いに行くためのパン作りを手伝ってもらえないかにゃ?

 その時にサイネちんの故郷の料理を教えてもらえないかにゃ?」

「え? そんなことでいいんですか?」

「何を言ってるにゃ、大事なことにゃ。これは金にも勝るにゃ? なんならその時にリックちん好みの味付けとか教えてあげようかにゃ?」

「はっ! パルさん。素晴らしいですっ! 是非っ! 是非お願いしますっ」


 サイネさんが目を輝かす。

 そして食い付くように手を握ってくるとブンブン振り回す。


「あらあら、殿方の胃袋を握るのはいい作戦ですわねぇ。

 ――ねぇ、ロジーナ」

「……私の場合は相手が手強すぎる」


 あっ、ロジーナさん気になる人がいるのか。

 へー。

 ほー。

 ふーん。


「あっ、そろそろ私エントランスに戻って受付手伝ってきます」

「おっ、了解にゃー。いってらっしゃいにゃー」

「はいっ! パルさん行ってきますっ!」


 サイネさんは元気よく駆けていった。

 最初見たときは落ち着いて見えたが、あれが本来のサイネさんなんだろう。


「パルドレオさん、この後どうしますの?」

「ちょっと休憩ですにゃ。今朝方、(ダンジョン)から出てきて続けて大規模施術でしたからにゃ」


 思えばかなりハードなスケジュールだ。気が緩んだ今はどっと疲れが雪崩がかってきた。


「なるほど、じゃあロジーナも一緒に休憩させてもらいなさいな」

「……えっ? いやっ、一緒にっ? ……あ、それは迷惑じゃないか?」


 ロジーナさんが顔を真っ赤にして狼狽えている。

 クールなロジーナさんのこんな姿を見るのは初めてだ。

 どうしたんだろう? 


「別に迷惑なんてないにゃ? ミーはむしろ一回ゆっくり話してみたいなって思ってたところにゃー」

「……そ、そうか。あっ、でも治癒室の片付けが」

「それは、私がしますわ。さ、いってらっしゃーい」


 クロエさんは軽くロジーナさんを押し出して手を振ると、治癒室の中に入っていった。


「あっ、もしかしてロジーナさんの方が迷惑だったかにゃ?」

「えっ! そんなわけないにゃっ!

 ……あっ!」


 ちょっとの間ロジーナさんと顔を見合わす。今、豹族弁が出てたような?


「あれっ? この町の出身じゃなかったんにゃ?」

「……あ、ああ。獣人の森のクロレーパ村から治癒の勉強のために出てきたんだ」

「へー、ミーはモーンレッパ村だから隣村だにゃー。あっ、まぁ座って話そうにゃ」


 治癒室の待ち合い用の椅子へと並んで腰を下ろす。

 驚いた。あんまり訛りがないからてっきりこっちの生まれかと思った。

 そういや、普段話すときは不思議な溜めが最初にあるな。


「豹族ってだけじゃなくて、村もご近所さんだったんだにゃー。訛りがないから気がつかなかったにゃ」

「……こっちに来てから直したんだ。

 ……訛ったまま話してたら、かわいいかわいいってからかわれたからな。

 ……私はあまりかわいくはないし」


 ロジーナさんが顔を伏せながら少し口をとがらせて言う。

 自分が思うに、ロジーナさんはかわいいと言うよりは綺麗って感じかな。

 でも今のような仕草は正直可愛らしいと思う。


「そんなことはないですにゃー。ロジーナさんはロジーナさんのままで可愛らしい人ですにゃー」

「そっ、そうかにゃっ!

 ……コホン。

 ……そうかにゃ? あれっ!」

「あはは、ミーの前では無理して直さなくてもいいんじゃないかにゃー」


 ロジーナさんが頬を真っ赤にしながらわたわた慌て出す。

 そういえばロジーナさんはちょっと先生に似ている。凛とした佇まいとか。そのくせ、かわいいって言うと顔を真っ赤にするところとか。

 もっとも先生はそれに加えて大変狂暴になるが。


「……そ、そんなに見つめないで欲しいな。少し恥ずかしい」

「えっ?」


 いつの間にか見つめていたようだ。

 なんだかこっちも急に恥ずかしくなる。


「あっ、いやっ、ごめんにゃ。なんだか先生にちょっと似てるなって思ってにゃ」

「先生?」

「駆け出しの冒険者だったころにお世話になった人にゃ。――なんだか会いたくなってきたにゃ……」


 遠い目をしながら言う。


 もう別れて三年になるだろうか。

 別れた頃よりかは自分たちは大分成長した。

 今自分達がAランク冒険者でいるのも先生があってこそだ。


「……会いに行けないのか?」

「とても行けない(ところ)に行ったからにゃ。届けれない手紙もいくらか貯まってしまったにゃ」


 羽翼族の国は来るものを拒む断崖絶壁の上だ。

 翼人以外が行くには命がけで崖を登るしかない。

 必然的に手紙も翼人しか届けれないから、間が悪かったりするとなかなか手紙も出せない。


「……そうか、あなたたちの先生なら素晴らしい人だったんだろうな。……逝った時は結構な年だったのか?」


 なんだかロジーナさんが不思議なニュアンスで言う。


「――? いや、別れた頃で三十二歳くらいだったはずにゃ」

「……そうか、若いな」

「確かに若い人だったにゃ。

 指導の時はいつも厳しい人ではあったけども、いつもその厳しさの中にはミー達への優しさがあふれていたにゃ。

 いつも毅然とした意志を瞳に宿した人で、憧れの人だったにゃ」

「……素敵な人だったのだな」


 先生の指導はいつも的確で自分たちの事を考えてくれてのことだった。

 目標設定も今自分たちのできる少しだけ先の設定をしてくれていたし、決して絶対に無理ってことはあんまりさせない人だった。

 あんまりね……


「素敵な人だったですにゃ。

 ロジーナさんはそんな先生と同じようにカッコイイ人ですし、魅力的な瞳をしてますからにゃ。だから思い出してしまったんですかにゃー」

「わ、私の目なんかよく怖いって言われるだけにゃ。それに、そんな立派な人じないにゃっ」


 ロジーナさんが慌てて豹族弁丸出しになる。

 確かにロジーナさんの目つきはちょっと鋭くはあるけど、そこがまたいいんだと思う。


「そんな立派な人ですにゃ。いつも思ってましたにゃ。狩りと治癒、違いは多くあれど生死を賭ける点では同じですにゃ。

 何度もロジーナさんとは一緒に施術をしましたにゃ。

 そのたびにその瞳に毅然とした意志を宿しているのがわかりましたにゃ。

 ……だけど、意志の中身はちゃんと読み取れませんでしたにゃ。


 でも今日、ロジーナさんが手を添えてくれた時、はっきりと見えましたし、それがイメージになりましたにゃ。

 ……ロジーナさんの瞳は優しさがぎゅーっと圧縮されたものなんですにゃ。

 ミーはその瞳が大好きですにゃ」

「……君はそんなに私の事を見ていてくれていたんだな」


 ロジーナさんはその瞳を真っ直ぐ向けてきたところを、自分はニコリと返す。

 決意は固まった。


「だから、ロジーナさんが幸せになるお手伝いをさせてもらいますにゃ。

 ロジーナの思い人の相手がどんな人か教えていただけませんかにゃ?

 ミーがきっとその人の胃袋をガッチリキャッチできるようなレシピを考えますにゃ」

「……そうか、お手伝いしてくれるのか。

 ……あの。あのな、パルドレオ君。その前にちょっとお願いがあるんだ」


 ロジーナさんが瞳を右に流しながらちょっと言いにくそうにいう。

 両手は指先を捏ねている。


「はいにゃ?」

「……私もあなたの事をパルって呼びたい。いいかな?」


 ロジーナさんが少し上目づかいをしながら言う。


「あはは、そんな事。こと、施術に関してはロジーナさんが一番の相棒だと思ってますにゃ。断らずともそう呼んで下さいにゃ」

「……相棒だって言ってくれるなら、あなたこそさん付けなしの遠慮もなしだっ」


 頬を膨らましながら少し語気を強める。


「あはは、確かに。了解にゃ」

「……じゃあ、パル」

「はいにゃ」

「……パルっ、パール。ふふっ」


 楽しそうに連呼される。

 なんだか悪い気はしないし、心地いいくらいだが妙にくすぐったい。


「もう、なんなんにゃ、ロジーナちん」

「……あっ、それもダメだ。呼び捨てにして欲しい」

「ひょっ!」


 思わずすっとんきょうな声をあげた。

 汗が一筋、緊張と共に頬を走る。


「……知っている。パルが子供以外を呼び捨てにすることが少ない事は。

 ……でも、私はパルからは呼び捨てが、いいんだ」


 そこまで言われれば、こちらも応じなければ男が廃る。

 頬の温度が上がる。おそらく真っ赤だろう。

 喉はカラカラになって、声がつまる。

 名前を呼ぶだけなのに、名前を呼ぶだけなのに。

 落ち着け。

 落ち着け。


 ……無理だ


 仕方がない、少しずつ振り絞る。


「ロ……」

「ロ?」

「ロジーナっ――」

「ふふふ、……グッドだパル。嬉しい」


 ロジーナが人差し指でこちらの上唇をちょんとつつくと満面の喜んでくれる。

 もともと整った顔立ちをしたロジーナだが、これは今まで見たなかで一番可愛くて美しいんじゃないだろうか。

 一回口に出してしまうと、カラカラに渇いた喉はどこかに行ったようで、心地の良い余韻だけが残った。


「……よし、じゃあパル」

「どうしたにゃ、ロジーナ」

「……パルに私の思い人を言うぞ」


 ロジーナが少し近づくとぐっと下から覗き込むようにこちらを見詰める。

 喉がまたカラカラに渇く。

 さっきまで、パル、パルと自分を呼んでいた唇が違う男の名前を紡ごうとするのだ。

 こうなるようにそもそも自分がさっき促したのに、今はそれが心臓を鷲掴みにされたように辛い。


 ……いっそ他の男の名前を紡ぐ前に唇を塞いでやろうか。


 そんな紳士とはほど遠い考えすら頭を過るが、ぐっと生唾と一緒に飲み下す。



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