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ある世界の≪青の雷鳴≫  作者: 野生の南瓜
ボーナストラック
10/13

パルドレオ その一

おまけです。


時間関係的には、本編ではリックがサイネから話しを聞くところから、偵察に行って帰ってくるところまであたりです。


何話かで構成します。


 担架で担ぎ込まれる少女を見た。胸一面が赤黒く染まっている。

 少女のぐったりして意識はないみたいだ。

 出血もひどいが、一緒にきた西魔術師風の女性が懸命な処置をしたのだろう。

 でも、ここまで来るのに時間がかかりすぎたか。かなり危険だ。


「ふむ、あれはちょっとひどいにゃ。ミーもちょっと手伝いに行ってくるにゃー」


 可愛らしい年頃の娘さんを助けるのも紳士の勤めだ。何よりうちのリーダーもそれを望むだろう。

 仲間たちにそう言って治療室に向かった。





「失礼するにゃー、ミーにお手伝い出来ることはありますかにゃー」


 開けっ放しになってるドアをノックしながら尋ねる。


「あらっ、パルドレオさんっ!」


 担架で運ばれた少女の容態を見ていた、眼鏡をかけたギルド職員の女性のクロエさんが振り向く。

 付き添っていた女性もこっちを向く。


「えっ? パルドレオさん?」


 女性の疑問にクロエさんが答える。


「そうですよ、よかったぁ。これでこの子は助かりますわ」

「ちょっと気が早いにゃー、それより容態を見せてもらってもらうけどいいかにゃ?」


 患者の意識はないから一応西魔術師風の女性に聞くと、黙ってコクリと頷いた。それを確認すると、患者に近寄り様子を見る。


 患者は十代半ばくらい、まだ幼さの残る少女だ。

 そばには損壊した防具がすでにはずされて置いてある。武器がないからわからないが、防具の様子からは恐らく前衛なのだろう。


 続いて患部を見る。

 患部は三ヶ所。左脇腹、胸から腹部にかけて、それと右上腕部。

 どれも抉れるような裂傷。傷の具合から出会い頭にやられたように思える。

 三ヶ所の患部の傷はどれも、一角馬のような大きく鋭利な角のようなもので引っ掻かれたようだ。

 しかし、この傷を受けた角度はどれも同じ。おそらく一撃で3か所傷をつけられたということになる。

 まさか一角馬が仲良くならんで攻撃するのは考えられない。

 恐らく、一角馬の角のごとき鋭い爪で攻撃したものだ。

 そうなると相手はかなり巨大な何かということに……


「この傷は魔竜ですかにゃ?」

「――っ! はい、ファイアドレイクにやられたものですっ」


 ファイアドレイクでこの爪跡だと重級以上の大きさなのは間違いない。そこから逃げてきた生存者二人はこの人たちのことだろう。


「風の便りで君たちのことはギルドマスターが聞いてましたにゃ、この子の事はミーに任せてギルドマスターに話をしてもらってもいいですかにゃ? 大丈夫、ミーは紳士としてこの子には傷跡一つ残さないですにゃ」

「あっ、ありがとうございますっ! 妹の事、よろしくお願いしますっ!」


 女性はふかぶかとお辞儀をしてから部屋を出て行った。


「とは言ったものの、自体は深刻ですにゃ。見る限り、怪我をしてから時間が立ち過ぎているし、血が流れすぎていますにゃ。すぐに施術を行いましょう。えーと、クロエさん。メンバーはこの場にいる三人が協力してもらえるでいいんですかにゃ?」

「はい、(わたくし)とロジーナとリリーがお手伝いさせてもらいますわ」


 クロエさんが二人を紹介してくれた。ロジーナさんは自分と同い年くらいの人だ。

 リリーははじめて見るが十代半ばかな。恐らく成人にもなって無いし見習いだと思うが、最悪見学になるか。


「ロジーナさん今回もよろしくお願いしますにゃ」

「……こちらこそよろしく」


 ロジーナさんは黒豹族の女性であんまり愛想はなく淡々と独特の間でしゃべるが、同じ豹族として親近感が湧く。なんどか治癒で一緒に施術をしたが、もくもくと丁寧に仕事をこなしてくれる人だ。


「そっちのリリーは初めましてですにゃ? よろしくですにゃ」

「は、はいっ。初めまして、よろしくお願いしますです」


 リリーはちょっと緊張しすぎだ。見習いで間違いなさそうだが、一応聞いておこう。


「リリーは、何ができますかにゃ?」

「えっと、出力三十で擬似血液はできますです」

「即戦力にゃ」


 リリーの頼もしさにうんと頷いた。人を見かけで判断してはいけない。ちょうど自分もそう思っていたところだ。


「では、さっそく施術に取りかかりましょう。クロエさん、用意できている薬は何ですかにゃ?」

「アルコールにハシルバジルの葉を溶かした特級消毒液と、高濃度のマドロミ花の水溶液。あとは中級傷薬ですわ」


 その言葉に自分のナップサックをごそごそと探る。

 この傷を完璧に治そうとすると傷薬のグレードがかなり足りない。

 そう思いながら、ハシルバジルの葉を4枚出すとロジーナさんに差し出した。


「ロジーナさん、このハシルバジルの葉を4枚をすりつぶしてきて欲しいにゃ」

「……いいのか? 貴重だろう?」

「紳士は約束を守るために全力を尽くさないといけないにゃ。それにリックちんが端からバジルを触って収穫してくるから結構あるんだにゃ」

「……わかった。行ってくる」


 これで間もなく特級傷薬ができるだろう。


「さっそくですが、血が足りてないですにゃ。

 では、リリー。さっそく、擬似血液を頼みますにゃ。配分は火十五、水十を継続出力してくださいにゃ」

「はっ、はいです。わかりました。火は十五 水を十」


 リリーが火と水の球を出して合せる。赤と青のマーブル珠ができる。


「火は活力、水は循――」

「待つにゃ!」


 詠唱始めたリリーを止めた。今回はそのままじゃちょっとまずい。


「え、どうして?」

「今回は患者の体力が限りなくないですにゃ。そんなに珠にむらがあったらちょっと患者に負担が大きいんだにゃ。だから」


 リリーの両手を持ちグネグネグネとマーブルの珠を捏ねるようにかき回す。


「このままもっと混ざり合うようにイメージするんですにゃ」

「はいっ」


 そうすると赤と青のマーブルの球は赤ワイン色になっていった。


「わっ、すごいキメがこまかいです」

「西魔術はイメージが基本だにゃ、イメージしにくいなら実際に動かしてあげるとイメージしやすいだけですにゃ。

 ではそのまま擬似血液の注入を開始してくださいにゃ、1分間に70回一滴一滴流し込むイメージでおねがいしますにゃ」

「はいっ。火は活力、水は循環となりてのものの体内を廻れ」


 リリーは患者の左手を握り目を閉じる。手の珠はほんの少しずつ小さくなっていく。擬似血液の注入はうまくいっているようだ。

 土気色だった患者の顔に赤みが差し始める。


「クロエさん、マドロミ花の水溶液をハンカチで噛ませてやってくださいにゃ」

「わかりましたわ」


 指示を出しながら消毒液を借りると自分の手を消毒する。マドロミ花の水溶液は、施術中に患者を起こさないようにするためのもので大規模施術には必需品だ。


「……待たせた」


 そうこうしているうちにロジーナさんがすり鉢を持って戻ってきた。


「ロジーナさんは腕の傷をお願いしますにゃ。患部にそれを塗って地十闇二十五で継続出力してくださいにゃ」

「……わかった」


 ロジーナさんは手際よく消毒すると、さっそくペースト状にしたハシルバジルの葉を塗って施術にあたった。


「さて、クロエさん。ミー達はまず、わき腹をあたりますにゃ。

 胸部から腹部の傷が一番大きいように見えますが、深くはないです。わき腹からの傷は内臓を傷つけていますからにゃ」

「わかりましたわ」

「では、まずミーが内臓の補完をしますからつなげてくださいにゃ」


 クロエさんはこくりと頷いて手を消毒をした。


「土は十、闇を十。土は肉の再生に、闇は吸収の機能を持たせ、その役割をトレースせよ」


 わき腹の傷に直接手を当ててゆっくり腸をイメージ。再生の指標を示して擬似臓器として傷口を塞ぐ。


「闇を二十。闇は患部を引き寄せ繋げ」


 クロエさんは患部に重ねる手の上にさらにその手を重ねて仕掛ける。

 そのままじっくり傷口に作った擬似臓器が、腸に馴染み本物へとゆっくり置き換わるのを待つ。


「クロエさん、これで内臓はバッチリですにゃ」


 腸のトレースの完了を確認すると、出力を中断して一度手を離す。


「わき腹の傷を塞ぎますにゃ。ここはミーに任せてクロエさんは胸部の処置の準備に入ってて下さいにゃ」


 クロエさんは黙って頷いて取りかかる。

 こちらもロジーナさんの作ってくれたハシルバジルの葉のペーストを傷口に薄く塗る。


「闇は二十、土を十。闇は肉を引き寄せ、土は肉と皮膚を補い塞げ」


 まずは切断された筋肉を引き寄せるイメージ。そして足りない部分の肉の再生をトレースして促し繋げる。

 それと同時に損失した皮膚の再生を慎重に行う。ハシルバジルの葉の薬効があるから皮膚の再生自体は難しくはない。しかしここで余計な力がかかったり、力にムラがあると傷跡が残る。少女のこれからを考えるとある意味一番大事なところだ。

 集中をしているといつの間にか汗がかなり吹き出ていたのか、腕の治癒を終えたロジーナさんが汗を拭いていてくれていた。

 しばらくしてわき腹の治癒は完了させる。


「こっちは完了ですにゃ。腕の方もうまくいったようですにゃ」

「……ああ、問題ない」


 ロジーナさんに視線をやると仏頂面だがこっちに向かってコクリと頷いた。


「さて、一番傷口の広い部分にいきますにゃ」


 改めて胸部から腹部にかけての傷を見る。さっきまでは一部壊れた防具の破片が、いくらか刺さっていたがそれはクロエさんが綺麗に取り除いてくれていた。

 一応防具はその役目を果たしたようで、傷の広さに比べて深さは内臓には達していない。ここから処置を間違えなければ命は助かる。


「大体の部分はある意味傷が広いだけですにゃ。でもここは……」


 そういって少女の左の乳房を指す。


「……そうですわね」


 クロエさんは頷き、ロジーナさんも無言の肯定をした。

 広い傷は少女の発育途上の乳房の一部をえぐっていた。

 乳房は筋肉とは違う。自分の活力を赤ん坊に分け与えるための器官だ。このまま筋肉と同じように繋ぐとそこだけえぐれた形で治癒するだろう。

 それは女性としてあまりにも酷だ。


「ここは慎重にやりたいところですけどにゃ……」

「ですわねぇ。でもあんまりゆっくりしてもリリーの魔力も尽きてしまいますわ。恐らく後半分くらいで空になるって所でしょうか」


 さっきから擬似血液を送ってもらっているリリーを見る。リリーも汗を流しながら懸命に集中している。

 リリーさんの魔力が尽きたら残りの三人のうちの誰かが擬似血液に暫く回らないといけない。そうなると誰か一人休んで一人が擬似血液、残りが治癒ローテーションに自然となる。

 三人で当たれるのは今だけだ。時間が立つほど完治は難しくなるからここは一気にいきたいところだ。


「乳房の欠損部分の再生を開始しますにゃ。ロジーナさんはミーと合唱してもらいますにゃ。クロエさんは結合をお願いしますにゃ」

 二人はコクリと頷く。それを見てロジーナさんと左右の手を重ねる。


「土二十、火二十でいきますにゃ。魔力は足りてますにゃ?」

「……恐らくギリギリだが、なんとかいけると思う。詠唱は?」

「《土は肉に、火は活力を与える器官となって》で、ミーに渡してくれたらいいですにゃ」

「……わかった」

「息を合わせますにゃ」


 ロジーナさんと手を重ねたまま目を半眼にして集中をして2回、3回と呼吸をする。

 ――ロジーナさんと呼吸がリンクする。


“土は二十、火を二十”


 合わせた左右の手のひらをそれぞれ黄色と赤色の珠が包む。それをロジーナさんの手を上にしてパチンと両手を合わせるとオレンジ色の珠ができた。


“土は肉に、火は活力を与える器官となって”


 ロジーナさんの手がすっと離れたのを確認すると、そのまま手を左乳房の損傷部分にかざす。


「慈しみの象徴とし再生せよっ!」


 湧き立たせるイメージは母性の象徴、慈愛。遠い日に母に抱かれていた記憶を思い出そうとする。

 しかし、改めて思いだそうとするもうまく纏まらない。


 あとひとつ…… 


 あとひとつ、何かがほしい。


 思いの纏まらなさは術に現れて珠がゆらゆらとけぶる。

 このままだとせっかくの珠が無駄になりかねない。

 時間と共に焦りが大きくなっていると、ロジーナさんが手を重ねてきて呟いた。


「……イメージが足りないか。役者不足かもしれないが、あなたを思う私自身の手からイメージを感じてほしい」 


 少しだけひんやりする少し小さな手。

 だけど暖かく包み込む手。


 ……イメージがあふれるてくる。 

 空いていたピースが揃うと、珠は損傷部位を包み迅速に形へとなりだした。


「ここですわね。闇は三十、土を十。闇は引き寄せ、土は皮膚となり繋げ」


 クロエさんがしかけると、再生中の乳房の上を薄皮が覆い始めて周りの部位と再生部位を繋げる。

 それから、ゆっくり再生と接続を進行させて慎重に進めていった。



 …… 


「ふぅー」


 思わず息を吐く、どうにか乳房の再生を終えた。

 気分的にはお疲れ様って言いたいところではあるが、いかんせんまだ一番大きな傷は開いたままだ。

 まだまだ気を抜いてはいけないが、気持ちに余裕ができたところで外の音に気がついた。

 コツコツ、コツコツ。行ったり来たりする女性の足音。


「どうやら、外でこの子のお姉さんが待ってますにゃ。気合いをいれて最後の仕上げとしましょう。そして早く安心させてあげましょうにゃ」


 そうして、ラストスパートをかけた。



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