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Color blindness  作者: グリコ
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第二章:騎士団

 コンコン、と扉を叩く音がした。貴族の城ではないので、部屋はそこまで豪華絢爛ではない。必要最低限度の煌びやかさを纏って、大人が二人は余裕で寝転べる程の幅を持つ純白のベッドが一つ、存在感を放っている。床にはフワフワとした柔らかな毛……世界で最も毛並みの美しいと言われる黒狼"ブラック・シャドウ"の毛がたっぷりと敷き詰められている。所々に置かれる家具もまた、質素でありながら鳶色の重厚さを漂わせるものばかりだ。


「どうぞ」

 

しかし──その部屋の主は、居るだけで華やかな空気を連れてくる。


 クリストファー・ティアベル、彼女の容姿を見たものは、途端に目を細める。エメラルドとアクアマリン、二つの宝石がそのままの輝きを失わず両目に埋め込まれたのような、透き通るオッドアイ。鼻筋はすっと通り、薄っすらと紅色に色づく形の良い唇。計算されつくしたかのように、全てのパーツがそれぞれ最良の形と場所を保っている……。


彼女に似つかわしい言葉は、(あで)やか。


そんな、少女が"黒い狼"を統括する者。



「…失礼いたします」


開いた扉の向こうには、エレスに連れられたアルの姿が見えた。その後ろを護衛するように、微笑を浮かべたクリフが立っている。エレスは部屋に入る事を抵抗するアルを無理やりに押し込みながら言った。


「…ティア様、この者が私がケルディアより連れて参った者です。少々…体力が有り余っている様子ですが、心配いりません」


まるでティアの事を見たくなどないとばかりに、エレスの細い腕の中で暴れるアルの頬を、クリフががっちりと掴んだ。そうして、首の骨が鳴るほどにきつい角度で振り向かせる。ティアベルはテラスから外を眺めているので、アルからはそのほっしりとした背中しか見えない。しかしティアベルが、華奢な少女だと思っていなかったアルは思わず絶句した。抵抗していた腕から、フッと力が抜ける。


「…ケルディア……そう、エレス。詳細を教えて」


 ゆっくりと振り返ったティアベルの顔を見て、アルは呼吸をするのを忘れた。見た事のないほどの、可憐な、少女。それも──自分とさほど年齢の差がなさそうだ。栗色のサラサラとした繊細な髪が、流れ込んだ風で揺れる。中性的な美人であるエレスとは、少々タイプが違う。アルの様子を見たティアベルは、物腰柔らかに微笑んだ。


「はい……名はアル・ライトといい、年は14。七日ほど前に、"黒の住みか"へ立ち寄る途中で遭遇しました。どうやら"白の羊"への入団希望者だったようで…未だかなり連中を崇拝しています。それに本来ならばこの少年ともう一人、その友人が居たのですが、不慮に馬車から振り落としてしまい、仕方がなくこの者だけをリノへ連れて帰ったのです」


長い説明を一気に言うと、エレスは自らの斜め分けの前髪をそっと掻き分けた。どうやら、目障りだったらしい。


「…なるほどね。ありがとう」


ティアベルは穏やかな口調で礼を告げると、何も言えずに口を半開きにして自らを見つめるアルを眺めた。品定め、とでも言うのだろうか。今までにごまんと騎士候補を見てきたティアベルは、体の輪郭、顔つき、筋肉の付き具合などで多少の資質は見抜けるようになっていた。アルとて例外ではなく、そのオッドアイでじっと見据える。


──白藍色の瞳に、凛々しい顔立ち。幼さの中に強さと、意思の強さを感じさせるオーラは……何か違和感を感じる。頭の隅で、警笛が鳴っている。忘れてはならないものを、思い出させるような──激しい、違和感。


「…この少年の処置はどう致しましょう?」


ティアベルの様子が、いつもと少し違う事を感じ取ったクリフが、少しけん制するように言った。

 

 クリフの声で、ハタと気がついたティアベルは思案をめぐらせた。今の、おかしな体験は何だったのだろうかと思ったが、すぐにそんな思いは捨てた。気のせいだろう。


「そうね……」


暫し、間を取った後、ティアベルは決心したように頷いた。


「アル・ライトには、"黒い狼"に入団してもらいます」


 アルはその宣告を聞いて、益々項垂れた。まさか、自分が"黒い狼"に入ることになるとは──…。ショックが多すぎて、しばらく何も考えられそうにない……同じ騎士団でも、"白の羊"ならどれだけ嬉しかっただろう。がっくりと項垂れるアルの後ろで、エレスはその形の良い眉を潜めていた。彼女はアルが"黒い狼"にいきなり入団する事に疑問を感じていたのだ。確かに、アルはユウヤと一定時間組み合ったように、年不相応なまでの馬術、剣術、体術を持つが、あれしきりの挑発に乗るようでは……あまりに目下の少年は精神力が心もとない。主人の命令は絶対だが、知らず探りを入れていた。


「ティア様」


「何?」


「仮にこの者が"黒い狼"に入団するとして、一体誰の下で従士になるのでしょうか?」


興味心身でアルを観察していたティアは、気が済んだのか、顔を上げエレスを見上げた。


「アル・ライトには…ユウヤ・セルフィスの下で従士をしてもらいます。ただ、私としたら、優秀な人材には一刻も早く実戦慣れをしてもらいたい。時期やってくる戦いのためです」


「ユウヤ」


エレスは、何か信じられないといった様子でその言葉を口にした。そして目を伏せ、もう一度確かめるようにして呟いた。


「ユウヤ・セルフィス……ですか。しかし、あの男は何かと──都合の良くないことも…しでかす可能性があります」


しどろもどろに言葉を紡ぐエレスを見ながら、ティアベルはフフと笑った。エレスはムッとして、しかし自分の主人でもあることを差し引いて、尋ねた。


「何か、おかしいでしょうか?」


「…いいえ、エレス、大丈夫よ。彼は仮にも"黒い狼"の副団長。そんなに器の小さな男じゃない」



 ユウヤと聞いて、アルは益々動揺していた。先程決闘した、深緑の瞳を持つ茶髪の騎士……あの男は、"黒い狼"の"副団長だったのか。道理で、異常なまでに強かったわけだ。これからあの男の下で働く事実を知り、打ちのめされたように思考が真っ白になる。


じっくり、エレスとティアベルは目線を交わしようやく納得したのか、エレスは深く息をついた。


「そうですね。いらぬお節介でした」


 踵を返そうとばかりに扉から廊下に出た。クリフも放心状態のアルを引きずりながら笑顔で廊下へ出る。名残を惜しむように、ティアベルに一礼する。


「それでは、失礼致しました」


「いいえ、有望な騎士団員を連れて帰ってきてくれた事に感謝するわ。ありがとう」


アルは目の前の物腰静かな少女はやはり恐ろしいと思った。なんというか、微動だにしない精神の強さというものを感じるのだ。思わず、怖気付いてしまうほどのオーラ。


「そんな…とても。親愛なる、ティアベル様」


クリフもエレスも、決まった儀式の様にティアベルの手を取りその甲に唇を落とした。アルはまだ騎士団員ではないから、しなくて良いと言われた。


日の高い、熱い日。アル・ライトは"黒い狼"の一員となった。















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